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第三十二話:免罪符

1. 子供たちの笑顔


悩みに悩んで、それでもどうすればいいか分からない。

俺は村の広場の椅子に座って、ぼんやりしていた。

酒盛りにも使われる場所。だが今は誰もいない。

「榊様……」

エリシアが心配げに見守っている。

俺は答える言葉を持たなかった。

その時だった。

「ねえ、お兄さん! どうしたの?」

アンの声が聞こえた。遊んでいた三人が、こちらに駆け寄ってくる。

「あ、ああ……なんでもない」

俺はぎこちない笑顔を浮かべる。

だが、子供たちには通じなかった。

「嘘だあ。すっごく暗い顔してる~」

「ねえねえ、一緒に遊ぼうよ!」

無邪気に遊びに誘うカイとレオ。

「俺は……」

「榊様」

エリシアが小さく微笑む。

「少し、休まれてはいかがですか」

「……そうだな」

俺は立ち上がった。

「仕方ないな。遊んでやるよ」

「やったあ!」

子供たちと無心で遊ぶ。鬼ごっこ、かくれんぼ。エリシアも一緒に参加する。

笑顔で走り回る子供たち。

その姿を見ていると──少しだけ、心が軽くなった。


2. バエルの過去


その夜、また夢の中で暗闇の空間にいた。

「またバエルか……」

そう思った瞬間、光景が変わった。

森の中。

倒れている男がいた。

精悍な顔つきの若い剣士。傷だらけで、血まみれだ。

(これは、まさか……バエル?)

今とは似ても似つかない姿。だが何故かこの男がバエルだと、俺にはわかった。

男がゆっくりと目を開ける。

「……ここは?」

周囲を見回す。森の中。静かだ。

「戦いは……終わったのか?」

男が立ち上がる。身体に力が入らない。

「力を……ほとんど、失っている……」

失意の中、男は森を彷徨い始めた。


ーーーー


場面が変わる。

魔物に襲われる数人の人間たち。

「助けて!」

「誰か!」

男が駆けつけ、魔物を倒す。

「大丈夫か?」

「あ、ありがとうございます……!」

人間たちは、様々な理由で街や村を追い出された者たちだった。神の教えに疑問を投げかけた異端者たち。

「あなたは……強い方なんですね」

「もう、力はほとんどないんだが……」

だが、人間たちは男を慕い始めた。


ーーーー


時が流れる。

森の中に住む場所ができた。同じように追放された人たちが集まり、村になった。

男は村人たちから「守護神」と呼ばれるようになった。


ーーーー


ある日、村人の一人──女性と結婚する。

子供も生まれた。

幸せだった。

だが──

男の心の中には、焦りが燻っていた。

(力が……戻らない)

(神々は、まだ滅びていない。いずれ復活する)

(俺も、力を取り戻さないと……)


ーーーー


ある朝。

男が目を覚ますと、妻と子供が冷たくなっていた。

「……え?」

愕然とする。

「マリー!……エスト!何が!?」

だが、気づく。

自分の身体に、僅かに力が戻っている。

「まさか……俺が……?」

無意識に、妻と子供の生命力を吸っていた。

「ああああああっ!!」

男は慟哭する。

自分の命を絶つことも考えた。

だが──

(力が……戻った)

(人の命を吸えば、力が戻っていく)

男は、自分に言い聞かせる。

(いずれ、神々との再戦がある)

(その時、役に立つために)

(これは、必要なことなんだ)

