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第二十七話:アルセインの求めるもの

1.交渉


「さて、まずは座るといい」

アルセインが軽く手を振ると、彼の座る机の向かい側に、いつの間にか椅子とカップが現れていた。控えていたエリシアが静かに給仕し、カップには湯気の立つ紅茶が注がれる。

突然のことに呆気にとられる俺とファルマ。だがルーシェンは遠慮なく椅子に座り、紅茶を一口飲んだ。

「美味しいですね」

その様子を見て、俺とファルマもおずおずと椅子に腰を下ろす。

「それで、何か用事があってこんな辺鄙な場所まで来たのだろう?」

アルセインの問いかけに、ルーシェンが目を輝かせた。

「あの、まず聞きたいんですが、周りに浮かんでるこの球体や三角体は一体何なんですか? どういう原理で浮いているんでしょう? 魔力の流れを見ても特に何かが──」

「いやそうじゃないだろ!」

思わずツッコミを入れる。その光景を、アルセインは面白そうに眺め、ファルマは呆れた表情で見ていた。

「あ、そうでした。疑問は後で」

ルーシェンが残念そうに口を閉じる。そして気を取り直すように咳払いをすると、本題に入った。

「実は、榊さんの闇の力について、これまでの研究で分かったことがいくつかあって……興味ありませんか?」

その言葉に、アルセインの目が細められた。好々爺とした態度の奥に、狸親父とも言える狡猾さが見え隠れする。

「ほう、興味深いな。続けたまえ」

ルーシェンが熱心に説明を始める。闇の力の性質、魔力との関係性、これまでの実験結果──。アルセインは静かに耳を傾けていたが、その表情からは何を考えているのか読み取れない。

「──それで、これからも研究を続けるつもりなのですが……投資してみませんか?」

要するに便利な魔道具が欲しい、ということだ。ルーシェンの本音が透けて見える。

アルセインはしばらく黙考していたが、やがてゆっくりと口を開いた。

「魔道具を渡してもいいが……条件がある。

いや――正確には、“君だからこそ頼みたい条件”だ」

「条件、ですか?」

「白銀界に行って、友人からあるものを受け取ってきてほしい」

「白銀界……?」

俺が聞き返す。ファルマも首を傾げた。

アルセインが説明を始める。

白銀界──この世界の隣に位置する、唯一観測され、かつ行くことができる世界。そこは魔力に満ちており、何の対策もなく人間が踏み入れば、体内の魔力が狂い、そのまま分解されてしまう。

「そのため、空間魔法による防御が必須となる。ただ空間魔法は基本的に指定した空間にしか効果を及ぼさない。そこで付与魔法を使い、杖の先などに防御の空間魔法をかける。すると防御空間と一緒に動くことができる──杖の先から防御空間が作られる、という感じだな」

「なるほど……それぞれの魔法にそれなりの力量が必要、と」

ルーシェンが納得したように頷く。

「ああ。だから行ける魔法使いは限られる。白銀界での活動制限時間は力量によって前後するが、普通は長くても半日程度だ」

アルセインは続ける。

「白銀界はこの世界のどこからでも行ける訳ではない。世界同士が近くなっている箇所──白銀界の魔力が漏れ出す『魔力溜まり』と呼ばれる場所からしか行けないのだ。都市など便利な場所にある魔力溜まりは国が管理しており、許可がなければそこからは行けない」

「つまり……勝手に行ける場所じゃない、ってことか」

俺が確認するように言う。

ルーシェンが頷き説明を引き継ぐ。

「召喚獣の卵は親がいる訳ではありません。自然発生すると言われてます。白銀界の土地の影響を受けて、川のそばなら河導系といった具合に出るようです。白銀界では川も魔力が流れていますから」

「……食料は得られないんですか?」

ファルマの質問に、アルセインは首を横に振った。

「得られない。ただ、低位の召喚獣の卵ならいくらでも見つかる。大きな都市なら売っていたりするようだな。魔力を与えることで孵化させるのだ」

「召喚魔法は便利ですが……」

ルーシェンが更に口を挟む。

「確か、召喚獣を寄生させるたびに最大魔力が減ります。 だから召喚魔法使いは魔力の運用より、自分の最大魔力を鍛える傾向にある。他の魔法使いに比べて魔力の扱いが苦手なのはそのせい、と」

