第二十八話:白銀界の冒険
1.白銀界の洗礼
「エリシアさん、何か来る……!?」
白銀界に足を踏み入れた瞬間、感じた敵意に対して剣を構える。エリシアに呼びかけたとき、視界の端が、黒く歪んだ。
「私に敬称は不要です──榊様、来ます」
エリシアの声と同時に、空気が裂けるような風切り音が響いた。
次の瞬間、空が歪む。黒い線が無数に引かれ、音もなく迫ってくる。
「速い……!」
俺は反射的に剣を振るう。だが、斬った感触がない。代わりに、何かが闇を纏った身体を激しく叩いて過ぎ去っていった。
闇を纏っていなければ、ダメージを受けていた。
「疾嘴群鳥です。高速で飛び鋭い嘴で相手を串刺しにします」
エリシアが淡々と説明しながら、空中へと跳躍する。服の裾が翻り、両腕から白銀に輝く刃が展開された。
振動する刃が空気を震わせ、黒い線の群れを一列ごと薙ぎ払う。
ムクドリほどの大きさの鳥が、次々と地面に落ちて魔力に還って消えていく。だが──
「なんだ……!?」
崩れた群れが一瞬で再編成される。まるで一つの生命体のように、隊列を崩さない。
「群体魔力演算を行っています。先頭が死ぬと即座に後続が役割を引き継ぎます」
エリシアが着地し、再び跳躍する。まるで舞うように、刃を振るい続ける。
榊も剣を構え、迫りくる黒い線を闇の力で弾き返していく。だが、数が多すぎる。
「白銀界では、魔力嵐の前触れとされています」
「説明はいい、倒し方を教えてくれ!」
「数を減らすしかありません。ただし──」
エリシアの足が刃に変形する。回転するように蹴りを放ち、群れを薙ぎ払った。
「──個体は弱いので、一匹ずつ確実に仕留めれば問題ありません」
作業のように、淡々と。エリシアは群れを殲滅していく。
やがて、最後の一匹が地面に落ちた。
「……終わりました」
何事もなかったかのように、エリシアが着地する。スカートに付いた埃を払い、榊に向き直った。
「では、先を急ぎましょう」
「あ、あぁ……」
榊は息を整えながら、エリシアの後を追った。
2.仲間を思う心
俺は何度か話しかけたが、エリシアからは質問への答え以上の言葉は返ってこなかった。
途中、川のように流れる魔力の中で泳ぐイルカのような召喚獣や、魔力の結晶を食べる無害そうな小動物のような召喚獣を横目に見ながら進む。
「なあ、エリシアさん……いや、エリシア」
「はい、何でしょうか」
「白銀界は初めてじゃないんだよな?」
「はい。お父様に何度か同行したことがあります」
「じゃあ、この世界のこと色々知ってるんだな」
「基本的な情報は記録されています」
榊は少し笑った。
「記録、か。エリシアらしいな」
「……?」
エリシアが首を傾げる。俺の言葉の意味が分からない、という表情だ。
その時だった。
突然、空が影に覆われた。
「!?」
見上げた先に、白銀の空を塞ぐ巨大な影。
触手を無数に生やした、イカのような巨大な生物が、真上から落ちてきた。
「回避します!」
エリシアが俺の腕を掴み、横に飛ぶ。
次の瞬間、二人がいた場所を巨大な質量が叩き潰した。
轟音と共にと大地が悲鳴を上げる。
「無尽触魔です」
エリシアが立ち上がりながら説明する。
「白銀界では触手は魔力の流れそのもので無限に再生します。核を破壊しない限り完全討伐不可──」
その説明の途中で、触手が振るわれた。
大地が「叩き潰される」。
「うわっ!」
俺が横に転がる。触手が地面ごと抉り、魔力の結晶が砕け散った。
「──墨を砲弾のように吐き出します。注意してください」
エリシアの警告と同時に、無尽触魔の口から黒い何かが放たれた。
咄嗟に闇の力を前面に展開する。黒い砲弾が闇にぶつかり、轟音と共に一瞬、闇が鈍った。
「威力、高すぎだろ……!」
「はい。白銀界の魔力を取り込んでいるため、通常より強化されています」
淡々と説明しながら、エリシアが跳躍する。
触手が追ってくるが、エリシアは空中で身体を捻り、回避しながら刃を振るう。
触手が切断される。だが──
「再生しました」
切断された触手が、瞬く間に元に戻る。
俺も剣を振るい触手を切り裂くが、再生してキリがない。
