第十九話:旅の始まり
1. 東への道
研究所を出て、俺たちは街道に出た。
「ここから東に十キロメートルほど行くと、サクラモントという街があります」
ルーシェンが説明した。
「サクラモント?」
「ええ。サンホーキン川に沿って作られた、物流の拠点です」
ルーシェンは、地図を広げて示した。
「この川は、東に五十キロメートルほど先にあるダホ湖までつながっています。そこにリノアという街があり、そこまで船で行くことができます」
「船、ですか」
「ええ。アルセイン翁の塔は、リノアからさらに東に百キロメートルほど行った山の中にあります」
「結構遠いんですね……」
俺は溜息をついた。
「まあ、途中までとはいえ船があるなら楽ですが」
街道を歩いていると、驚くほど多くの人々とすれ違った。
商人、旅人、荷馬車。
「人が多いですね……」
ファルマがきょろきょろと周囲を見回す。
「ここは物流の要衝ですから」
ルーシェンは街道を行き交う馬車を指した。
「東のリノアから川で荷が運ばれ、ここで陸路に切り替わる。王都に向かうなら、必ず通る場所です」
「だから、こんなに賑わってるのか……」
俺が周囲を見回すと、確かに荷物を積んだ馬車が目立った。
「ルーシェンさん……船は川を逆流する……んですよね?」
ファルマが聞いてきた。
「どうやって……進むんですか?」
「見れば分かりますよ」
ルーシェンは、意味深に笑った。
人通りが多いせいか、トラブルもなく、昼前にサクラモントの街に到着した。
2. サクラモントの街
サクラモントは、想像以上に大きな街だった。
巨大な川が街の中央を流れており、川沿いには無数の船が停泊している。
そして、街は活気に満ちていた。
商人の声、荷物を運ぶ人々の足音、馬車の車輪の音。
全てが混ざり合って、賑やかな喧騒を作り出している。
「すごい……」
俺とファルマは、その活気に圧倒された。
「では、船着き場に行きましょう」
ルーシェンが先導した。
川沿いに進むと、大きな船着き場があった。
そこには、様々な船が停泊している。
そして、俺は驚くべきものを見た。
「あれは……」
船の前方に、何頭ものイルカに似た生き物が繋がれている。
そして、その生き物たちが、犬ぞりのように船を引っ張っている。
「あれが、河導です」
ルーシェンが説明した。
「召喚獣の一種で、川を非常に速く泳ぐことができますし、力もとても強い。あれを使えば、逆流でも二十から三十キロメートルの速度で進めます」
「すごい……」
ファルマが目を輝かせた。
「では……五十キロメートル先のリノアまで……昼に出ても夕方には着きますね」
「ええ、その通りです」
俺たちは、まず昼食を取ることにした。
川沿いには、多くの屋台が並んでいる。
「川魚の串焼き……美味しそうですね」
ファルマが言った。
「では、それを食べましょう」
俺たちは、川魚の串焼きを買った。
一口食べると、その美味しさに驚いた。
「うまい!」
脂がのっていて、香ばしい。
川魚特有の臭みもなく、絶品だ。
「これは確かに美味しいですね」
ルーシェンも満足そうだ。
「でも、榊さんが作った煮付けも美味しかったです」
「煮付け?」
ファルマが興味を示した。
「はい。以前、榊さんが川魚の煮付けを作ってくれたんです」
「それ……私も食べてみたいです……」
ファルマは、上目遣いで俺を見た。
「え、あ、うん……」
俺は、思わず照れた。
上目遣いのファルマは、破壊力抜群だ。
「じゃあ、また今度作りますよ」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
ファルマは嬉しそうに笑った。
3. トラブル
昼食を終えた俺たちは、船に乗るために交渉に向かった。
船着き場の管理事務所のような建物に入ると、一人の男が対応してくれた。
若い男で、どこか軽薄そうな雰囲気がある。
「いらっしゃい。船に乗りたいのか?」
「はい。リノアまで、三人で」
俺が答えると、男は俺たちをじろじろと見た。
童顔の俺。
子供に見えるファルマ。
あまり強そうに見えないルーシェン。
「ふーん……」
男は、ニヤリと笑った。
「リノアまでだと、一人金貨五十枚だな」
「金貨五十枚!?」
俺は驚いた。
明らかに、ぼったくりだ。
「高すぎませんか?」
「いや、これが相場だよ」
男はあっさりと言った。
「嫌なら、他を当たってくれ」
「ちょっと待て……」
