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第二十五話:アンデッド

1. 旅の再開


地泳巨獣との戦闘から数時間。

俺たちは再び、東へと歩き始めていた。

グレンさんとの別れは名残惜しかったが、立ち止まってはいられない。

アルセインの塔まで、残りは二十キロほどだ。

「……少しずつ、動物が出てきましたね」

ファルマが、小さくそう呟いた。

確かに、地泳巨獣が暴れていた辺りとは違い、野生動物の姿がちらほら見えるようになっている。

危険な魔物の気配はなく、山は少しずつ「普通の顔」を取り戻しつつあった。

街道の傍には川が流れている。

澄んだ水が岩を打つ音が、やけに心地よく耳に残った。

「……川か」

俺はそう呟き、自分の体を見下ろす。

地泳巨獣との戦いで、服も体もすっかり泥まみれだ。

空を飛んでいたルーシェンはまだしも、俺に抱えられていたファルマは、ほとんど同じ状態だった。

「……一度、体を洗いたいですね」

ファルマが遠慮がちに言う。

「ああ、でも……」

俺は空を仰いだ

季節は、もう冬へと向かっている。

日中はまだ耐えられるが、朝晩の冷え込みは厳しい。

この時期に野外で体を濡らすのは、下手をすれば命取りだ。

「……我慢するしかないか」

そう言うと、ファルマは少し残念そうに頷いた。


2. 温泉の提案


しばらく歩いていると、ふと昔の記憶が蘇った。

「そういえば、日本には足湯とか川湯ってのがあってな」

「足湯……?」

ファルマが興味深そうに聞き返す。

「温泉が湧いてる川に、足だけ浸かるんだ。冷えた体が一気に温まって、気持ちいいんだよ」

「温泉……?」

「自然にお湯が湧いてる場所のことだ。火山の近くに多いんだけど……」

そこまで言ったところで、ルーシェンがぴたりと足を止めた。

「……それです」

「え?」

「川の流れが緩やかな場所を魔法で整えれば、簡易的な温泉が作れます」

珍しく、ルーシェンの目が輝いていた。

「異世界の文化を再現してみたかったんです。やってみましょう」

「え、でも……」

「私も……お風呂、好きです……」

ファルマまで、控えめに賛成する。

俺は少しだけ迷ってから、肩をすくめた。

「……仕方ないな」

そう言いながら、口元が緩んでいるのを自覚していた。


3. 簡易温泉作り

ルーシェンは川辺の流れが穏やかな場所を選ぶと、魔法を行使した。

「土よ、形を成せ」

岩が動き、川の一部がせき止められる。

小さな池のような空間が、あっという間に形作られた。

「次に、熱を」

手をかざすと、水温がゆっくりと上がっていく。

湯気が立ち上り、なぜか温泉特有の匂いまで漂ってきた。

「……すごいな」

思わず、感嘆の声が漏れる。

「これで完成です。あとは結界を張りますので、順番に入りましょう」

結界が展開され、外からは中が見えなくなった。

「では、ファルマから」

「え、でも……」

「大丈夫だ。俺とルーシェンは後ろを向いてる」

「……わかりました。あの……覗かないでくださいね?」

「覗かないよ」

慌てて背を向ける。

……だが、覗くなと言われると、妙に意識してしまう。

(いや、ダメだダメだ……)

必死に雑念を追い払っていると、隣でルーシェンが首を傾げていた。

「……なぜ、覗くのですか?」

「いや、覗かないって!」

「いえ。なぜ“覗く”という行為そのものが存在するのか、という意味です」

「……それは……」

説明に詰まる。

(……ある意味、羨ましいな)


4. ファルマの入浴


ファルマは服を脱ぎ、恐る恐る足を湯に浸けた。

「……あったかい……」

久しぶりの温もりに、思わず息が漏れる。

体を洗いながら、ふと自分の胸に視線を落とした。

小さい。

ほんの、ささやかな膨らみ。

(……榊さんは、気にするのかな……)

少しだけ、胸の奥がざわついた。

榊のことは好きだ。

(ルーシェンは、男というより“研究者”だが)

でも、それが兄のような感情なのか、それとも——。

(……わからないな)

