第二十三話:フレズナール
1.フレズナール到着
夕刻、乗合馬車はフレズナールの街に到着した。
街の入口には巨大な城壁が聳え立ち、その威圧感は圧倒的だった。特に東側——山に面した側の城壁は異常なまでに高く、分厚い。まるで「何か」を必死に押し留めているかのようだった。
「……すごい城壁ですね」
ファルマが小さく呟いた。
「ここがフレズナールだ」
グレンが窓の外を見ながら言った。
「穀倉地帯の最終防衛線。ここから先は、完全に自己責任の世界だ」
馬車が街の門に近づくと、騎士たちが厳重な検問を行っていた。
「通行証を」
俺は宰相から貰った通行証を差し出した。
騎士はそれを確認すると、表情を変えた。
「……これは、宰相閣下の通行証。失礼いたしました。どうぞお通りください」
検問は一瞬で終わり、馬車は街の中へと入っていった。
「……助かったな」
俺が小さく呟くと、ルーシェンが頷いた。
「宰相の通行証は絶大な効力があります。これがなければ、ここまでスムーズには入れなかったでしょう」
2.グレンとの別れ
馬車が街の中心部に到着すると、グレンは槍を担いで立ち上がった。
「じゃあな、兄ちゃんたち。俺はここで降りる」
「グレンさん、気をつけてください」
俺が声をかけると、グレンは豪快に笑った。
「心配すんな。俺はそう簡単には死なねえよ」
グレンは馬車を降りると、俺たちに手を振った。
「また会おうぜ。……生きてな」
「はい。グレンさんも」
グレンの背中が、人混みの中に消えていった。
少しだけ寂しさを感じたが、すぐに気を取り直した。
「さて、俺たちも宿を探しましょうか」
3.街の様子
フレズナールの街は、リノアとは全く違う雰囲気だった。
清潔で整然としたリノアに対し、フレズナールは雑然としていて、活気に満ちていた。
穀物商人の姿はほとんど見えず、代わりに傭兵、猟師、鍛冶師といった「戦う者たち」が目立っていた。
街の至る所で、人々が大声で話し合っている。
「地泳巨獣が出たらしいぞ!」
「マジかよ……あれはヤバいって聞くぞ」
「グレンが行ったって話だ。なら大丈夫だろ」
「いや、でも地泳巨獣だぞ? あれはグレンでも……」
俺たちは街の中を歩きながら、話を聞いていた。
「地泳巨獣……?」
「ええ。シエラディム山系に出現した、強大な魔物です」
ルーシェンが説明した。
「地面を泳ぐように移動し、通常の攻撃がほとんど通じない。非常に厄介な魔物です」
「……それを、グレンさんが討伐しに行ったんですか」
「ええ。彼ほどの戦士なら、勝機はあるでしょう」
街の人々は、グレンの名前が出ると明らかに安堵の表情を見せた。
「グレンが行くなら、大丈夫だ」
「ああ、あいつなら勝てる」
俺は改めて、グレンの強さと信頼がどれほどのものか理解した。
(……本当に、すごい人なんだな)
4.宿にて
俺たちは街の中心部にある宿に部屋を取った。
清潔で、料金も手頃だった。部屋に荷物を置くと、ルーシェンが地図を広げた。
「アルセインの塔まで、ここから約50キロです」
ルーシェンが地図上の位置を指差した。
「山道ですので、一日に10から15キロ程度しか進めないでしょう。4日から5日かかると見ておいてください」
「結構かかりますね……」
「ええ。しかも、今は寒くなり始める季節です。冬装備を整える必要があります」
「じゃあ、明日の朝まで街で準備しましょう。装備を整えて、山の情報も集めておいた方がいいですね」
「それがいいでしょう。では、夜は酒場で情報収集をしましょうか」
5.夜の酒場
夜、俺たちは街の酒場に繰り出した。
酒場は活気に満ちていて、傭兵や冒険者たちが大声で話し合っていた。
「おう、兄ちゃんたち! どこから来た?」
陽気な傭兵が俺たちに声をかけてきた。
「リノアからです」
「リノアか! で、どこに行くんだ?」
「アルセインの塔まで」
「アルセインの塔!?」
傭兵は目を丸くして、周囲の仲間たちに声をかけた。
「おい、こいつらアルセインの塔に行くってよ!」
「マジかよ!」
「物好きだなあ!」
冒険者たちが笑いながら、俺たちの席に集まってきた。
だが、その笑いは嫌な感じではなかった。むしろ、親しみを込めた笑いだった。
