第二十四話:地泳巨獣
1.地泳巨獣襲来
翌朝、俺たちは早めに出発した。
街道を進むこと数時間——。
突然、地面が揺れた。
「!?」
俺は反射的に剣を抜いた。
「地震……?」
ファルマが不安そうに呟いた。
その時——。
地面が波打った。
まるで水面のように、土が液状化し、波紋が広がっていく。
「……これは!」
ルーシェンが叫んだ。
「地泳巨獣です!」
次の瞬間、地面から巨大な黒褐色の塊が浮上した。
全長は20メートル以上。体表は岩盤のようで、ところどころが液状化した土に溶け込んでいる。
明確な目や口は見えない。
闇の力で感知した俺には——
体の奥で、不規則に脈打つ“核”の存在が感じ取れた。
(あれを壊さない限り、恐らく倒せない。しかし……)
「……でかい」
思わず呟いた。
(……あの城壁は、こいつを想定していたのか)
地泳巨獣は地面を泳ぐように移動し、俺たちに襲いかかってきた。
「逃げろ!」
俺は叫んだが——地面が液状化し、足場が崩れた。
「きゃあ!」
ファルマが転びそうになり、俺が咄嗟に脇に抱きかかえた。
「掴まってろ!」
「は、はい!」
ルーシェンが魔法を展開する。
「土よ、硬化せよ!」
地面が一瞬だけ固まり、俺たちは足場を確保した。
だが——地泳巨獣は硬化した土を突き進み、容赦なく襲いかかってくる。
土が飛び散り、弾丸のように俺たちを襲った。
「くそっ!」
俺は剣で土弾を弾きながら、ファルマを抱えて走った。ルーシェンは風魔法で浮かび上がって避けている。
(このままじゃ……!)
そして地泳巨獣はトプン、と音を立てて土の中に潜り込んだ。
(どこだ!?)
しばらく静けさが支配する。
次の瞬間、足元に“死”の気配を感じた。
「下からか!」
全速力でそこから退避する。
まるで天を昇る竜のように、地面の下から飛び出す地泳巨獣。
何とか回避に成功するも、飛び出した時、水のように弾けた土が散弾のように襲いかかって来る。
それを剣でいなすが衝撃が強い。
「ぐうっ!?」
「榊さん!?」
抱えられたファルマが悲鳴をあげる。
「爆炎槍」
空中に浮かんだ巨獣に、ルーシェン単体最高威力の魔法が突き刺さる。
しかし巨獣は僅かに吹き飛ばされるだけで、傷は浅い。
そのまま、土の中に飛び込む。
高い位置から飛び込んだことで、土に大きな波が立ち、水しぶきのように土の散弾が来る。
僅かな沈黙後また真下に殺気。咄嗟に避けるも、同時に飛び散る土塊の散弾を防ぐので手一杯になる。
まるで鯉の滝登りのように、何度も真下から襲いかかる襲撃が来る。
ルーシェンが空中からも飛び出した隙に、炎だけでなく土の槍や風の刃、高圧の水などをぶつけるが効いてない。撒き散らされる土の弾丸で反撃もままならない。ファルマを守るだけで精一杯だ。
(このままじゃ……削り殺される)
何度目かも分からない跳躍の後――
不意に、巨獣の動きが鈍った。
完全には沈まず、背中を土の上に晒したまま、のたうつ。
「……?」
「……避けた時、毒を」
腕の中で、ファルマが息を切らして言う。
「飲み込ませました。……効いてる、はずです」
(なるほど……)
胸の奥で、ようやく糸が繋がった。
(ファルマがいなければ――)
俺たちは、ここで終わっていた。
巨獣が、こちらを向く。
今度は、逃げの一手じゃない。
「――行くぞ」
俺たちは、地泳巨獣と真正面から向き合った。
2.戦闘
俺は剣を振るい、地泳巨獣に斬りかかった。
だが——。
「!?」
剣が表皮に当たった瞬間、火花が散っただけで、まともな傷にはならなかった。
「硬い……!」
ルーシェンも再度、爆炎槍を放つが、効果は薄い。
「属性魔法が拡散されています……!」
「どうすれば……!」
ファルマが震えながら叫んだ。
毒で動きは鈍くなったものの、決定打がない。
大きく振るわれる尾を避け、同時に来る土の散弾を防ぐ。ファルマを抱えている以上無茶はできない。
俺は必死に考える。
(闇の力を抑えず使えば……いや、でも)
俺は闇の力を内部に留めていた。
バレれば、粛清される。誰の目があるか分からない。
だが——。
(ここで死ぬわけにはいかない!)
