第四十一話:国境を越えて
1. 出発の朝
国境へ出発する日の朝になった。
多くの冒険者たちにも、様々なお別れの言葉をかけられる。
「榊、また飲もうぜ!」
「この短剣は餞別だ、持ってけ!」
「グレンさん、また来てくれよ!」
「ファルマちゃん、元気でな!」
「エリシアさん、綺麗だったなあ……」
一部、ファルマやエリシアがいなくなることを嘆く声もあった。
乗り合い馬車で出発する俺たちとグレン。
他に同乗者はいない。
「帝国に行く人は少ないんですね」
ファルマが不安そうに言う。
「先日聞いた、きな臭さのせいでしょうね」
ルーシェンが馬車に座りながら答える。
「それでは出発いたします」
御者の掛け声と共に馬車が進みだす。
王国の国境の砦まで、約2時間。
その間、グレンから帝国について色々話を聞く。
「帝国は、乾燥している土地が多い」
「だから、移動の乗り物が馬じゃなくて、大きなトカゲが主になる」
「トカゲ?」
「ああ。体長3〜4mくらいの大きさで、乾燥に強い。悪食だから餌にも困らねえ」
「砂漠竜って呼ばれてんな。背中に特殊な鞍をつけて騎乗するか、口にロープを咥えさせて引っ張らせる、馬車ならぬトカゲ車だな」
「へえ……」
「それから、気候は温暖だが夏には高温になる。今は、そうでもないけどな」
「料理は?」
「辛いものが多いぞ」
それを聞いて、辛いものが苦手なファルマは顔をしかめた。
「あと、基本川がなければ水の補給が難しいな。まあ、ルーシェン先生が魔法で水を出せるから問題ないだろうが」
「なるほど」
話が一段落した際、グレンが真剣な顔で俺を見た。
「なあ、兄ちゃん」
「何だ?」
「お前、村のことで悩んでるだろ」
「……!」
思わずファルマを見る。
ファルマは不安そうな表情をしていた。
「嬢ちゃんは自分からは話してねえよ。俺が嬢ちゃんに聞いたんだ」
グレンの声色は真摯な響きがあった。
「俺にもな、守れなかったもんがある」
グレンが静かに語り始める。
俺は何も言わず、耳を傾ける。
「妻と娘だ。もういねえ」
淡々とした声だった。
「仕事で出かけてた時、嫌な予感がした。だが、俺は戻らなかった」
「その間に、妻と娘が魔物に殺された」
グレンの声が、少し震える。
「あの時、戻っていれば……ずっと、そう思ってた」
「グレンさん……」
ファルマが涙ぐむ。
「助けられたかどうかは、今も分からねえ。
戻っても、俺一人じゃどうにもならなかったかもしれねえ」
一拍置く。
「だがな……戻らなかった後悔は、消えねえ」
「……」
「後悔ってのはな、『やったこと』だけじゃない。『選ばなかったこと』にも残るんだ」
グレンが俺を見る。
「お前は、『もっと違う選択があったのでは』って考えてるだろ」
俺は、黙って頷いた。
「いいか、兄ちゃん。死者を背負う資格があるのは、生きてる奴だけだ」
グレンが力強く言う。
「死んだら、何も背負えない。何も変えられない」
「……」
「忘れない限り、過去は終わらないし、消えもしねえ。だが──それでいい」
グレンが笑う。
馬車が大きく揺れた。
「兄ちゃんが感じてるもんは、間違っちゃいねえよ」
「……そうか」
俺は少しだけ、楽になった気がした。
2. 国境の砦
王国側の砦に着いた。
「これは宰相様の通行証。どうぞお通りください」
砦では、宰相の通行証であっさり通れた。通過する際、
「帝国では、最近きな臭い出来事が多く起こっているようです。お気をつけて」
そう衛兵から言われる。
そして渓谷の橋を渡る。
大きな吊り橋だった。
「この渓谷は、過去の神々と邪神との戦いで、作られたと言われています」
ルーシェンが説明する。
「幅500m〜600m。深さ100m前後で、谷底には大きな川が流れています」
「すごいですね……」
ファルマは谷底を覗いて、身震いしている。
「そして、幅は約1000キロ。王国と帝国の国境のほぼ半分が、この渓谷です」
「1000キロ!?」
あまりの長さに驚く。