「兄ちゃん、山は危ねえぞ。今は地泳巨獣が出てるし」
「地泳巨獣って、どんな魔物なんですか?」
俺が尋ねると、傭兵は真剣な顔になった。
「地面を泳ぐように移動する魔物だ。攻撃がほとんど通じねえ。しかも、地面が突然液状化するから、まともに戦えねえ」
「……それは厄介ですね」
「ああ。だが、今は北側で暴れてるらしい。街道は一応安全だ……多分な」
「多分?」
「自己責任ってことだ。あの魔物が来たせいで、逆に他の魔物が逃げ出してる。だから街道は比較的安全……なはずだ」
傭兵は肩をすくめた。
「まあ、何が起こるか分からねえのが山ってもんだ」
俺は頷いた。
「他にはどんな魔物が出るんですか?」
「ゴブリン、コボルト、オークは定番だな。あとは狼、猪、巨大蜘蛛、巨大蟻、巨大カマキリ……」
「巨大系、多いですね……」
「ああ。あとはアンデッドも出る。ゾンビ、スケルトン、ゴースト。だから普通は神官を連れて行くんだが……」
傭兵は俺たちを見て、首を傾げた。
「お前ら、神官連れてないのか?」
「……ええ、今回は」
「マジか。大丈夫か?」
「なんとかします」
俺はそう答えたが、内心では少し不安だった。
(神官を連れて行けばアンデッドは安全になるけど……俺の闇の力がバレるリスクが高い。仕方ない、か)
6.人心地
酒場での会話は続き、俺たちは様々な情報を得ることができた。
そして何より——。
「……久しぶりに、人らしい雰囲気ですね」
ファルマが小さく笑った。
「そうだな」
リノアでの息が詰まるような秩序だった雰囲気とは違い、ここは雑然としていて、でも温かかった。
人々は大声で笑い、酒を飲み、時には喧嘩もする。
それが——人間らしかった。
「……やっぱり、こういう場所の方が落ち着きますね」
俺が呟くと、ルーシェンも珍しく笑顔を見せた。
「ええ。私もそう思います」
7.翌朝、出発
翌朝、俺たちは万全の準備を整えて街を出た。
冬装備を整え、食料も十分に確保した。武器も点検し、魔法の準備も万全だった。
「では、行きましょう」
ルーシェンが先頭に立ち、俺たちは東の玄関口である山塞門へと向かった。
山塞門は巨大で、騎士団が詰めていた。
「アルセインの塔へ?」
「はい」
「……気をつけて。魔物の侵入数が増えています」
騎士は真剣な顔で警告した。
「ありがとうございます」
俺たちは門を抜け、灰路街道へと足を踏み入れた。
8.灰路街道
街道は火山灰質の土で覆われており、歩くたびに靴が汚れた。
「……歩きにくいですね」
ファルマが苦戦しながら歩いている。
「火山灰質の土だからな。仕方ない」
俺も靴が汚れてくっつくのを気にしながら進んだ。
街道は整備されているが、周囲は鬱蒼とした森と岩場が入り混じっている。視界が悪く、いつ魔物が出てきてもおかしくない雰囲気だった。
「……静かすぎますね」
ルーシェンが警戒しながら言った。
「ああ。不気味なくらいだ」
俺も周囲を警戒した。
鳥の声も、虫の音も聞こえない。
ただ、風が木々を揺らす音だけが響いていた。
9.野営地
夕方、俺たちは街道沿いにある野営地に到着した。
野営地は広場のように整備されており、焚き火の跡や簡易的な柵が設けられていた。
「ここで休みましょう」
ルーシェンが指示を出し、俺たちは野営の準備を始めた。ここまで魔物どころか、野生動物すら見ていない。
焚き火を起こし、食事を作り、見張りの交代を決めた。
「俺が最初に見張りをします」
「では、私が次を」
ルーシェンが頷いた。
「私は……」
「俺もルーシェンも夜は強いんだ。ファルマはゆっくり休んで体調を整えておいてくれ」
「はい……」
そんなやり取りをしながら辺りは暗くなっていく。
夜は冷え込み、焚き火の暖かさが心地よかった。
俺は周囲を警戒し、ルーシェンが結界を張った。
(……何も起きなければいいけど)
グレン・マッケイ
33歳の槍を使う戦士であり、冒険者。長槍を自在に操り、間合いと制圧力に優れた戦いを得意とする。
その実力は各地にとどろいており、正規の討伐が困難な魔物退治を依頼されることも多い。
気風のいい男で兄貴肌、面倒見も良いため彼を慕う者は多い。
ルーシェンも、その人格と実力の両方に深い敬意を抱いている。