免罪符を自分に与え、現実から目を背けた。

村人を守るという契約と引き替えに、生贄として少しずつ命を吸収していった。


ーーーー


人の命を吸う度に、男の姿が徐々に変わっていく。


最初は恐れていた村人達も、新たに迷い込んだ人間を生贄として差し出すようになり、自分たちを選ばれた民として考えるようになった。


男は人間としての形が崩れ、やがて──ヤギ頭の悪魔へと変貌した。


ーーーー


光景が消える。

俺は、暗闇の中で立ち尽くしていた。

「……バエルは」

俺は呟く。

「自分を止めてくれる人を、探していたんだ」

バエルの心の中には、相反する思いが交錯している。

神々との再戦のために力を取り戻して、死ぬわけにはいかないという思い。

死なせてしまった妻と子供への強烈な罪悪感。

生贄として吸収してきた人々への申し訳なさ。

そして──自分を止めて欲しいという思い。

「……俺が、バエルを救う」

それは、バエルを救うためという免罪符で、後に起こる悲劇から目を逸らす行為でもあった。

だが──俺は、そう決意した。


3. 決戦


次の日の昼間。

中央の広場で、俺はセレナに会った。

「セレナ、俺は──」

バエルを倒すことを告げようとした、その時だった。

ゴゴゴゴゴ……

地面が揺れる。

「!?」

次の瞬間、地中から巨大な何かが現れた。

10mを超す巨大な悪魔。ヤギの頭を持つ、バエル=クラウス。

その片手には──セレナが掴まれていた。

「がっ……!」

セレナが苦しげに声を上げる。

「俺の記憶を見たな」

バエルが俺を見下ろす。

「ああ」

俺は剣を抜く。

「だから、お前を倒す。お前を苦しみから解放するために」

「……それは」

バエルが静かに言う。

「俺を救うという免罪符を、自分に与えて誤魔化しているだけだ」

「……!」

その間にも、バエルはセレナを握り潰さんと力を入れる。

セレナは封印されながらも、何とか耐えていた。

「榊様……!承認を……!早く、承認してください!」

「いや」

俺は首を横に振る。

「バエルは、俺が倒す」

「エリシア!」

「はい!」

俺とエリシアは、バエルに向かって走る。

「無理です! 早く承認を!」

セレナの叫びを無視して、俺たちはバエルと戦う。

周囲の村人たちが、呆然とそれを見守っていた。

が、戦いはまともなものにすらならなかった。

バエルの空いた手の指から、闇の力の光線が放たれる。

「くそっ!」

俺は横に転がって回避する。

エリシアが跳躍し、バエルの腕に斬りかかる。

だが、バエルは手を振るだけで──

「きゃっ!」

エリシアが風圧で吹き飛ばされた。

「エリシア!」

俺が隙を狙って斬りかかる。

だが、バエルの肩から──闇の力でできた腕が生成され、俺を殴りつけてきた。

「がはっ!」

地面に叩きつけられる。

まともに近づくことすら、困難だった。

その間にも、セレナは死に瀕していた。

「榊様……! お願い……承認を……!」

必死に呼びかけるセレナ。

だが、セレナがいることで、俺は闇の力を全開にすることもできない。

「……お前は」

バエルが憐れむように言う。

「全力も出せないまま、戦っている」

「そんな状態で、本気で俺を倒せると思っていたのか」

その声には、同情すら含まれていた。

「くそ……!」

俺は歯を食いしばる。

自分たちでは、バエルをどうしようもない。

バエルを倒せるなどと、自分の中に奢りがあった。

そして──セレナが、言葉も出せなくなっている。もう限界だった。

「……分かった」

俺は、ついに言葉を口にする。

「セレナ……俺は、お前を承認する!」

その瞬間、変化は劇的だった。

セレナから激しい光が放たれ、バエルも思わず手を離す。

「ぐっ!」

光が収まった時──

そこには、六枚の羽を広げ、頭に光輪を浮かべ、白銀の鎧と盾、そして光の槍を持ったセレナがいた。

「決着を、つけましょう」

セレナが槍を構える。

「……来い」

バエルも構える。

二人がぶつかり合う。

その衝撃で、村の施設が吹き飛ぶ。余波だけで、村人たちも吹き飛ばされる。

「うわああっ!」

近くにいた子供たちを、俺とエリシアは庇った。

「大丈夫か!?」

「う、うん……」

