第四十話:酒と傷と、それぞれの想い
1. 酒の力
ブレスタンの街の冒険者たちに、散々酒を飲まされた。
「榊! もう一杯!」
「いや、もう……」
「遠慮するな! 街を救った英雄だぞ!」
気づけば、フラフラになっていた。
宿に帰り、ファルマの解毒剤を使うことになる。
「すまん、ファルマ……酒で使うことになるとは……」
俺は、申し訳なさを感じる。
ファルマも少し飲んで、軽く酔っていた。
「ふふ……榊さん、顔真っ赤ですよ」
苦笑いするファルマ。
「お前もだろ……」
一方、ルーシェンは──
「私は全く酔いませんね」
いくら飲んでも、全く酔っていない。
「……恐ろしいな」
俺は戦慄した。
エリシアは、静かに立っている。
(酔うということが、できない)
エリシアは、少し寂しさを覚えた。
2. 悪魔と闇の力
宿に帰ってから、俺とルーシェンの部屋に全員が集まった。
「それで、あの悪魔が使っていた闇の力だが……」
俺は、悪魔が使っていた闇の力と自分の力の違いを話す。
「魔法を弾かず、減衰するだけだった」
「ああ、私も過去に何度か悪魔と戦ったことがありますが、同じでしたね」
ルーシェンが頷く。
「その時の悪魔たちも、魔法を弾かず減衰するだけでした」
「ルーシェンさん、前に王都の一部を吹き飛ばしたって聞きましたけど……」
ファルマが恐る恐る聞く。
「ああ、あれですか」
ルーシェンが懐かしそうに言う。
「王都に悪魔が現れた時、どれくらいなら魔法に耐えられるか実験しながら戦っていたら、王都の一部を吹き飛ばす結果になりまして」
「実験!?」
「はい。貴重なデータが取れました」
「……」
俺は呆れた。以前聞いた顛末が、これか。
「ルーシェンさん! それは悪魔を倒すために仕方なくしたことで、実験じゃないですよね!?」
ファルマが必死に弁護する。
「いえ、実験でしたよ」
「……」
ファルマが力なく肩を落とす。
「悪評だけが残ってる……」
「それで、バエルの話だが……」
俺が口を開きかけた時、エリシアが止めようとした。
「榊様、無理をされなくても……」
だが、俺は首を横に振る。
「いや、話す」
俺は、バエルのことを詳細に語った。
夢の中で話しかけられたこと。バエルの過去。そして──
「夢で!?」
エリシアが驚く。
まさか、夢でバエルに話しかけられていたとは知らなかったようだ。
話し終わった後、ファルマが聞きづらそうに口を開く。
「あの……残った村人は……」
言いかけて、止まる。
「……おそらく、誰も生き残ってない」
あの村は、建物が殆ど崩壊していた。周りは魔物のいる森に囲まれてる。あの子供たちの親も、もう……。
部屋が、沈黙に包まれた。
重たい沈黙だった。
だが、その沈黙を破ったのは──
「ところで、バエルが作り上げていた施設、興味深いですね」
ルーシェンだった。
「あれが再現できれば、世界に革命が起こります。無限に卵を産む鳥、酒が湧き出す泉──魔力の循環システムを解明すれば──」
「お前は……」
俺は呆れながらも、少し救われた。
「榊さん」
ファルマが寄り添ってくる。
「私には、何もできないかもしれません。でも、力になれることがあれば、なんでも言ってください」
「……ありがとな」
ーーーー
その光景を見ながら、エリシアの心の中に──僅かに嫉妬するものが生まれた。
(私は、所詮魔道人形)
(真の意味で、人として寄り添えないのではないか)
落ち込むエリシア。
「エリシア、大丈夫か?」
榊が声をかける。
その心配に、内心喜びながらも──
「……問題ありません」
表面上は冷静に答えるのだった。
3. 添い寝の申し出
夜、寝ることになった。
ファルマが、何かを思い出したように言う。
「あの、榊さん……私が辛かった時、エドワード叔父さんに添い寝してもらったら、心が軽くなったんです」
「だから……榊さんも、添い寝……しますか?」
一瞬、空気が止まった。
「さすがにそれはできない!」
俺は慌てて言う。
「では、私が……」
エリシアも言いかけるが──
「大丈夫だから! 二人とも、自分たちの部屋で休んでくれ!」
俺は二人の背中を押して、部屋に行かせる。