橋は意外としっかりしており、揺れたりはしない。
だが、谷からの風は冷たく、何かゾッとするものを感じるのも確かだった。
帝国側の砦に到着した。
砦の衛兵は、どこか明るく気さくな人間ばかりだった。
「ようこそ、帝国へ!」
「君、いい身体してるな!」
「よければ、帝国軍に入らないか?」
まるで、日本の自〇隊への勧誘みたいなノリだ。
きな臭いと言われている帝国にしては、拍子抜けする。
「いや、遠慮しておきます」
俺が苦笑しながら断ると──
「そうか! まあ、いつでも有望な若者を募集してるからな!」
あっさりと諦めた。
3. 荒野を行く
砦を抜け、街まで向かう荒野の中。
「思ってたのと、違うな……」
俺が呟く。
「あんな勧誘じゃなくて徴兵制とか、軍事国家らしいものかと思ってたんですが……」
ファルマも同意する。
「数年前、皇帝の代替わりがあってな。様々な改革をしてるらしいぜ」
グレンが説明する。
「俺も、帝国に来るのが久しぶりだからな。こんなに変わってるとは思わなかったな」
「なるほど……」
その時、俺は気づいた。
何匹かの影が、こちらを伺っている。
「グレンさん、あれ……」
「ああ、気づいたか」
グレンが頷く。
「野犬のような魔物だ。土魔犬って呼ばれている。このまま襲ってくる可能性が高いな」
「ただ、臆病だから、数匹殺して実力差が分かれば、もう襲ってこないだろうさ」
その時──
「さっさと追い払いましょう」
「炎矢」
ルーシェンが炎矢の魔法を使う。
「あ、先生、魔法はやめとけ」
グレンが止めようとしたが、間に合わなかった。
だが──
炎矢が、避けられた。
「!?」
俺とファルマは驚いた。
今まで、ルーシェンが魔法を外したところを見たことがない。
「……避けられましたね」
ルーシェンは淡々としている。
「ああ。あの魔物は、遠距離攻撃を躱すのが上手くてな」
グレンが説明する。
「基本、近接戦になるぞ」
「興味深いですね」
ルーシェンが炎矢の魔法を連続で使う。
だが──
土魔犬は、全て避けながら襲いかかってくる。
「来るぞ!」
俺たちは臨戦態勢に入る。
4. 野犬の襲撃
近づいてくると、その土魔犬は──
ライオン並の大きさを持つ、ハイエナに似た魔物だった。
「思ったよりでかい!」
俺は驚いたが、すぐに立ち直って剣を構える。
「おらよ!」
グレンが槍を振るう。一撃で、土魔犬を倒す。
「はあっ!」
俺も剣で切り捨てる。
エリシアも、刃で切り裂く。
(見た目ほど強くないな、この魔物)
何匹か倒すと、残った土魔犬は撤退していった。
その間にも、ルーシェンは炎矢を打っていたが──
結局、全て避けられた。
「……なぜ、あそこまで的確に避けられるのでしょう?」
ルーシェンが考察に入る。
「理由は分からんが、魔力や矢が無駄になるから、土魔犬に魔法は諦めた方がいいぜ先生」
グレンが説明する。
「追い払ったから、しばらくは来ねえだろうよ」
運行再開した馬車。
以後、襲撃はなかった。
「次は当てれると思うんですが」
ルーシェンは、考察した結果立てた仮説が検証できないことに、少し残念そうだった。
5. エル・パソリアの街
遠目に、目的地であるエル・パソリアの街が見える。
だが──
そこに、飛竜が降りていく様子も見えた。
「やはり、何かあるな……」
そしてそのままエル・パソリアの街に入るのだった。
土魔犬
トレオン帝国の荒野に広く生息する魔物。外見はハイエナに似ており、体格は成体のライオンに匹敵するが、戦闘能力は見た目ほど高くはない。
狡猾かつ臆病な性質を持ち、群れで行動する。弱そうな相手には積極的に襲いかかる一方で、相手が自分より強いと判断すると即座に撤退し、その後は決して再襲撃しないだけの知性を備えている。
砂や地形を利用した回避能力に長けており、遠距離攻撃を高確率で避けるため、この魔物に対して魔法や矢は無駄になることが多い。そのため、帝国の騎士や冒険者は、初めから近接戦闘によって撃退する戦法を取っている。




