第二十話:オーク
1. オークとの戦い
監視施設は、川沿いに建てられた小さな建物だった。
行く途中でルーシェンにオークのことを聞いてみる。
「オークって豚みたいな魔物ですか?」
「そうですね。大きさは2mから3m。動きは鈍いですがとても力が強いです。回復力も高いので倒すのが大変ですね」
「マスクというのは?」
先程の疑問を聞いてみる。
「マスクはマスクです。それより二酸化炭素の魔法がどれぐらい効くか楽しみです」
答えになっていないが、ルーシェンは楽しそうだ。やはりそれが目的か……。
そうこうしているうちに施設に着く。
その周囲には、複数のオークがウロウロしている。
そして、そのオークたちは、手斧やマチェットを持ち全員が白いホッケーマスクを着用していた。
「……え?」
俺は、思わず叫んだ。
「おい、ジェ〇ソンじゃねえか!」
「ジェイ〇ン?誰ですか?」
ファルマが不思議そうに聞いた。
「いや、俺の世界の……まあ、いいです」
俺は首を振った。
「異世界の?後で教えてくださいね」
ルーシェンは平常運転だ。
オークたちは、こちらに気付きゆっくりと歩いてくる。
無言で、不気味だ。
「では、始めましょう」
ルーシェンが杖を構えた。
俺も、剣を抜いた。
ファルマも、薬と魔法の準備をしている。
「まずはこれですね」
ルーシェンがオークたちを覆う結界を貼る。
「二酸化炭素よ、上昇せよ」
二酸化炭素が満ちる。
本来なら、生物はすぐに動きが鈍るはずだった。
――だが。
オークたちは、足を止めなかった。
「……呼吸が、浅い?」
ファルマの声が揺れる。
「あるいは、肺そのものが通常と違うのでしょう」
ルーシェンの目が、興味と警戒の色に変わった。
本当に不死身の怪人じゃないだろうな。
「ふむ、あまり呼吸をしてないのか、耐性が強いのか……興味深いですね」
「冷静に観察している場合じゃないだろ!」
オークはもうすぐそこに来ている。
「オークともう接敵する!結界を解除してくれ!」
結界の解除と共に俺は、一体に斬りかかった。
鋼の剣がオークの肩口から胸まで深々と食い込んだ。
血が噴き出す。
だが――倒れない。
オークは何事もなかったかのように、手斧を振り上げた。
「何っ!」
無言で手斧を叩きつけてくる。
「くっ」
まるで爆弾でも爆発させたような音が地面を揺るがす。
剣を無理やり抜いて回避したが、完全には間に合わなかった。
手斧が地面を抉り、その衝撃で身体が浮く。
「ぐっ……!」
背中を打ちつけ、肺の空気が一気に抜けた。
斧を叩きつけた地面が大きく凹む。あのエドワード以上のパワーだ!
「爆炎弾」
ルーシェンの声は、研究者が実験を観察するように淡々としていた。
炎の塊が左奥のオークを包み込む。
だが、オークは燃えながらも、歩き続け、建物にも飛び火する。
燃え移った火が、梁を舐める。
嫌な音がした。
「火が!このままだと、建物が持ちません!」
ファルマが叫ぶ。
――長引かせるわけにはいかない。
俺が態勢を整えているうちに、残りのオークも左右から挟み込むように向かってきた。まずい、囲まれる!
その時右側のオークの動きが鈍る。ファルマの筋弛緩の薬か!