エリシアには既に添い寝してもらっているどころか、抱きしめられて寝た事は、さすがに言えない。
二人が部屋に戻った後、俺は大きくため息をついた。
「榊さん、よく分かりませんが、私が添い寝しましょうか?」
ルーシェンが真顔で言う。
「気持ちだけ受け取っておく……」
俺はさらに疲れた。
4. ファルマとエリシア
部屋に戻ったファルマは、榊が受けた心の傷にショックを受けていた。
「エリシアさん……何か、できることはないでしょうか」
エリシアは──榊に対する独占欲のようなものが出てきている自分に戸惑いながらも──
(自分一人で支えるより、同じ人間であるファルマ様も寄り添った方が良い)
そう自分を納得させる。
「村で、私がしたように……同じ立場で一緒に苦しみ、榊様になんでも決断を委ねないことが大事です」
「難しいです……」
ファルマが俯く。
「でも、頑張ります」
エリシアは、そんなファルマを複雑な表情で見ていた。
5. グレンの助言
次の日。
ファルマは、こっそりグレンに会った。
榊のことを勝手に話す罪悪感を覚えながらも、相談しようとする。
「グレンさん、あの……」
上手く言えないファルマ。
グレンは、何かを感じ取った。
「嬢ちゃん、飯でも食いながら話さないか?」
年長者らしい気遣いを見せ、食事処に連れていく。
「それで、何があった?」
「……榊さんが、辛そうなんです」
ファルマが意を決して話す。
グレンは、静かに聞いていた。
「なあ、嬢ちゃん」
グレンが口を開く。
「人ってのは、強いようで弱い。弱いようで強い」
「……」
「兄ちゃんは、強い男だ。だが、強いからこそ、全部背負い込もうとする」
グレンが優しく言う。
「そういう時、周りができることは──背負わせないことじゃない。一緒に背負うことだ」
「一緒に……」
「ああ。嬢ちゃんが全部解決する必要はない。ただ、隣にいればいい」
グレンが笑う。
「それだけで、人は救われるもんだ」
「……はい」
ファルマが頷く。
「それから、もう一つ」
「はい?」
「時々、笑わせてやれ」
グレンが豪快に笑う。
「辛い時こそ、笑いが必要だ。嬢ちゃんの笑顔を見れば、兄ちゃんも少しは楽になるさ」
「……ありがとうございます」
ファルマが涙ぐむ。
「おう。困った時は、いつでも相談に来い」
グレンが頭を撫でる。
それはまるで、ブライアンやエドワードに撫でられた時のような、大きな手だった。
6. 国境の情報
その頃、榊とルーシェンはギルドマスターから国境のことを聞いていた。
「国境には、大きな渓谷がある」
ギルドマスターが地図を広げる。
「それを渡る必要がある。王国側と帝国側に砦があり、それぞれを通過する事になる」
「その後は?」
「次の街まで、荒野が広がっている。順調に行けば、朝出て夕方には帝国の街に着く」
「荒野には、野犬のような魔物がいるので気をつけろ。まあ、グレンも榊もいるから問題ないだろうが」
「分かりました」
「それから──」
ギルドマスターが真剣な顔になる。
「帝国は、最近きな臭い噂が立っている」
「きな臭い?」
「元々、領土拡大に野心を持っている国だ。だが、今から行く帝国の街に、飛竜の部隊らしきものがよく出入りしているらしい」
「……まさか、戦争が?」
「気の早い者はそう言っている。その点でも、気をつけろ」
「……分かりました」
俺は、嫌な予感を感じながらも返事をしたのだった。
トレオン帝国
ムステル王国の南に位置する帝国。人口は約四千万人。北アメリカ大陸の地図で言えば、メキシコ付近に相当する位置にある。
皇帝による一極集中体制を敷く軍事大国で、過去には幾度となくムステル王国と領土を巡る戦争を繰り返してきた。現在は十年前に結ばれた不可侵条約により、表立った衝突は起きていない。
両国の国境には、神々と邪神の戦いによって生まれたと伝えられる巨大な渓谷が存在する。幅はおよそ五百〜六百メートル、深さは百メートル前後、総延長は千キロにも及び、国境線の半分を占めている。
気候は亜熱帯から熱帯にかけての乾燥地帯が多く、生物や魔物もその環境に適応したものが主である。馬の飼育には不向きなため、帝国内では体長三〜四メートルに達する大トカゲ――砂漠竜を乗用生物として用いている。




