第十八話:ファルマの決意
1.ファルマの頼み
翌朝、本を元の本棚に戻し終えた俺たちは、旅を再開しようとしていた。
「では、出発しましょうか」
ルーシェンが荷物をまとめながら言った。
だが、その時。
「あの……」
ファルマが、思い詰めた表情で言った。
「二週間ほど……時間をいただけませんか……?」
「二週間?」
俺は驚いた。
「どうしたんですか?」
「旅のための薬を……ここで、まとめて調合したいんです……」
ファルマは、真剣な表情で続けた。
「この研究所には……設備が揃っています……ここで、しっかりと準備をしておきたいんです……」
「なるほど」
ルーシェンは、すぐに頷いた。
「良いですね。結界も強固になりましたし、急ぐ旅ではありません」
そして、ルーシェンは少し嬉しそうに付け加えた。
「それに、私も少し止まっていた研究を進めたいですし」
「それが本音ですか……」
俺は呆れたが、反対する理由もない。
「分かりました。二週間、ここで準備しましょう」
「ありがとうございます!」
ファルマは、明るい表情を見せた。
こうして、俺たちは研究所に留まることになった。
2. 調合と修行の日々
それからの日々、ファルマはひたすら調合に没頭した。
研究所の一角を調合室として使い、様々な薬草や鉱物を混ぜ合わせている。
「これは……回復薬……《血縫い》……」
ファルマは、真剣な表情で調合を続けた。
「外傷を急速に修復する……でも……代償として……回復後に鈍痛が残る……」
ファルマは、一つ一つの薬の効果と代償を確認しながら、慎重に調合していた。
「ファルマさん、何種類くらい作ってるんですか?」
俺が聞くと、ファルマは指折り数えた。
「えっと……回復薬が三種類……強化薬が二種類……それと……」
ファルマは、少し躊躇してから言った。
「毒薬も……いくつか……」
「毒薬?」
「はい……護身用です……即死させるものではなく……動けなくする系統のものを……」
ファルマは、少し申し訳なさそうに言った。
「私は……戦闘力がありません……ですから……相手を動けなくして……逃げるための手段が必要なんです……」
「なるほど……」
確かに、ファルマには直接的な戦闘能力がない。
護身用の手段を持つことは、理にかなっている。
そして、ファルマはルーシェンにも頼み込んでいた。
「ルーシェンさん……自然魔法を……少し教えていただけませんか……?」
「自然魔法を?」
ルーシェンは少し驚いた。
「あなたは、魔法適性は低いはずですが」
「はい……高威力の魔法は使えません……でも……小さな魔法なら……」
「小さな魔法?」
「足元に穴を開けたり……目眩ましの爆発を起こしたり……そういう……補助的なものです……」
ファルマは、真剣な目で言った。
「分かりました」
ルーシェンは頷いた。
「では、基本的な自然魔法を教えましょう」
こうして、ファルマはルーシェンから自然魔法を学び始めた。
3. 入浴剤の発明
ある日、ファルマが嬉しそうに俺たちを呼んだ。
「榊さん、ルーシェンさん!」
「どうしたんですか?」
「お風呂に、入浴剤を作ってみました!」
ファルマは、小さな袋を持っていた。
「入浴剤?」
「はい!薬草を調合して、いい匂いがして、体も温まるものを作りました!」
ファルマは目を輝かせていた。
「試してみてください!」
その夜、俺は入浴剤を入れた湯船に浸かった。
確かに、良い匂いがする。
そして、体が芯から温まる感覚がある。
「これは……いいな。日本の温泉を思い出す」
俺は感心した。
ファルマは、すっかりお風呂の魅力に取り憑かれているようだった。
毎日、様々な入浴剤を作っては試している。
4. 身体検査
ある日、ファルマが俺に頼んできた。
「榊さん……少し……身体を調べさせていただけますか……?」
「身体を?」
「はい……薬の効能を確かめるためにも……闇の力について……もっと詳しく知りたいんです……」
「分かりました」
俺は同意した。
ファルマの調合技術が向上すれば、俺たちにとっても有益だ。
ファルマは、俺の腕を取り、脈を測った。
そして、様々な薬草を近づけて、反応を見ている。
「この薬草は……闇の力と反応しますね……」
「そうなんですか」
「はい……興味深いです……」
ファルマは、真剣な表情で記録を取っていた。
だが、俺は別のことが気になっていた。
ファルマの髪から、良い匂いがする。
おそらく、入浴剤の影響だろう。
そして、ファルマの手が、俺の腕に触れている。
柔らかくて、温かい。
「……」
俺は、思わずドキッとした。
だが、すぐに首を振った。
(いや、ダメだ)
(相手は十七歳だ。冷静になれ)
念仏を唱えるように、俺は邪念を振り払った。
こんなことが、何度か繰り返された。
5. 模擬戦の申し出
二週間が経った。
ファルマは、大量の薬を調合し終えていた。
そして、ある程度の自然魔法も習得していた。
「榊さん」
ファルマが、俺に声をかけてきた。
「模擬戦を……していただけませんか?」
「模擬戦?」
「はい……私が……どれくらい戦えるようになったか……確かめたいんです……」
ファルマは、真剣な表情で言った。
「分かりました」
俺は同意した。
ファルマがどれくらい強くなったのか、俺も気になる。
「油断しない方がいいですよ」
ルーシェンが忠告した。
「油断すれば、負けます」
「え?」
俺は驚いた。
「いや、でも……」
ファルマは、確かに成長しただろう。
だが、俺と戦って勝てるほどではないはずだ。
「まあ、やってみれば分かります」
ルーシェンは、意味深に笑った。
6. 模擬戦
研究所の外の空き地で、模擬戦が始まった。
俺とファルマは、向かい合って立っている。
「では、始めます」
ルーシェンが審判を務めた。
「始め!」
俺は、剣を構えた。
だが、すぐには攻撃しない。
相手は、ファルマだ。
本気で攻撃するわけにはいかない。
様子を見よう。
ファルマは、距離を取った。
そして、何もしていないように見える。
(……様子見か?)
