第三十四話:発明品
1. 白銀界の不思議
白銀界を進む俺たち。見た限り時空振動の影響は、残って無いように見える。
「エリシア、俺たちが入ったゲートは、以前通った道からどれくらいの距離だ?」
「歩いて2〜3時間ほどです」
「2〜3時間……ということは、4〜5時間もあれば塔のゲートに着くってことか」
70キロもの森を歩くのに比べて、あまりにも距離が違いすぎる。
「白銀界って、どうなっているんだ?」
「はっきりした研究が、なされたわけではありませんが……」
エリシアが説明する。
「現世と白銀界は位相が違い、距離の概念そのものが違う可能性が言われています」
「じゃあ、遺跡にあるゲートを上手く使えば、遠距離移動が楽になるんじゃないか?」
「榊様」
エリシアが釘を刺す。
「榊様や私はほぼ無条件で白銀界に入っていますが、普通は結界を張って命懸けで来るようなところです」
「……あ」
「それに、以前遭遇したように、本来白銀界は許可がないと入れないのが前提です。国に知られていないゲートから入るのは、密猟者として捕まりかねません」
「そうだった……」
俺は自分が闇の力をある程度展開すれば来られるため、重要なことを忘れていた。
「じゃあ、結界を張っている様子もない、シルフィはどうなんだ?」
「私が観察した限りでは、彼女は白銀界の魔力に適応した非常に稀なケースです」
「なるほどな……」
そんな話をしながら、時々襲いかかってくる召喚獣をあしらいながら、塔のゲートに向かうのであった。
2. 再会
塔のゲートを潜り、アルセインの塔に戻ってきた。
アルセインの部屋に入ると、アルセイン以外にもルーシェンやファルマがいた。
「榊さん!」
ファルマが俺の顔を見るなり、泣きながら抱きついてきた。
「おい、ファルマ……確かに帰還は遅れたが、そこまで日は経っていないはずだろ?」
「榊さん」
ルーシェンが真面目な顔で言う。
「あなた方が出かけてから、既に3ヶ月以上経っています」
「……は?」
「星詠から、大丈夫だと、手紙が来ていましたけど……」
ファルマが涙ながらに言う。
「どうしても、心配だったんです……!」
星詠のことは気になるが、心配かけたことを謝るべきだろう。
俺はファルマの頭を撫でながら、優しく言った。
「ごめんな、ファルマ。心配かけた」
「うう……」
ファルマが落ち着いた後、お互いの情報交換をした。
「まず、俺たちからだが……」
俺は白銀界で、シルフィからアウレリアの欠片を、エリシアが内包する形で持ち帰ったこと。その帰りに、時空振動に巻き込まれ、70キロも離れた未開の森に、飛ばされたことを話した。
「そして、その村で──」
村のことを話そうとしたが、苦しそうな表情になってしまった。
「……私が説明します」
エリシアが代わりに、端的に説明してくれた。
天使や悪魔のことで、ルーシェンが口を挟もうとしたが、エリシアは「まず説明を」と強引に続けた。
バエルとセレナの名前に、アルセインが少し反応したのが気になった。
「そして、近くの遺跡から、ゲートを通って帰ってきました」
「ほう、遺跡ですか」
ルーシェンが興味津々なので、遺跡の走り書きの事を説明した。また行く機会があれば調べてみるそうだ。
____
次は、ルーシェンたちからの報告だった。
「まず、榊さんたちが時空振動に巻き込まれたのは、星詠からの手紙で知りました」
ルーシェンが説明する。
「3ヶ月も時間が跳んだのは、間違いなく次元振動のせいでしょう」
「同時に、無事だからアルセインの元で、研究や修行を行うよう……星詠らしい分かりにくい言い回しでしたが……伝達鷹の手紙に書いてありました」
「一時、仲間を失うことに、強い不安を抱えたファルマさんが、取り乱しかけましたが……何とか落ち着きました」
ファルマが俯く。
「宰相からも何度か伝達鷹が来ました。シアンの奪還を試みようとしたらしいですが……」
ルーシェンの表情が曇る。
「思った以上に警戒が強く、相手を刺激する可能性があるため、できなかったそうです」
これを聞いていたファルマは、悲しげな表情をしていた。
