第二十六話:アルセインの塔
1.旅の再開
アンデッドの件もあり、俺の心は何かスッキリしないまま旅を再開していた。
あの時感じた悲しみ、申し訳なさ——それが何なのか、まだ答えは出ていない。
「……大丈夫ですか?」
ファルマが心配そうに声をかけてきた。
「ああ、大丈夫だ」
そう答えたが、心の中は全然大丈夫じゃなかった。
ただ、立ち止まっているわけにはいかない。俺たちはアルセインの塔を目指して、ひたすら歩き続けた。
2.空に浮かぶ塔
「……おかしいな」
しばらく歩いていると、俺は首を傾げた。
「どうしたんですか?」
「いや、確実に塔に近づいてるはずなのに……まだ姿が見えない」
地図上では、もうかなり近くまで来ているはずだ。だが、周囲を見渡しても、塔らしきものは何も見えなかった。
「本当に道……合ってるんですよね?」
ファルマも不安そうに周囲を見回している。
「ええ、間違いありません」
ルーシェンは平然としている。
「もうすぐ見えるはずです」
その言葉の通り——。
突然、視界が開けた。
「……!?」
俺は思わず立ち止まった。
目の前に広がっていたのは、直径1キロはあろうかという円形の開けた場所だった
地面には、様々な花が咲き乱れている。季節感も何もない、ただ美しいだけの花々。
そして——。
その上空、約10メートルほどの高さに——巨大な塔が浮いていた。
「……嘘だろ」
俺は思わず呟いた。
塔は空中に浮いている。まるで重力を無視しているかのように。
塔の上部は雲に隠れて見えないが、その存在感は圧倒的だった。
「……すごい……」
ファルマも呆然と塔を見上げていた
「さあ、とにかく行きましょう」
ルーシェンは普段と変わらなかった。そういえば、彼は一度この光景を見たことがあるんだったな。
「あ、ああ……」
俺たちは、ゆっくりと塔に向かって歩き始めた。
3.見つからない入口
塔に近づきながら、俺は塔を観察した。
だが——入口らしきものが見えない。
「……入口、どこだ?」
こちら側ではないのか?それとも……。
「以前来た時は、どうだったんですか?」
俺がルーシェンに尋ねると、彼は少し困ったように答えた。
「空を飛んで近づこうとしましたが、何か反発する力のようなもので近づけませんでした」
「反発する力?」
「ええ。それで、呼びかけたんです。すると、塔から声が聞こえました」
「声?」
「『今のお前は面白くないから帰るがいい』と」
「……は?」
俺は思わず聞き返した。
「その後も試行錯誤しましたが、それ以降声もなく、どうしようもなかったので引き下がりました」
「……結構、行き当たりばったりでしたね」
「ですが、一度は会話ができました。つまり、興味を持ってもらえれば交渉は可能なはずです」
ルーシェンは自信満々に答えた。
俺は少し不安になったが、今更引き返すわけにもいかない。
4.花摘みをする女性
塔に半分ほど近づいた時、俺は視界の端に人影を見つけた。
「……ん?」
遠目に見ても、女性だとわかる。
彼女は座り込んで、花を摘んでいるようだった。
「あそこに人がいますね」
ファルマも気づいたようだ。
「……話しかけてみようか」
俺たちはその女性に近づこうとした——その時。
女性の後ろから、何かが近づいてくるのが見えた。
コボルトだ。
「危ない!」
俺は大声で叫び、急いで駆けつけようとした。
だが、女性は全く気づいた様子がない。
コボルトは爪を振り上げた。
「くそっ!」
俺は咄嗟に闇を纏った剣を投げつけた。
剣はコボルトの首を正確に断ち、残った身体はその場に倒れた。
「……間に合った」
俺は息を切らしながら、女性のもとに駆け寄った。
5.エリシアとの出会い
「大丈夫ですか!?」
俺が声をかけると、女性はゆっくりと立ち上がった。
彼女は花の入ったカゴを腕にかけ、俺の方を向いた。
その瞬間——。
俺は、息を呑んだ。
綺麗だ。
淡い金髪、緑の瞳、白い肌。
少女のようでもあり、成人した女性のようでもある。年齢を推し量ろうとした瞬間、その思考自体がすり抜けていく。
町娘の服を着ているが、それは彼女が服を選んだ結果には見えなかった。
まるで、誰かが”人間らしさ”という概念を後から貼り付けたような——。
息遣いも、瞬きも、感情の揺らぎも。
すべてが「正しく配置されている」だけに見えた。
俺は、理由もなく思った。
――触れれば、壊れてしまいそうだ、と。
それに少しはコボルトの返り血を浴びたはずだ。なのに全く汚れが見当たらない。
「榊さん……どうしたんですか?」
ファルマが追いついてきて、不思議そうにしている。
「あ、ああ……」
俺は我に返り、女性に声をかけた。
「その……大丈夫ですか?」
女性は首を傾げた。
その仕草には、何か人間味がなかった。
「……何をしていたんですか?