「私が攻撃を引き付けます。榊様、隙を見て核を──」
「待て! お前が囮になるつもりか!?」
「はい。最も合理的な──」
「ダメだ!」
俺は叫ぶ。だがエリシアは既に動いていた。
無尽触魔の触手が一斉にエリシアに襲いかかる。エリシアは舞うように回避し、切り裂き、蹴り飛ばす。
「くそっ……!」
悪態をつきながら走る。
「核は……どこだ!?」
「中央部、触手の根元です」
エリシアの声が聞こえる。激しく舞うように触手を切り裂いているのに、変わらず淡々とした声音だ。
触手がエリシアを捉える。斥力のフィールドが破られ、エリシアの肩が裂けた。
「エリシア!」
「問題ありません。榊様、今です」
闇を纏った剣を振りかぶる。無尽触魔の中央部──そこに、魔力の核が見えた。
「喰らえ!」
剣が核を貫く。
無尽触魔が痙攣し、触手が力を失う。やがて、巨体が崩れ落ちた。
エリシアに駆け寄る。
「大丈夫か!?」
肩の傷から、白い何かが見えている。血ではない。機械のような、それでいて有機的な何か。
「修復します。少々お待ちください」
エリシアが目を閉じる。傷口から白い光が漏れ、ゆっくりと傷が塞がっていく。
「……なんで、そんな無茶するんだよ」
俺の声には、怒りが含まれていた。
「? 最も合理的な判断です。この白銀界では魔力の関係で修復も早い。私が囮になれば、榊様が核を狙える最適解──」
「そういうことじゃない!」
エリシアの腕を掴む。驚いたように目を見開いた。
「お前は……仲間なんだよ。自分を犠牲にして仲間が傷つくのを、俺は見たくない」
「仲間……?」
エリシアが首を傾げる。その概念が、理解できないという表情だ。
俺は深く息を吐いた。
「そうだ。お前と俺は、一緒に戦ってる。だから、お前が傷つけば俺も心配する。当たり前だろ?」
「心配……」
エリシアが自分の胸に手を当てる。
何か、温かいものを感じた。胸の奥が、じんわりと熱くなる。
これは……何?
エリシアは混乱した。自分には心がない。お父様がそう言っていた。でも、この感覚は──
「……魔力を取り込みすぎた不具合、でしょうか」
「は?」
「いえ、何でもありません」
エリシアが立ち上がる。傷は完全に塞がっていた。
「参りましょう。目的地まで、まだ距離があります」
「……ああ」
俺は釈然としなかったが、エリシアの後を追った。
3.採取者との邂逅
それから、俺たちは白銀界を進み続けた。
途中、遠くに人影を見つけた。
「あれは……」
「召喚獣の卵を採取に来た魔法使いです」
エリシアが即座に判断する。
「見つかると、面倒なことになります。隠れましょう」
二人が魔力の結晶の陰に身を潜めた、その時だった。
「おい、お前ら! そこで何してる!?」
男の声が響く。見つかった。
「逃げます」
エリシアが俺の手を引く。二人が走り出すと、男たちが追ってきた。
「待て! 勝手に白銀界に入るとは何事だ!」
「許可は!? 許可はあるのか!?」
必死で追ってくる男たち。だが、その内の一人が少し遅れて──
「うわああああっ!」
突然、悲鳴を上げて倒れた。
「馬鹿! 結界の外に出るな!」
仲間が慌てて駆け寄る。倒れた男は苦しみながら、身体を掻きむしっていた。
白銀界の魔力に、直接侵食されている。
「治療を! 早く治療を!」
男たちが治療に当たり始める。俺とエリシアはその隙に、逃げ切った。
「あれは酷いな……」
振り返りながら呟く。倒れた男の苦しみ方は、見ていて辛いものがあった。
「白銀界は、対策なしでは人間が生存できない世界です」
エリシアが淡々と言う。
「榊様が闇の力を纏っていなければ、同じことになっていました」
「……そうだな」
俺は改めて、白銀界の恐ろしさを認識した。
4.さらに進む二人。
「何か、いる……?」
足を止める。エリシアの足元に、小さな何かが転がってきた。
コガネムシのような、10cmほどの虫。
「震爆甲蟲です! 離れて──」
エリシアの警告が間に合わなかった。
それでも咄嗟にエリシアを庇う。
次の瞬間、世界が裏返った。
ドォン!