「デンヴァールの街は、見かけ上は平穏になっているとのことです。侯爵は地下に潜ってしまい、情報の収集も困難のようですね」
狡猾になっているということか……。厄介だな。
「それでも、僅かな情報から、侯爵が何かをしようとしているのは、確からしいです。情報収集は続けていると、書いてありました」
これらの手紙は全て、暗号での連絡だろう。伝達鷹も捕獲による情報漏れがないわけではない。
「エドワードからも、何回か連絡がありました」
ルーシェンが苦笑する。
「文のほとんどが、ファルマさんを心配するものでした。伝達鷹で送れる手紙は便箋2枚ほどまでなのですが、1枚半使っていましたよ」
「エドワードおじ様……」
ファルマが少し恥ずかしそうな顔をする。
「ただ、子爵についても探りを入れているそうですが、今のところ動きは見えないとのことです」
「そうか……」
「それから、ファルマさんは付与魔法による、身体強化の魔法を頑張っていました」
ルーシェンが少し嬉しそうに言う。
ファルマがこの時、発動して素早く俺の後ろを取った。
「うわっ!?」
俺が注意していないと見失うほどだ。
「魔力と体力が低いので継戦能力は低いですが、瞬発的な回避などには、かなりの精度でできるようになりましたね」
「すごいじゃないか、ファルマ」
「えへへ……」
ファルマが照れる。
「……調合も前より上手くなって、新しい薬剤も作りました。これからもお役に立てると思います」
ファルマは、以前より自信が出てきたように見えた。
3. 発明品の数々
「そして、私はアルセインと、特に榊さんから聞いた異世界の情報から、様々な魔道具を開発しました」
ルーシェンが目を輝かせる。
「例えば、これ」
そう言って持ってきたのは、宇宙服そっくりな防護服だった。
「白銀界でこれを着れば、誰でも無制限で活動できます」
「おお!」
恰好さえ気にしなければ、すごいことじゃないだろうか。
「ただし、重さが150キロ以上あって、まともに動けません」
「ダメじゃん!」
それをよく持ち運べたな。
「次は、これです。履くと登録した地点まで飛んで行ける靴です」
「……それはすごいな」
「ただし、着地が全く考えられていなくて、高高度からの落下になります」
「死ぬわ!」
「風魔法で飛べれば使えるかもしれません」
「誰が使うんだよ……」
現代科学というよりRPGの知識だな。危険だったりデメリットが多すぎて使えないものが多かった。
「でも、これは使えますよ」
ルーシェンが取り出したのは、イヤリングだった。
「携帯電話の電波連絡から発想を得た、通信のイヤリングです。かなり離れたところからでも会話できます」
「それはいいな」
「距離や遮蔽物で内蔵魔力の消費が違いますが、魔力が無くなると自動回復します。白銀界内なら無限に話せますが、ノイズが入りやすいです」
「現世と白銀界の通信は?」
「今は無理です」
この世界は伝達鷹が便利すぎて、テレパシーなどで話す発想が出にくいんだろうな。
「次は、携帯バッテリーから発想を得た、携帯魔力ペンダントです」
「どういうものだ?」
「魔力を貯めておけます。なんと、下位召喚獣との契約もできます」
「それはすごいな」
これなら、俺でも召喚魔法が使えるかもしれない。
「ペンダントに寄生している、召喚獣という図柄にはなりますが……内部魔力で召喚の魔力を賄います。魔力補充は自然回復と外からの補充、どちらもできます」
「まあ、今は召喚獣の卵が無いので契約は無理ですけどね」
召喚獣の卵は大きな街なら、物によっては売っていたな。また旅の途中で、良さそうな召喚獣があれば買ってもいいかもしれない。
魔力もルーシェンに余裕あれば、補充しておいて貰うのも手だな。
「次は、冷蔵庫から発想を得た、冷却機能付きマジックバッグ」
「それは便利そうだ」
「今までのマジックバッグは、ただものが多く入るだけで、生物は痛みやすかったんです」
これでマジックバッグが2つになるし、少しは携帯食料から解放されるな。
「それから、飛行機から発想を得た空を飛ぶ乗り物」
「飛行機!?」
嘘だろう?