俺は、怒りを抑えながら言った。
「それは、どう考えても高すぎます」
「俺がその金額だって言ってんだ」
男は、不遜な態度を崩さない。
俺は、思わず拳を握りしめた。
横を見るとルーシェンは全く関心がなさそうに、窓の外を見ている。
ファルマは、オロオロとしている。
「おい、お前……」
俺が男に詰め寄ろうとした、その時。
「何をしている」
低い声が、背後から聞こえた。
振り返ると、初老の男性が立っていた。
威厳のある顔つきで、高価そうな服を着て、後ろには屈強な男たちを連れている。
「ボ、ボス!」
若い男は、慌てて姿勢を正した。
「お客様に、失礼な態度を取るな」
ボスは、若い男を殴った。
バキッ!という音が響く。男が大きくよろめく。
「も、申し訳ございません」
男は、俺たちに頭を下げた。ボスがこちらを見る。
「部下が、失礼を」
「いえ……」
だが、ボスの視線が、ルーシェンに向けられた瞬間。
空気が、わずかに張り詰めた。
「……まさか」
男の喉が、ひくりと鳴った。
「久しぶりですね、ヴィルヘルム」
ルーシェンは、まるで昔の知人に会ったかのように穏やかだった。
その一言で、場の主従が完全に逆転した。
「ル、ルーシェン……!」
ボスの喉が、わずかに震えた。
威圧的だった態度が、一瞬で崩れ去る。
「何故ここに……!」
「知り合いですか?」
俺は、不思議に思った。
「知り合いという程の付き合いではありませんが……あれはもう十年以上前のことです」
ルーシェンは、あっさりと言った。
「この方が、まだ下っ端だった頃の話です」
ルーシェンは淡々と続ける。
「刃を向けられました。思わず殺しかけましたが、見逃しました。興味がなかったので」
冗談めかしているようで、まったく冗談に聞こえなかった。
先程の男が、信じられないという顔でルーシェンを見ている。
ボスは、冷や汗をかいている。が、部下の手前か咳払いをして平静を装う。
「あれは若気の至りだ……。それで、ルーシェン殿。今日は、何の用だ?」
「リノアまで、船を出してほしいのですが」
「ふむ、ここにいるなら当然そうか……しかしルーシェン殿がいるなら……」
ボスは、何かを考え込んでいる。
少し考えた後ボスは言った。
「ルーシェン殿を見込んで仕事を頼みたい」
「仕事、ですか?」
「ああ、ある施設に住み着いた魔物の討伐を頼みたい」
厄介事の匂いがする。
「まずは話を聞かせてください」
俺たちは詳細を聞くことにした。
4. オーク退治の依頼
ボスは、俺たちを奥の部屋に案内した。
「実は、川沿いに監視施設があるのだが……」
ボスの近くにいた男が、地図を広げた。
「ここから東に一キロメートルほどの地点だ。川を不正に通行する船を監視するための施設なのだが、最近オークの群れに占領されてしまっているのだ」
「オーク?」
「ああ。10匹程なのだが非常に厄介な相手でな、我々の手に負えん」
ボスは、困った表情を見せた。
「冒険者に依頼することも考えたが、我々の案件には手を出したがらないし、騎士も反応が悪い」
「マフィアの案件だからですか?」
俺が聞くと、ボスは苦笑した。
「わかるか」
「まあ、雰囲気で」
ボスは葉巻を咥えると、魔法で火をつけた。紫煙を吐き出しながら言う。
「そのオークを退治してくれれば、報酬と船も無料で出す」
「いいでしょう、分かりました」
ルーシェンは、即答した。
「榊さん達もいいですか?」
オークは初めての魔物だ。これからの旅でも出会う可能性がある以上、ここで戦闘経験を積んでおいた方が良いだろう。
「良いですよ。ファルマも良い?」
「はい……大丈夫です」
「では、行きましょうか」
オークか。やはり豚みたいな魔物なのだろうか。
「ああ、わかってるとは思うが討伐証明はマスクだ。健闘を祈る」
部屋を出ようとする際、ボスが背中に声をかけてくる。マスク?なんの事だ?
僅かに疑問を持ちながらもそのまま出る。
俺たちは、監視施設へと向かった。
召喚獣:河導
体長4メートルほどの、イルカに似た召喚獣。泳ぎに特化しており、その大きさの割に魔力消費は少ない。力も非常に強く、5~6体いれば中型船を牽引することも可能。
ただし、自然減速以外では自力で停止することができないため、停船の手段は船側で用意する必要がある。一応、個体の背中に乗って移動することも可能だが、泳ぎの振動が直接伝わるため、船酔いは避けられない。