湯に身を沈めながら、ファルマはぼんやりと天を仰いだ。


5. 男たちの入浴


ファルマが上がり、次は俺たちの番だ。

「じゃあ、サッと入ってスッキリしましょう」

「ええ」

湯に浸かると、思わず声が漏れる。

「……ああ、生き返る」

泥と疲労が、一気に溶けていく。

「これが温泉ですか……研究所の浴槽とは、また違う心地よさですね」

ルーシェンも、珍しく満足そうだった。

手早く体を洗い、すぐに身支度を整える。

「じゃあ、出発しよう」


6. 最後の野営地


さらに数時間歩き、塔まで残り十五キロほどの地点で野営地を設けた。

「ここが、おそらく最後の野営地です」

ルーシェンが地図を見ながら言う。

「じゃあ、しっかり休もう」

焚き火を起こし、簡単な食事を取る。

夜は冷え込んだが、火の温もりがありがたかった。

「今夜も、交代で見張りを」

「ああ。俺が最初にやる」

二人は寝袋に入り、ほどなく眠りについた。

俺は焚き火の前で、静かに周囲を警戒する。


7. アンデッドの襲来


どれくらい経っただろうか。

ふと、背筋に冷たいものが走った。

(……何だ?)

焚き火の光の外。

闇の中に、何かがいる。

——いや、いるのは一つではない。

俺は剣に手をかけ、息を詰めた。

ゾンビ。

スケルトン。

ゴースト。

いつの間にか、俺たちはアンデッドに囲まれていた。

「……っ!」

慌てて二人を起こす。

「ルーシェン、ファルマ、起きろ!」

「……アンデッドですか」

ルーシェンは周囲を見回し、拍子抜けしたように言った。

「なんだ、雑魚ですね」

「え……ゾ、ゾンビ……!?」

ファルマは怯え、俺の背後に隠れる。

俺は剣を構えたまま、違和感を覚えていた。

(……おかしい)

誰も、襲ってこない。

アンデッドは、ただ——こちらを見ているだけだった。

その時。

一体のゾンビが、ゆっくりと前に出てきた。

腐臭。

ぎこちない足取り。

思わず吐き気が込み上げる。

だが——。

ゾンビは、俺の前で跪いた。

「……は?」

関節を軋ませ、頭を垂れるその姿に、言葉を失う。

その瞬間、胸の奥が、じんわりと温かくなった。

(……懐かしい?)

気づけば、俺は手を伸ばしていた。

触れた瞬間——。

安心。

後悔。

言葉にならない想い。

「……ぁ……り……が……と……」

それだけを残し、ゾンビは静かに消えた。

8. 救い


「……っ!?」

ルーシェンが息を呑む。

「今の……神官の光とは、違います……」

光の浄化は、押し潰すように消す。

だが、今のは——。

「榊さん……?」

ファルマの胸に、理由のわからない悲しみが込み上げていた。

俺は、近づいてくるアンデッドに次々と触れていく。

一体、また一体。

皆、安らいだように消えていった。

ルーシェンは、何も言わなかった。

ファルマは、いつの間にか俺の肩に手を置いていた。

9. アンデッドの謎


すべてが消えた後、俺は焚き火の前に座り込んだ。

(……何だったんだ)

悲しみ。

申し訳なさ。

そして、懐かしさ。

胸に残るのは、名付けようのない感情だけ。

「……大丈夫ですか?」

「ああ……大丈夫だ

嘘だった。

(……俺は、何でここにいる)

だが、その答えの輪郭だけは——

少しずつ、見え始めていた。

10. 野営再開


「……見張りを交代しましょう」

「いや、このまま俺がやる」

「……無理はしないでください」

焚き火を見つめる。

揺れる炎の向こうに、何かがある気がした。

(……俺は、何のために)

答えはまだない。

だが、確かに——

何かが動き始めている。

俺は、そう感じていた。



アンデッド

死後に残った強い怨念が、死体や骨に取り憑いて動く魔物の総称。

大きく分けて、実体を持つタイプと、実体を持たないタイプの二系統が存在する。

実体を持つタイプには、ゾンビやスケルトンなどが含まれ、死体や骨格といった物質を媒体として活動する。

一方、ゴーストやレイスなどは、怨念そのものが魔力エネルギーとして顕在化した存在であり、肉体を持たないため、通常の物理攻撃は通用しない。

いずれのアンデッドも、生者を感知すると見境なく襲いかかる。

基本的に知性は低く、意思疎通は不可能とされているが、まれに断片的な言葉を発するなど、生前の人格の名残を思わせる個体も確認されている。

すべてのアンデッドに対して、神官による浄化魔法は極めて高い効果を発揮する。

特にゴースト系に対しては、浄化魔法、魔法攻撃、もしくは付与魔法によって

魔力を帯びさせた武器でなければ、有効打を与えることはできない。

また、一部の魔法研究者の間では、ノーライフキングなどと呼ばれる高位アンデッドの存在が仮説として語られている。

しかし、確実な目撃例や討伐記録はなく、その実在については未だ確認されていない。


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