俺が更に尋ねると、やっと口を開いた。
「お父様に頼まれて、花を集めていました」
「花?」
俺は彼女の持っているカゴを見た。
季節感さえ気にしなければ、どこにでも咲いている花ばかりだった。
「……何のために?」
「わかりません」
女性は感情のない声で答えた。
俺はファルマと顔を見合わせた。
こちらが話しかけると、それには答える。だが、会話にならない。
今思えば不自然だった。
あの距離、あの殺気。
普通なら、振り向くか、身をすくめるか、何かしら反応するはずだ。
「剣投げっぱなしでしたよ」
「あ、すまない」
話している間に、ルーシェンが剣を回収して渡してくれた。
「……この辺りに住んでいるんですか?」
ファルマが尋ねると、女性は上の塔を指差した。
「!?」
俺とファルマは驚いた。
その時——。
塔から、好々爺じみた声が響いた。
『エリシア、その三人は私の客人だ。塔に案内しなさい』
「はい、お父様」
エリシアと呼ばれた女性は、静かに頷いた。
「こちらへ」
彼女は俺たちを塔の真下へと案内した。
6.塔の中へ
塔の真下に着いたが——何も起こらない。
平面の底があるだけで、入口らしきものは見当たらなかった。
「……どうするんだ?」
俺が呟いた瞬間——。
塔の真下の中心から、光が注いだ。
「!?」
次の瞬間、俺たちの体が浮き上がった。
まるで光に引っ張られるかのように、上に吸い寄せられていく。
「うわっ!?」
塔の底にぶつかる——と思わず目をつぶった。
だが、衝撃はなかった。
気がつけば、俺たちは見知らぬ広い部屋に立っていた。
7.アルセイン翁との対面
部屋は円形で、大きな窓が360度ある。
そこから見えるのは、雲海だった。
俺たちは、とても高い位置にいるらしい。
部屋の中には、球体や三角形、立方体が所々に浮いている。重力を無視したかのような、不可思議な光景だった。
そして——。
部屋の奥には、大きな文様の描かれた机があり、その向こうには豪華な椅子——玉座とも安楽椅子ともつかぬ、深く身体を預けられる椅子に座る、男性がいた。真っ白な髭は長く、顔には深い皺が刻まれている。深い紺色のローブも相まって、どこぞの魔法学校の校長みたいだ。
そして、一見すれば穏やかな好々爺だが、その目は違った。
そこにあるのは学者の知識だけではない。
幾度となく人の選択を見送り、その結末を知っている者だけが持つ眼だった。
エリシアはまるで秘書のように、男の後ろに付き従っている。
彼はキセルをふかしながら、俺たちを見ていた。
「ようこそ、我が塔へ」
男性——アルセイン翁は、穏やかに微笑んだ。
「……あなたが、アルセイン翁?」
ルーシェンが尋ねると、翁は頷いた。
「左様。私がアルセイン・ル=ノクティス。この塔の主だ」
翁は俺たちを一人ずつ見渡した。
そして——俺と目が合った瞬間。
「……ほう」
翁の目が、興味深そうに輝いた。
「お前が、異世界からの訪問者か」
「……俺を知ってるんですか?」
「知らぬ。だが、お主からは――面白い匂いがする」
翁はそう言って、キセルから煙を吐いた。
「まだ始まったばかりの、いい物語の匂いだ」
8.場面転換:星詠の館
その頃——。
星詠の館では、星詠が水晶を前に微笑んでいた。
「……それでいい」
それは、祈りでも祝福でもない。
「欠けていた歯車は、噛み合いつつある」
水晶の中には、アルセインの塔が映っていた。
「物語は、ここからが美しい」
星詠は静かに呟いた。
「希望と絶望が、ようやく同じ地平に立った」
「救済に必要なのは、正しさじゃない。選択だ」
あとは――選択だけ。
救われるか、壊れるか。
「……どちらに転んでも、星は嘘をつかない」
星詠は、誰にともなく囁いた。
「さあ――観ていてください。ここからが、本番です」
アルセインの塔
五大魔法使いの一人、付与魔法使いアルセイン・ル=ノクティスが住む塔。
五大魔法使いの中で唯一、その居場所が知られており、世界でただ一人、魔道具を作成できる人物として知られている。
我こそはと魔道具を求め、高名な商人や冒険者、有力貴族の使いが訪れるが、独自の美学と気難しい性格ゆえに、実際に魔道具を手に入れた者はごくわずかである。