「おじさん、怖いよう……」

「守護神様が……!」

アンもカイもレオも何が起こったのかわからず、怯えている。

何とか、衝撃の余波が子供たちに届かないよう防ぐ。

だが、村がどんどん壊れていく。犠牲者も出る。

俺とエリシアは、子供たちを守るので精一杯だった。

俺たちとの戦いでは、どれだけ手を抜いていたかがわかる。

しかし、永遠に続く戦いはない。

長く続いた戦いは、ついにバエルが膝をついた。

「ぐ……」

「終わりです」

セレナが槍を構える。

その時だった。

「守護神様!」

子供たちが、セレナの元に走り出した。

「おねがい!守護神様をいじめないで!」

「守護神様は、村を守ってくれるって……!」

「!?」

俺は驚いて、一呼吸動きが遅れた。

「待て!」

子供たちを連れ戻そうとする。

だが──

「邪魔です」

セレナが、光の矢を子供たちに放った。

「あ……」

光の矢が胸を貫き、子供たちが倒れる。

遠くで村人の悲鳴が聞こえる。

アンも、カイも、レオも……もう動かない。

「……嘘だろ」

俺が呆然としている間に、バエルが子供たちを手の中に掴んだ。

そして──

子供たちの身体が、ボロボロと砂のように崩れていく。

「あ……ああ……」

バエルが少し力を得た。

戦いが再開される。

俺は、吹き飛ばされた。

「榊様!」

エリシアが支えてくれる。

何とか立ち上がる。

その先では──

巨大な槍を作り、バエルを貫くセレナの姿があった。

「ぐああああっ!」

バエルの巨体が崩れる。

中から、あの過去の光景で見た人間としてのバエルが現れた。

「……すまない……」

バエルが途切れ途切れに言う。

「マリー……エスト……許してくれ……」

そして、灰となって崩れ去った。


4. 石の雨


「……」

俺は、呆然と立ち尽くしていた。

セレナが近づいてきた。

「正義はなされました」

淡々とした声。

「遅かったですが、承認してくれたことで、悪魔を滅ぼすことができました。感謝します」

「……」

「今から神に報告に行かなければなりません。あなたの名は、協力してくれた勇者として神に伝えます」

「待て──」

俺が言いかけた時には、セレナは空へ飛び立っていた。

周りを見る。

村は、ほぼ崩壊していた。

村人たちも、十数人しか残っていない。周囲には、死体が散乱している。

残った村人は──

呆然とする者。バエルの灰に縋る者。その場で泣き崩れる者。

様々だった。

俺も、何も考えられず、その光景を見ていた。

その時──

ゴツン。

横から石が飛んできて、頭に当たった。

「!?」

威力は大したことはなかったが、思わず身をすくめた。

「お前たちのせいだ!」

村人が叫ぶ。

「お前たちがあの天使を連れてきたんだろう!」

「お前が守護神様を殺させた!」

次々と、罵声を浴びせながら石を投げつけてくる。

そして──

「アンを返して……!」

アンの親が泣きながら叫び、その周囲でも嗚咽が広がっていた。

「……」

俺は、耐えきれなくなった。

罵声を背に、村の外に走り出す。

「榊様!」

エリシアが後を追った。


5. 温もり


息が切れるまで走った。

途中、無意識に魔物を切り裂きつつ走る。

森の少し開けたところで、ついに力尽きた。

剣を取り落とし、膝をつく。

「……くそっ」

涙が、溢れた。

もう、何が正しいのか分からなかった。

その時──

「……」

エリシアが、そっと抱きしめてくれた。

その感触に、俺は少し驚いた。

いつもなら、斥力があって直接触れることはできない。

だが、今は──

「エリシア……?」

「斥力を、解除しました」

エリシアの声が、優しかった。

人間とは違う。それでも、胸から聞こえるエリシアの鼓動。

今まで感じ取れなかった温もり。

「……榊様は、間違っていません」

エリシアが静かに言う。

そして、間を置いて──

「でも、正しくもありません」

「……」

「今は、泣いていいです」

エリシアが、さらに抱きしめる。

俺は──

エリシアの胸の中で、泣いた。

異世界に召喚されて、初めて流す涙だった。



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