「大きさは5〜6人しか乗れませんが……上に飛ぶまでは魔力の補助、その後は滑空の形で飛びます。いわば、グライダーですね。榊さんの空力の話が役に立ちました。組み立て式で、マジックバッグで持ち運びできます」
「操縦は?」
さすがに飛行機は操縦できない。ゲームのようには行かないだろうし。
「操縦理論は単純ですが、空間把握能力と魔力制御が要求されます」
そしてエリシアを見る。
「エリシアさんならできるはずです」
「分かりました。後で説明をお願いします」
エリシアは頷くと、そう返した。
発明品を次々と出す光景を見ていたファルマは、疲れたような顔をしていた。
暴走を止めるための苦労を、かなりしたことが察せられ、俺はまたファルマの頭を撫でて労わったのだった。
4. 新たな旅立ち
「では、アウレリアの欠片を取り出そうか」
アルセインが穏やかな笑みを浮かべながら、エリシアに手をかざす。
エリシアの胸から、光の玉が浮かび上がった。
「ふむ……いつ見ても美しいものだな」
アルセインが光の玉を見つめる。
「これを使って、榊の武器を作ることになる。まあ、それなりに時間はかかるが」
俺の武器を作ってくれるのか。鋼の剣では通用しにくい敵も多かったから助かる。
「どれくらいですか?」
「さて、急いでも数週間といったところか。焦っても良いものはできんからな」
アルセインが俺を見た。その瞳には、深い知恵と優しさが宿っている。
「ところで榊よ。今の君に本当に必要なものは何か、分かっているかね?」
「……」
「シルフィにも言われただろう。闇の力を信じきることだ」
アルセインが立ち上がり、ゆっくりと歩きながら続ける。
「力とは不思議なものでな。信じなければ応えてくれぬし、信じすぎても暴走する。そのバランスを取るには……心の奥底と向き合わねばならん」
「心の奥底……」
――信じることを恐れているのではない。信じた先で、壊れるのが怖いだけだ。
それにセレナと会ったせいか、露見することを恐れる気持ちが大きくなったのは確かだ。
「そのためには精神魔法の使い手である、ルシエル=ミラ・エリオスに会うのだ」
「五大魔法使いの一人ですか」
ルーシェンが呟くように言う。
精神魔法は確か、その性質から使い手は迫害を受けやすいのだったか。
「彼女は最果ての塔にいる」
アルセインが地図を広げる。その手つきは、まるで古い友人を紹介するかのように優しい。
元の世界の地図に当てはめれば、バハ・カリフォルニア半島の最南端ぐらいの場所だ。
「このバルフォア半島の南端に最果ての塔はある。ルーシェンが作った飛行機を上手く使えば、1週間もあれば着くだろう」
「ただし」
アルセインの表情が少し真面目になる。
「バルフォア半島は、トレオン帝国の領地だ。まあ、ほぼ砂漠か山しかないから、住んでいる人は少ないはずだが……用心するに越したことはない」
「分かりました」
別の国になるな。検問とかどうなるか聞いておかないと。
「国境を超える際の検問はどうなりますか?」
それにはルーシェンが答える。
「それなら宰相の通行書が使えるはずです。あれは国内だけでなく、国境を超える際にも使えるはずです。ただ帝国の内部では使えませんが」
なら大丈夫か。
「まずはこの塔の上から飛ぶといい。かなりの距離が稼げるはずだ」
アルセインが目を細めて微笑む。
「さあ、新しい冒険の始まりだ。せめて楽しんでくるが良い」
俺たちは、新たな旅立ちの準備を始めた。
白銀界保護スーツ
白銀界は常に高濃度の魔力に包まれており、通常の人間が足を踏み入れると体内の魔力が狂い、やがて肉体そのものが分解されてしまう。そのため、本来は空間魔法による結界を用いなければ生存は不可能である。
この問題を解決するため、ルーシェンが考案しアルセインと共同開発したのが「白銀界保護スーツ」だ。
外見は宇宙服に酷似しており、魔法の適性を持たない者でも白銀界で行動できることを目的として設計されている。
しかし完成品は重量が150キロを超え、持ち運びはもちろん、単独での装着も困難という致命的な欠点を抱えていた。一度装着してしまえば動作アシスト機能によって意外なほど動けるものの、転倒した場合、自力で起き上がることはほぼ不可能である。
なお、スーツはパーツごとに分解することで比較的コンパクトに運搬できる。また防御性能は極めて高く、召喚獣の攻撃であっても容易には損傷しない堅牢さを誇る。