「その通り。ただ低位の召喚獣は使用魔力が少ないため、寄生させて使役しているものも多い。スライムや発光する虫、様々な穀物生産に従事する召喚獣が多いのはそのためだ」

アルセインは一息ついてから、重要なことを付け加えた。

「ちなみに召喚獣は倒されると復活のための待機状態になり、回復するまで使役者の魔力をさらに食い潰す。ギリギリでやっていると、命に関わることもある。召喚獣としての知識としてはこんなものだな」

俺は腕を組んだ。

「それで、俺たちが行くのですか?」

「本来なら空間魔法の庇護と、世界が近い場所が必要だが……この塔の中に、白銀界への扉がある」

アルセインが榊とエリシアを見た。

「ただし行けるのは、闇の力で魔力を受け付けない榊と……エリシアだけだ」

「え? エリシアさんだけ?」

ファルマが驚いた声を上げる。

「エリシアは人間ではない」

その言葉に驚愕する。まず真っ先に反応したのはファルマだ。

「え……!?

じゃ、じゃあ……人形、とか……?」

エリシアを見て、言葉を詰まらせる。

そして、エリシアとほかの人間を見比べる。

「……ど、どうみても……人間にしか見えないですけど……」

ファルマは完全に混乱している。反対に俺は心のどこかで薄々気づいていた。

挙動、魔力の在り方、感情の揺らぎの乏しさ――どれもが、人間味に欠けていた。

「……やっぱりか」

俺は驚くより先に、小さく息を吐いた。

「……そうだろうな、とはなんとなく思ってた」

そしてルーシェンはいつもの研究、研究と言っているのが不思議なくらい静かだった。

静かな目で、それでいて、底の見えない絶望を宿している。あんなルーシェンの目は初めて見るな……。

エリシアは静かに立っていた。

だが、その視線は、俺たちの表情を確かめるように、わずかに揺れていた。

そんな俺たちの反応にあまり関心を寄せず、アルセインは言葉を続ける。

「エリシアは魔力の纏い──斥力を持っている。白銀界は魔力に満ちた世界だ。魔力を活動の元とするエリシアなら長時間の戦闘行動や、破損時の修復が早くなるだろう。ただし白銀界の魔力を取り込みすぎると不具合が出て、行動がおかしくなる可能性があるがな」

「そうですか。じゃあ私とファルマは同行できないですね」

ルーシェンが静かに声を上げた。ファルマも心細そうな表情を浮かべる。

アルセインはにこやかに笑った。

「ルーシェン、君には榊たちが帰ってくるまでの間、私が今まで見つけたものを一緒に研究してやろう」

「──本当ですか!?」

先ほどまでの静けさが嘘のように、ルーシェンの態度が一変する。目を輝かせて俺の方を向いた。

「榊さん、一ヶ月でも一年でも白銀界に行っていて大丈夫ですよ!」

「お前な……」

呆れた声を出す。ただ何か空元気を出しているようにも感じた。

アルセインはファルマにも視線を向けた。

「ファルマ、君は地泳巨獣との戦いで、身体能力の低さが足を引っ張っていたな?」

「あ……はい」

ファルマが小さくなる。アルセインがその戦いを知っていることに驚きながらも。

「魔法適性は低いものの、身体強化の付与魔法を覚えれば、薬とあわせてもっと動けるようになるはずだ。榊たちが戻ってくるまでの間、私が自ら指導してやろう」

「本当ですか!?」

ファルマの表情が明るくなる。やる気に満ちた瞳でアルセインを見上げた。アルセインが俺に視線を戻す。

「友人の名前はシルフィ・アルジェント。白銀界に住む変わり者だ。エリシアとは面識があるし、以前預けたものを取りに来たと言えばわかるだろう」

「五大魔法使いの1人、ですか……本当にいたんですね」

ルーシェンが呟く。

「では、行ってもらおうか」

アルセインがそう言うと、部屋の隅にいつの間にか階段が現れていた。下へと続く、暗い階段。

「こちらへ」

エリシアが先導して階段を降り始める。俺がそれに続き、見送りのためにルーシェンとファルマも一緒についてきた。

「その扉、詳しく調べさせてもいいですか?」

「ルーシェンは研究のことが頭から離れないな……」

いつものルーシェンに戻ったことに、俺が呆れながら他の3人と階段を降りていく。


2.アルセインとノイン


その後ろ姿が見えなくなってから、アルセインは一人、キセルから紫煙を燻らせる。

「──久しぶりだな」

振り返りもせずに、アルセインがどこともなく話しかける。

いつの間にか、部屋の奥にノインが立っていた。旅装束に身を包んだ空間魔法使い。

「呪いの件ですが……」

ノインの声は低く、静かだった。

「今まで何もしていなかった訳ではありません。呪いそのものを解呪することはまだできませんが……成功率は半分にも満たないものの、多少、転移する場所を指定できるようになりました」