俺は覚悟を決めた。
「ファルマ、俺に掴まってろ!」
「は、はい!」
ファルマに背中にしがみついてもらい、俺は闇の力を開放した。
黒い霧が俺の体を包み、剣に纏わりついた。
「……これで!」
俺は地泳巨獣に斬りかかった。
だが——それでもまだ、深手には至らない。大きく暴れられる。
「くそっ……!」
その時——。
「兄ちゃん、そいつじゃ足りねえ!」
聞き覚えのある声が響いた。
3.グレン参戦
空から、槍が降ってきた。
地泳巨獣の体表に突き刺さり——深く、えぐった。
地泳巨獣が声なき咆哮をあげる。
「その声は!?」
俺が驚いて振り返ると——。
「よう、間に合ったか」
グレンが豪快に笑いながら、地面に降り立った。
「グレンさん!?」
「話は後だ。今はこいつを倒すぞ」
グレンは身を捩る地泳巨獣から槍を引き抜き、再び構えた。
その槍身には——魔力が纏わりついていた。
「……魔力を、纏わせてる?」
「闇も魔力も、人の中にある力であることは変わらねえ。怖がるか、使いこなすか——違いはそれだけだ」
グレンは俺を見て、ニヤリと笑った。
「兄ちゃん、お前もやってみろ。闇を”出す”んじゃねえ。“纏わせる”んだ」
「纏わせる……?」
「ああ。剣に、意識を集中しろ。闇はお前の力だ。お前が命じれば、従う」
俺は剣に意識を集中した。
闇の力を、剣に纏わせる。
「……!」
地泳巨獣が襲いかかって来る。
剣が黒く染まり、刃が鋭く輝いた。
「それだ! 行け!」
グレンが叫び、俺は地泳巨獣に斬りかかった。
今度は——やつの突進の勢いも手伝って、深く切り裂いた。
「……やった!」
4.決着
だが、地泳巨獣はまだ倒れない。身を翻している。このままでは逃げられる。
「毒だ! ファルマ!ルーシェン!少しでいい!動きを封じてくれ!」
俺が叫ぶと、ファルマは震えながらも頷いた。
「……わかりました!」
ファルマは俺から降りると、毒を瓶ごとぶつける。
毒は地泳巨獣の傷口から浸透し——動きがさらに鈍くなった。
「あんまり持ちませんよ」
ルーシェンも厳しい表情をしながら、土魔法で動きを封じる。
地泳巨獣の動きが、一瞬完全に止まった。
『今だ!』
グレンと俺が同時に攻撃を放ち——。
地泳巨獣の核を貫いた。
「……ッ!」
地泳巨獣は断末魔の叫びを上げ——そのまま地の中に沈んでいった。
5.戦闘終了
戦闘が終わり、俺たちは息を整えた。
「……勝った、のか?」
「ああ。よくやったぜ、兄ちゃん」
グレンが俺の肩を叩いた。
「お前がいなければ、勝てなかった」
「……俺が?」
「ああ。お前の闇の力は、公にはできねえかもしれねえ。だが、それは間違いなく”力”だ。自信を持て」
グレンの言葉に、俺は胸が熱くなった。
「……ありがとうございます、グレンさん」
「礼なんざ要らねえよ」
グレンは豪快に笑い、槍を担いだ。
「じゃあ、俺は街に報告に戻る。お前たちも、気をつけろよ」
「はい」
グレンは手を振り、街へと戻っていった。
6.心の救済
グレンが去った後、俺は剣を鞘に収めた。
(……バレれば粛清される)
そんな恐怖が、いつの間にか心に重いストレスとなっていた。
だが、グレンの言葉で——。
(自信を持て、か)
俺は少しだけ、心が軽くなった。
「……行こう」
俺は歩き出し、ファルマとルーシェンも後に続いた。
アルセインの塔まであと三十キロ。あと少しだ。
地泳巨獣
通称:陸泳の災厄
体長20メートルにも及ぶ巨大な魔獣。
体表は黒褐色の岩盤のようで、ところどころが液状化した土と溶け合っている。
形状はシャチに似ているが、明確な目や口は確認されていない。
この魔物の最大の脅威は、大地を“泳ぐ”ように移動し、周囲の地形を破壊する点にある。
移動時には土砂を水飛沫のように撒き散らし、その一つ一つが散弾のように襲いかかる。
地泳巨獣が激しく動くほど被害は拡大し、対処だけで手一杯になることも多い。
本体の防御力も極めて高く、その装甲を突破するだけでも困難を極める。
フレズナールの高い城壁は、この魔物から穀倉地帯を守るために築かれたものである。
これまでに何度か討伐例はあるものの、一定期間を経て再び出現しており、
同一個体なのか、別個体なのかについては現在も議論が分かれている。