俺は、その隙にすぐ左側のオークに斬りかかった。生物である以上首は急所のはず。
だが、オークは首の半分を切られ、血を噴き出しながらも向かってくる。
「首を斬っても倒れない!?」
「本当にしぶといですね……」
ルーシェンも呆れていた。
それからは、ひたすら剣を振るい続けた。
もう何回オークを斬ったのかも覚えていない。
どのオークも切りつけるたび、肉が裂け、血が噴く。それでも倒れない。
ルーシェンの魔法とファルマの毒。それらも駆使しながら何とかオークたちを倒していった。
そして最後の一体は、どれだけ傷つこうとも倒れなかった。
全身血まみれで、ルーシェンの土の槍が何本も身体に刺さっている。毒で動きが鈍り仲間が全滅しても、無言で機械のように淡々とマチェットを振り回してくる。
まるで、感情が削ぎ落とされた人形だ。
「……こいつ、何んなんだ!?」
視界の端で、ファルマが一瞬よろめいた。まずい薬の代償だ。
――時間がない。
俺は限界まで闇の力を腕に込めるとオークに突撃した。マチェットの嵐を何とかやり過ごし剣を奴の首に振り下ろす。
首を断ち切った瞬間、確かな手応えがあった。
それでも、完全に動きが止まるまで、数秒を要した。
最後の一体を倒すと、俺は疲れ果てて座り込む。
「疲れた……」
「お疲れ様です……」
疲れた表情ながらもファルマが、回復薬を差し出してくれた。
ルーシェンは燃えていた施設を、水魔法で消火している。
周囲はオークの死体で溢れ、俺も返り血で血まみれだ。早く帰りたいが、倒した証明を持って帰らないといけない。
たしかこのマスクが討伐証明だったな。
マスクを外した。
瞬間、豚面が露わになった。
完全な豚顔だ。
鼻だけで拳大はある。
「……待て」
俺は真顔でマスクを持ち上げた。
「このマスク、内側の容積どうなってんだ?」
物理的に、入らない。
どう見ても、入らない。
「内部空間が少し歪んでいますね」
ルーシェンがやってきて興味深そうに覗き込む。
「今まで気にしたこともありませんでしたが、付与魔法と空間魔法の痕跡があります。誰かが“そう作った”のでしょう。才能の無駄遣いですね」
ルーシェンはマスクを観察しながら冷静に言う。
「まあ、いいです。残りのマスクも回収しましょう」
俺たちは、十個のマスクを回収した。
「因みにこのオーク、美味しくは無いらしいですが、食べれるみたいですよ?」
ルーシェンの言葉に顔が引き攣る。ファルマは口を押えている。絶対食べたくない。
2. 船の手配
街に戻り、俺たちは回収したマスクをボスの前に並べた。
十枚。数も、状態も申し分ない。
「……見事だ」
ボスは短くそう言って、深く頷いた。
その表情には、純粋な満足が浮かんでいる。
だが――
「しかし、ボス」
横に控えていた幹部格の男が一歩前に出た。
「監視施設が半分焼け落ちたと聞いています。修復には相当の金と手間が――」
言い終わる前に、
ボスの手が、静かに上がった。
それだけで、空気が凍りつく。
「……燃えたのは、建物だ」
低い声だった。
だが、部屋の隅々まで届く、重みがあった。
「人は死んでいない。川も止まっていない。監視の役目も、明日から再開できる」
ボスは、幹部の男をじっと見据える。
「お前は、何を失ったと思っている?」
「そ、それは……」
男が言葉に詰まる。
ボスはゆっくりと立ち上がり、葉巻を灰皿に押し付けた。
「建物は、また建てればいい。
金も、手間も、俺がどうにでもする」
一拍、間を置く。
「だがな」
視線が鋭くなる。
「オークを放置していれば、いずれ船が沈み、人が死ぬ。
そうなってからでは、“半分燃えた”では済まなくなる」
誰も口を挟めない。
「俺は、“安い被害”で済んだと思っている」
ボスはそう言い切った。
そして、俺たち――いや、正確にはルーシェンを見た。
「仕事をやり遂げた者を、結果論で責めるほど、俺は落ちぶれていない」
部屋の空気が、一段深く落ち着く。
「異論がある者は、今ここで言え」
沈黙。
誰一人、声を出さない。
「……なら、話は終わりだ」
ボスは再び椅子に腰を下ろし、こちらに向き直った。
「改めて礼を言う。
約束通り、報酬と船は用意させる。最上のものだ」
その横顔には、
この街を裏から支配する男の重みが、はっきりとあった。
こうして、俺たちは無事に船を手配でき、報酬も得た。
しかし戦闘で疲れ、日も暮れてきたため俺たちは街に泊まることにした。血もある程度は流したとはいえ気持ち悪いからな。
泊まった宿では案の定、俺の世界の無差別殺人をする怪人の話をする羽目になった。ファルマは怖がっていたが。
そうしているうちに夜はふけていき、翌朝、リノアに向けて出発することになった。
オーク
体長は2~3メートルにもなる、豚の顔をした魔物。
……なのだが、何故か全ての個体が、ホッケーマスクのような仮面を着けている。
動きは人が歩く程度でしかなく、逃げるだけなら追いつかれることはない。
しかし力は非常に強く、ほぼ全ての個体が装備している手斧やマチェットによる攻撃は、致死的な威力を誇る。
再生力も高く、一撃で倒すには首を切り飛ばすしかない。
その身体は一応食べることができるが、味は悪く人気はない。
(非常食としては優れている)
仮面には、ルーシェン曰く「才能の無駄遣い」と言えるほどの高度な技術が使われているが、その出処は分かっていない。
生態についても、多くが謎に包まれている。