爆風に吹き飛ばされ、俺の視界が白く染まる。
「榊様!」
エリシアが駆け寄る。俺は闇の力で身を守っていたが、衝撃で地面に叩きつけられた。
「うぐ……なんだ、今の……」
「全身から衝撃波を出して相手を吹き飛ばす召喚獣です。威力は人を簡単に吹き飛ばします。待ち伏せからの爆発という地雷にもなります」
「そんなのまでいるのか……まるで手榴弾だな……」
俺は立ち上がった。幸い、エリシアを庇った形になったため、エリシアは無傷だった。
「榊様……」
エリシアが何か言いかけたが、言葉が出てこなかった。
また、胸が温かい。
5.召喚獣の洗礼
その後も、二人は様々な召喚獣と遭遇した。
足元を赤い光が走った。
次の瞬間、熱風が脚を舐める。地面に焼き付けられた火の線が、円を描いていた。
「囲まれてる……!」
40〜50cmほどの平べったい虫。背中から1mほどの高さのガスバーナーのような火を出しながら、高速で走り回っている。
「火走蟲です」
エリシアが舞うように跳躍し、炎を避け、蹴りで踏み潰していく。榊は闇で炎を弾きながら前進し、剣で切り裂いた。
戦闘の中で、榊は常にエリシアを庇おうとした。
エリシアが攻撃される前に前に出る。エリシアが危険な位置にいれば、声をかける。
エリシアには、それが理解できなかった。
自分は修復できる。榊様より頑丈だ。なのに、なぜ庇う?
でも、その度に──胸が温かくなる。
これは、一体何なのだろう。
エリシアは混乱しながらも、戦い続けた。
6.大きな山
やがて、遠くに巨大な山が見えてきた。
山というより、巨大な何かが眠っているようにも見える。白銀に輝く、獣のような形。
「あれが……」
「はい。あの麓が目的地です」
エリシアがそう告げた時だった。
「──あれえ? なんで知らないおっさんがこんな所にいるの?」
突然、上から声が降ってきた。
俺が見上げると、巨大な鳥に跨り空中に浮かぶ少女がいた。
金髪のサイドテール。ルビーのような瞳。10歳前後に見える、小柄な少女。
だが、その顔には意地悪そうな笑みが浮かんでいた。
「結界も張らないで白銀界とか、死にたいの? それとも、ただのバカ?」
少女が榊を見下すように笑う。
「……誰だ、お前」
「あたし? あたしを知らないなんて、田舎者ね。あたしはシルフィ・アルジェント。五大魔法使いの一人、召喚術師ってわけ」
シルフィが尊大な態度で胸を張る。
「で、おっさん。何しに来たの? まさか、アウレリアに会いに来たとか言わないよね?」
その言葉に、俺とエリシアは顔を見合わせた。
「……アウレリアとやらに会いに来たわけではないのだが……知ってるのか?」
「当ったり前じゃん。アウレリアはあたしの友達なんだから」
シルフィが得意げに笑う。
「でもねえ、おっさん。アウレリアは今、眠ってるの。起こすわけにはいかないんだよね」
「待て、俺たちは──」
「言い訳は聞かなーい。とりあえず、おっさんとそこの人形は──」
「──私は、人形ではありません」
エリシアが初めて、感情的な声を出した。
シルフィが目を丸くする。榊も驚いて、エリシアを見た。
「あら? 図星突いちゃった?そういえばあんた、あのじいさんの人形じゃん」
「違います。私は──」
エリシアが言葉に詰まる。
私は、何?
その問いに、答えが出せなかった。
「……面白いねえ、あんた」
シルフィがにやりと笑う。
「いや、俺たちは君がアルセインから借りたものを、取ってきてくれと頼まれて……」
俺はそう説明するが……、
「ああー、あれかあ」
「いいよー。とりあえず、あたしについて来なさい。アウレリアの麓まで案内してあげる。そこに借りた物があるわ」
「本当か?」
「ただし、条件があるけどね」
シルフィが意地悪そうに笑いながら、近くの岩の上に飛び降りる。
「おっさん、あんた──あたしを楽しませてくれる?」
厄介事の匂いしかしなかった。
疾嘴群鳥
高速(時速100キロくらい)で飛行し、鋭い嘴で集団で襲ってくるムクドリに似た召喚獣。いわば空飛ぶナイフ。個体は弱いが、群体魔力演算を行い隊列が崩れない。さらに先頭が死ぬと即座に後続が役割を引き継ぐ。白銀界では「魔力嵐の前触れ」とされる。
無尽触魔
高さ5m程の大きなイカ型の召喚獣。再生力が高く、触手をムチのように振り回す他、墨を砲弾のように吐き出す。またバネのように飛び跳ねその自重で推し潰そうともする攻撃を行う。白銀界では触手は魔力の流れそのものであり、核を破壊しない限り完全討伐不可。墨は魔力を遮断する性質を持つ
震爆甲蟲
10cm程の大きさの茶色のコガネムシに似た召喚獣。通常の移動能力はコガネムシレベルだが、転がると早い。全身から衝撃波を出して相手を吹き飛ばす。次の衝撃波を出せるまで10分ほどのインターバルが必要。威力は手榴弾レベル。実際の手榴弾と違って破片が飛ばないのが救い。待ち伏せからの爆発という地雷にもなる。
火走蟲
大きさは40~50cm程の平べったい虫。背中から高さ1mくらいのガスバーナーのような火を出しながら高速で走り回る。進路上を焼き切り“線”を描く行動をとる。




