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第五話:実験と日常

1. 実験の始まり


朝食を終えると、ルーシェンは俺を研究所の裏手にある空き地へと案内した。

「さて、早速実験を始めましょう」

淡々とした口調でそう言いながら、ルーシェンは分厚いノートを手にしていた。そこには、細かい文字がびっしりと書き込まれている。

「まずは、あなたの闇の力の基本的な性質を調べます。どのような条件で発動するのか、出力はどの程度コントロールできるのか――そういった点を確認していきましょう」

俺は頷いた。自分の力を理解することが重要なのは、言われるまでもない。

「では、まず簡単なところから。闇の力を意図的に発動させてみてください」

「え、でも……」

「心配はいりません。私が結界を張っています。万が一、暴走しても大丈夫です」

そう言ってルーシェンが杖をかざすと、俺たちの周囲に淡い光の膜が形成された。

「さあ、どうぞ」

俺は深呼吸し、意識を集中させる。

闇の力――あの時、異形の怪物の攻撃を防いだ、あの感覚。

だが、何も起こらない。

「どうしましたか?」

「いえ……どうやって出せばいいのか分からなくて」

正直に答えた。あの時は恐怖と必死さで、無意識に発動していただけだ。意図的に使おうとすると、何をすればいいのか見当もつかない。

「なるほど」

ルーシェンはノートに何かを書き込んだ。

「では、感情と闇の力の関係を調べましょう。おそらく、強い感情が引き金になっているはずです」

「感情……」

「ええ。特に、恐怖や怒り、悲しみといった負の感情が、闇の力を引き出すのではないかと仮説を立てています」

そう言って、ルーシェンは本棚から一冊の本を取り出した。

「では、この小説を読んでください。非常に悲しい物語です。感情が高ぶれば、闇の力が発動するかもしれません」

俺は本を受け取り、ページを開いた。

タイトルは『石ころの冒険』。

読み進めると、確かに悲しい話ではある。長い旅を続けた石ころが、最後には川に流され、姿を消してしまう――そんな物語だ。

だが。

「……これ、石ころですよね」

「ええ」

「石ころに感情移入しろと?」

「できませんか?」

不思議そうに首を傾げるルーシェン。

「いや……できなくはないですけど、微妙にしづらいというか……」

困惑する俺に、ルーシェンは少し考え込むような表情を見せた。

「では、別の本を」

次々と差し出される本。

『風になった葉っぱ』『雲の一生』『砂粒の恋』。

物語としては面白いが、どれも主人公が人間ではなかった。

「あの、ルーシェンさん」

「はい?」

「もっと、人間が主人公の話ってないんですか?」

「人間……なるほど。確かにその方が感情移入しやすいかもしれませんね」

真剣に頷くルーシェンを見て、俺は少し不安になった。

この人、感情というものを本当に理解しているのだろうか。


2. ポンコツ魔法使い


それから一週間が経った。

実験は続いていたが、俺はルーシェンの奇妙な一面に気づき始めていた。

「今日の夕食は、野菜のシチューです」

ルーシェンが宣言した。

「また、ですか?」

「ええ。栄養バランスが取れていますし、効率的です」

俺は溜息をついた。この一週間、毎日同じメニューなのだ。

野菜のシチューと黒パン、そしてチーズ。朝は目玉焼きが出るが果物も同じものばかりだった。

確かに美味しいのだが、さすがに飽きる。

「あの、他の料理は作れないんですか?」

「他の料理?」

ルーシェンは不思議そうに首を傾げた。

「必要ですか? このメニューは、必要な栄養素を全て含んでいます。効率的ですよ」

「いや、効率だけじゃなくて……」

俺は言葉を選んだ。

「飽きるんですよ。毎日同じものだと」

「飽きる?」

ルーシェンは本当に不思議そうな顔をした。

「栄養的に問題ないのに、飽きるのですか?」

「問題ありますよ! 人間は、味を楽しむ生き物なんです!」

思わず声を荒げてしまった。

ルーシェンはノートを取り出し、何かを書き込み始める。

「なるほど……異世界の人間は栄養だけでなく、味覚の多様性も求める……興味深い……」

異世界関係ないと思う。そういえば、王都で研究していたと言っていたな。

「王都では、外に食べに行かなかったんですか?」

「いちいち外に食べに行くなんて、時間とお金の無駄です。しかし……」

少し考え込んだ後、ルーシェンは続けた。

「気持ちよく実験に協力してもらうためには、被験者の意見を拾うのも、必要かもしれませんね」

「分かりました。では、明日は別のものを作りましょう」

「本当ですか?」

「ええ。ただし、私はシチュー以外作れないので、あなたが作ってください」

「え」

「この世界の料理と、あなたの世界の料理の違いも研究したいですし、一石二鳥です」

結局、俺が料理を作ることになった。

学生時代、胃袋を掴んだらモテると思って料理をよく作っていたからいいけど。

(結局、食べてくれる女の子はいなかったが)


3. 生活の改善


それから、俺は積極的に生活の改善を提案するようになった。

まず、料理のバリエーションを増やした。

この世界の食材や、意外と豊富な調味料(ルーシェンの研究材料だったが、俺が来てから放置されていた)を使い、元の世界で知っている料理を再現してみた。

醤油っぽいものでの煮込み料理。

パスタのような麺料理。

焼き魚に似た料理。

ルーシェンは毎回、興味深そうに観察し、ノートに記録していた。

「これは、どのような原理で美味しくなるのですか?」

「原理って……」

俺は困惑した。

「美味しさに原理も何もないですよ。調味料の組み合わせと、火加減と、タイミングです」

「調味料の組み合わせ……つまり、化学反応ですね」

「まあ、そうとも言えますけど……」

ルーシェンは目を輝かせた

「異世界の料理学……これは研究する価値がありますね」

そして、風呂も改善した。

「榊さん身体を洗いますよ」

俺は来た次の日の夕方そう言われて、コテージの一角にある石作りの部屋に連れてこられた。

お風呂にでも入れるのかと思ったが、何もない。

「どうするんですか?」

部屋の中央に立たされたので、そう尋ねると

「こうします。洗浄魔法」

俺は全方位から水を浴びてずぶ濡れになった。

「ええ……」

「これで綺麗になりました。乾いたら出ていいですよ」

「ちょ、ちょっと待ってください」

「どうしました?」

「もしかしてこれからずっと、これですか?」

「そうですが、何か?」

これこそ本当に実験体扱いじゃなかろうか。入れるものならお風呂入りたい。俺はお風呂をこよなく愛する日本人なのだ。

そこで俺は土魔法で浴槽を作ってもらい、水魔法と火魔法でお湯を入れてもらった。

ルーシェンは最初、「なぜそこまでする必要があるのか」と疑問を呈していたが、実際に湯船に浸かってみると、その価値を理解したようだった。

「なるほど……確かに、これは……リラックスできますね……」

湯船の中で、ルーシェンは珍しく穏やかな表情を浮かべていた。

「でしょう?」

「ええ。この温かさが、筋肉の緊張を解き、血行を促進し、神経を刺激して……」

「だから、理屈じゃないんですよ」

俺は笑った。


洗浄魔法

ルーシェンが開発した全身を高圧の水で洗い流し、綺麗にする魔法。イメージとしては自動車の洗車機が近い。服も身体もくまなく洗い流すのでかなり綺麗になる。ただ、びしょ濡れになり、その後は自然乾燥させないといけないのが欠点。


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