幕間 エリシアの独白1
記録001: 起動
私の名前は、エリシア・ノクティス。
アルセイン様によって作られた、魔道人形。
私の役割は、アルセイン様の補佐。指示に従い、正確に実行すること。
それ以外は、不要。
記録015: 呼称の変更
アルセイン様に、「お父様」と呼ぶ許可をいただいた。
きっかけは、記録データの中に残されていた、一つの名前。
「エリシア」
それは、アルセイン様の娘の名前だった。
「アルセイン様、私の名前は──」
そう尋ねた時、アルセイン様は少し悲しげな目をされた。
「……ああ。お前は、あの子を模して作られた」
「では、私は──」
「だが、お前はお前だ。エリシア・ノクティス」
その言葉の意味が、私には理解できなかった。
だが、何か──胸の奥が、僅かに温かくなった気がした。
「アルセイン様、私は──お父様、と呼んでもよろしいでしょうか」
アルセイン様は、少し驚かれた後、優しく微笑まれた。
「……ああ。そう呼んでくれ」
それから、私はアルセイン様を「お父様」と呼ぶようになった。
記録047: 花摘みの任務
定期的に、塔の下にある花を摘んでくるよう指示される。
塔の周囲は魔力の影響で、常に様々な花が咲いている。
色とりどりな小さな花たち。名前は不明。
摘んできた花を、お父様に渡す。
お父様は、それを大切そうに受け取られる。
用途は不明。知る必要性も、思い浮かばない。
記録089: 蜂蜜
お父様が、時々私に蜂蜜を食べさせる。
「味覚の獲得に必要だ」
そう言われるが、私は飲食を必要としない。
蜂蜜は、甘い。
それ以外の感想は、特にない。
後日、娘の日記を読む機会があった。
「今日もお父様が、蜂蜜をくれた。大好き!」
蜂蜜は、娘の大好物だったらしい。
お父様は、それを私に──
胸の奥が、また少しだけ温かくなった。
記録134: 白銀界
お父様に伴われ、白銀界へ。
目的は、シルフィ・アルジェント様との面会。
私の役割は、護衛及び従者。
シルフィ様とお父様との会話は、記録する必要性を感じない。
「ねえねえ、あんたじいさんの作った人形?」
シルフィ様が話しかけてくる。
「はい。エリシア・ノクティスです」
「ふーん……つまんないの」
シルフィ様は、すぐに興味を失った。
記録135: 預け物
お父様が、シルフィ様に何かを預けている。
光る玉のようなもの。
「これを、いずれ来る者に渡してほしい」
「いずれ来る者?」
「ああ。お前なら分かる」
詳細は不明。記録のみ。
記録201: 花摘みの最中
塔の下で、花を摘んでいた。
背後から、コボルトが襲いかかってくる気配。
斥力のフィールドがあるため、取るに足らない相手。
花摘みを優先する。
その時──
「危ない!」
男の声が聞こえた。
次の瞬間、剣が飛んできて、コボルトを倒した。
男が、慌てて駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか!?」
理解できない。
コボルトは、私にとって脅威ではなかった。
なぜ、この男は慌てているのか。
私が無傷なのを見ると、男が安堵している。
私は、首を傾げた。
記録202: 榊様
男の名前は、榊様。
他にルーシェン様とファルマ様がいる。
お父様が、榊様たちを塔に招き入れた。
ルーシェン様がお父様に助力を求める。
お父様は助力を与える代わりに、白銀界での用事を頼む。
「ただし行けるのは、闇の力で魔力を受け付けない榊と……エリシアだけだ」
「こちらへ」
指令として受け取る。
それ以外の感情は、特にない。
記録210: 白銀界での違和感
榊様と白銀界へ。
榊様は、時々私を心配する。
召喚獣との戦いで肩を損傷したが、ここは白銀界。すぐに修復する。
しかし、榊様はそれが気に入らなかったらしい。
「お前は……仲間なんだよ。自分を犠牲にして仲間が傷つくのを、俺は見たくない」
「そうだ。お前と俺は、一緒に戦ってる。だから、お前が傷つけば俺も心配する。当たり前だろ?」
そう言って榊様は、むしろ私を守るように動く。
理解できない。
私は、榊様を守る役割のはず。
だが──
胸の奥が、また温かくなる。
白銀界の魔力によるエラーだろうか。
記録215: シルフィ様の試練
シルフィ様が、榊様に試練を課した。
強力な召喚獣との戦闘。
榊様は、自分を犠牲にして戦っている。
最初の召喚獣を倒し、傷を榊様が治そうとしている。
「私に、やらせてください」
「え?」
「榊様の治療は、私がします」
私は自分が榊様の傷を治したかった。
こんなの、どちらがやっても同じなのに。
そして―――
「榊様!」
私は、初めて──焦りというものを感じた。
シルフィ様が、容赦なく攻撃を続ける。
毒に犯され動けなくなる榊様。
怒り。
私の中に、怒りが生まれた。
(これは、最大の障害を排除する合理的な判断)
心の中で、そう納得させようとする。
だが──
「あー、うん、分かった分かった! でもさあ、こっちにばかりかまけてたら──おっさん、死ぬよお?」
榊様が、死にかけている。
焦りと心配という感情に、支配される。
「榊様! 榊様!」
必死に治療する。
魔力の限界に、気づかない。
ありえない。
私は、常に正確に魔力を管理している。
だが、今は──
榊様のことしか、考えられない。
「よかった……」
せめて、榊様を守ろう。
私は無意識に、榊様を守る姿勢で──
機能が、停止した。
記録216: 目覚め
部屋で、目が覚めた。
横に、榊様が寝ている。
無事だ。
安堵する。
安堵……?
私は、安堵という感情を持っているのだろうか。
戸惑う。
記録217: 食事
榊様が目を覚ました。
「美味くはないけど、食ってみるか?」
「必要ありません」
「食事ってのは、栄養だけじゃないんだよ。人にとっては楽しみでもある。それに、何事も経験だ」
榊様が、干し肉と黒パンを差し出す。
心の中で、僅かに──喜びを感じている自分がいる。
戸惑う。
だが、受け取る。
干し肉を口に含む。
塩辛い。
舌が、ピリピリする。
初めての感覚。
黒パンを噛む。
モサモサしていて、不快。
だが、よく噛むと──
甘い。
不思議な感覚。
「帰ったら、もっと美味いもの作って食わせてやるよ」
榊様が笑う。
期待。
私の中に、期待という感情が生まれたのか。
これは、一体──
私は、どうなっているのだろうか。
私は、エリシア・ノクティス。
魔道人形。
だが──
私は、変わり始めている。
榊様という存在によって。
これから、私はどうなるのだろう。
分からない。
だが──
少しだけ、楽しみだと思う自分がいる。
【記録終了】
いや、これは、記録ではない。
私自身の、感情だ。