俺は、ゆっくりと前進した。
だが、その時。
妙な違和感を覚えた。
何か、おかしい。
視界が、少しぼやけている気がする。
(……気のせいか?)
俺は、さらに前進した。
ファルマは、まだ何もしていない。
ただ、距離を取っているだけだ。
(なら、一気に……)
俺は、闇の力を足に集中させ、一気に距離を詰めようとした。
だが。
判断が、遅れた。
ほんの一瞬。
だが、確かに遅れた。
(……何だ、今の?)
俺は困惑した。
そして、その瞬間。
ファルマが動いた。
手を掲げ、魔法を唱えた。
「《鳴花》!」
小さな爆発が、俺の目の前で起こった。
爆竹程度の威力。
だが、視界が一瞬塞がれた。
(しまった!)
俺は咄嗨に後ろに跳んだ。
だが、足元に違和感があった。
見ると、地面に小さな穴が開いている。
「《根抜き》……!」
俺は体勢を崩した。
そして、その瞬間。
何かが、俺の体に触れた。
「《眠蛇》……!」
ファルマの声が聞こえた。
瞬間、俺の筋肉が弛緩した。
力が、入らない。
(くそ……!)
俺は闇の力で無効化しようとした。
だが、反応が遅い。
明らかに、いつもより遅い。
(判断力が……低下している……?)
俺は気づいた。
最初から、ファルマは何かを仕掛けていたのだ。
微量の毒。
気づかれないレベルの、判断力を低下させる毒。
「《絡枝》!」
ファルマの声とともに、俺の足に蔦が絡みついた。
簡単に引きちぎれる程度の強度。
だが、その一瞬が致命的だった。
俺は、完全に動けなくなった。
筋肉が弛緩し、判断力が低下し、足が拘束されている。
闇の力は使える。
だが、出力が不安定だ。
(このまま続けたら……)
俺は悟った。
(俺は、判断を間違える)
「……ここまで、です」
ファルマが宣言した。
俺は、立っている。
だが、負けを認めざるを得なかった。
「……参った」
俺は、剣を下ろした。
「俺の負けだ」
戦いは、力の比べ合いだけじゃない。
判断を誤った方が負ける。
ファルマは安堵の表情を浮かべた。
「……正直、怖かったです」
そして小さく呟いた。
「榊さんが本気で来たら……私、耐えられなかったと思います」
7. 認識の変化
毒の効果が切れると、俺は深く息をついた。
「正直に言うけど……」
俺は、ファルマを見た。
「初見なら、本気でやられてたよ」
「そんな……私なんて……」
ファルマは謙遜した。
「本気で来られたら、私が死んでます……」
「それでも、“戦闘”なら俺の負けだった」
俺は認めた。
「力では、俺が上かもしれない。でも、対人戦では、ファルマの方が上だと思う」
俺は、ファルマの頭に手を置いた。
「すまない、ファルマ」
「え……?」
「俺は、ファルマをただ守らなければならない対象だと思っていた……」
俺は正直に言った。
「でも、違った。ファルマは、立派なパートナーなんだ」
「榊さん……」
ファルマは、涙を浮かべた。
「いえ……謝らないでください……」
「いや、謝らせて欲しい」
俺は真剣に言った。
「これからは、対等なパートナーとして、ファルマを見るよ」
「……はい!」
ファルマは、力強く頷いた。
ルーシェンは、満足そうに笑っていた。
「言ったでしょう?油断すれば負ける、と」
「ええ、その通りでした」
俺は苦笑した。
こうして、俺たちの関係性は変化した。
ファルマは、もはや守られるだけの存在ではない。
俺たちと共に戦う、仲間だ。
「では、そろそろ出発しましょうか」
ルーシェンが言った。
「二週間も滞在しましたし、そろそろ東に向かいましょう」
「はい」
俺とファルマは頷いた。
こうして、俺たちは再び旅立った。
だが、今度は、三人とも大きく成長していた。
ルーシェンは、新たな攻撃手段を手に入れた。
ファルマは、戦える薬師になった。
そして、俺は、自分の弱点を知った。
これから、どんな困難が待っていても、俺たちなら乗り越えられる。
そう、確信していた。
ファルマの毒薬
● 筋弛緩毒《眠蛇》
•効果:筋肉の動きが鈍る
•特徴:魔力感知では「毒」と判別しづらい
•対策困難→ 初見殺し
● 思考阻害毒《鈍灯》
•効果:判断力低下・反応遅延
•特徴:「考えているのに、体がついてこない」
● 呼吸阻害毒《灰息》
•効果:呼吸が浅くなる(激しい運動ができなくなる)
•特徴:呼吸なので毒と気付きにくい
ファルマが覚えた魔法
● 地面穿孔《根抜き》
•効果:足元に小さな穴を開ける
•用途:バランス崩し・転倒誘発
● 微小爆裂《鳴花》
•効果:爆竹程度の爆発
•用途:目眩まし、詠唱妨害、驚かせて判断を狂わせる
● 草縛り《絡枝》
•効果:足首に蔦を絡ませる
•威力:簡単に引きちぎれる
•真価:「引きちぎる一瞬」を作る