「そうか」

アルセインは窓の外を見た。遠く、雲の向こうを。

「時計の針が、ついに動き出した。

……止めていたのは、私たちだ」

「……ええ」

「いずれ、奴が出てくるだろう」

「調停者……」

ノインが小さく呟く。

「世界が、力を取り戻しつつある」

「神々も動き出す、ということですか」

「忙しくなるな」

アルセインがそう呟いた時には、もうノインの姿はなかった。まるで最初からそこに誰もいなかったかのように。


3.白銀界への扉


階段をひたすら降り続ける俺たち。

「一体何階あるんだよ……」

俺がそんな愚痴をこぼした、その時だった。

階段が終わり、中央に扉がある以外何もない円形の部屋に辿り着く。

「これは……!」

ルーシェンが目を輝かせて扉に駆け寄り、観察を始めた。魔力の流れを確認し、構造を調べ、興奮した様子でぶつぶつと呟いている。

そんなルーシェンを横目に、エリシアが説明を始めた。

「これが白銀界へ行く扉です。榊様、闇の力を体内だけでなく、表面にも纏ってください」

「表面にも……? 分かった」

集中する。体内を巡る闇の力を、徐々に表面へと滲み出させていく。黒い靄のようなものが俺の身体を覆い始めた。

「榊さん……無事に帰ってきてくださいね」

ファルマは、不安を押し殺すように俺を見上げた。

俺はファルマの頭を優しく撫でた。

「いっぱい土産話を持って帰るから。ファルマも頑張れよ」

「……はい!」

エリシアが扉に手をかける。重い音を立てて、扉がゆっくりと開いた。

中から、眩い魔力の光が漏れ出す。白銀に輝く光。それは美しくもあり、危険でもあった。

「では、参りましょう」

エリシアが先導し、光の中へと足を踏み入れる。

俺も深呼吸をしてから、その後に続いた。

「気をつけてくださいね……!」

ファルマとルーシェンの声が背中に届く。

次の瞬間、俺の視界は白銀の光に包まれた──。


3.白銀界へ


扉の向こうは、別世界だった。

空は白銀に輝き、大地は魔力の結晶で覆われている。川のように魔力が流れ、木々の代わりに魔力の塊が林立している。

「これが……白銀界」

思わず呟く。

周囲の魔力が俺の身体を侵食しようとするが、闇の力がそれを弾き返していた。エリシアも平然と立っている。むしろ、無表情ながらもどこか嬉しそうな雰囲気がある。

「魔力に満ちた世界……相変わらず心地良いです」

「エリシアさんにとっては快適なのか」

思わず苦笑する。

だが、そんな余裕も束の間だった。

遠くから、何かの気配を感じる。複数。そして、強い。

「……どうやら、歓迎されてないみたいだな」

剣を抜き、身構える。

白銀界での冒険が、今、始まろうとしていた。



エリシア・ノクティス

五大魔法使いの一人アルセインが作り出した魔道人形。

身長156cm、体重30kg。亡くなった彼の娘を模して造られている。

付与魔法の粋を集めて作られた存在であり、外見上は人間とほとんど見分けがつかない。

特徴として、全身を常に約1cmの斥力フィールドで覆われている点が挙げられる。足の下にも同様のフィールドが存在するため、彼女は厳密には歩いておらず、常にわずかに浮いた状態にある。

このフィールドの存在により、彼女に直接触れるには物理的に突破するか、本人が解除するしかない。ただし解除はアルセインによって禁じられている。

稼働には魔力を使用し、胸部には魔力を生み出し全身へ循環させる魔道心臓が内蔵されている。通常時は魔力の生産と消費が釣り合っているが、戦闘行動や損傷の修復時には消費が上回る。

白銀界では常に魔力を補充できる環境が整っているため、戦闘時間の延長や修復速度の向上が可能となる。

戦闘時には、腕の側面から約50cmの魔力の刃を生成し、高速振動によって敵を切り裂く。弱点はリーチの短さである。

切り札として、腕を変形させ、指先や刃の先端から電撃を放つ能力を持つが、魔力消費が極めて大きく、使用後はしばらく稼働不能となる。


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