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第十七話:二酸化炭素と空間魔法使い

1. 熾烈な戦い


アルヴァスの剣が、蛇のように滑り込んできた。

しなる。速い。

エドワードの一撃のような重さはない――だが、その分、致命点を正確にえぐってくる。

咄嗟にバックラーを立てた。

キン、と乾いた音。

だが、受けたと思った瞬間にはもう遅い。

剣は止まらない。

右から左へ。

流れ、そのまま上から落ちる。

まるで流水だ。

斬撃が、途切れない。

「――甘い!」

左脇。

反射的に剣を振る――その刹那、軌道が変わった。

フェイント。

視界の端、銀の閃きが右肩へ――

慌ててバックラーで防ぐ。

強い衝撃。

受けきった、が――

足が浮いた。

「隙だらけだぜ!」

踏み込み。

一気に距離を詰めてくる。

突き。

狙いは、頭。

闇を足に集中させ、横へ跳ぶ。

風を切る音が耳元を裂いた。

兜が、軋む。

視界が一瞬、白く弾けた。

――今のは危なかった。

「いい動きだ! だが、まだ足りねえ!」

休ませる気はない。

次は下段――と思った瞬間、剣が止まる。

またか。

警戒した、その“間”を喰われた。

体勢が反転し、頭上から斬り下ろし。

舌打ちする暇もない。

左へ転がる。

地面が抉れ、土が跳ねた。

「逃げてばかりじゃ、勝てねえぞ!」

笑っている。

だが、目は笑っていない。

――前回とは、違う。

今回は、本気だ。

息を整える。

考えろ。

速い。フェイントが多い。

だが――無秩序じゃない。

必ず、偽りの後に“本命”が来る。

なら。

横薙ぎ。

――これが、偽り。

剣が止まり、下段へ切り替わる。

読めた。

踏み込む。

懐。

振る――

「おっと!」

アルヴァスが跳ねる。

刃先が、胸元を掠めた。

「やるじゃねえか!」

心底、楽しそうに笑う。

「いいぞ! もっと来い!」

加速。

だが、もう置いていかれない。

フェイントの癖。

踏み込みの間。

身体が、覚えていく。

剣と剣がぶつかり、弾け、擦れる。

息が荒くなる。

それでも、引かない。

――互角。

「そうだ!」

アルヴァスが叫ぶ。

「それでいい!」

「お前、強くなってるぜ!」

戦いは膠着状態になった。

だが、その時。

俺は、妙な違和感を覚えた。

息が、苦しい。

酸素が、足りない。

意識が、少し朦朧としてきた。

立っているのも、辛くなってきた。

「ぐっ……」

俺は、膝をついた。

「おい、どう……した?ぐっ……」

アルヴァスも、同じように苦しそうにしていた。

「くそ……何だ、これは……」

ミセルも、召喚獣を解除して膝をついている。

ヴァルクも、弓を落として倒れそうになっている。

「結界……?」

俺は、周囲を見回した。

確かに、薄い結界が張られている。

いつの間に……。

「ルーシェン……さん……」

俺は、ルーシェンの方を見た。

ルーシェンは、平然とした表情で立っている。

その手には、杖が握られている。

「効果が確認できましたね」

ルーシェンは、淡々と言った。

「こ、これは……反射できない……魔法なんて……」

ミセルは恐怖に怯えていた。

「何を……したんだ……」

アルヴァスが、苦しそうに聞いた。

「榊さんの知識にあった、二酸化炭素の濃度を上げただけです」

ルーシェンは説明した。

「結界の中の空気を操作し、酸素を減らし、二酸化炭素を増やしました」

「くそっ……何言ってるのか分からねぇよ……」

アルヴァスは、何とか立ち上がろうとした。

だが、身体が上手く言うことを聞かないようだ。

「撤退だ!」

アルヴァスは、仲間に叫んだ。

「このままじゃ、全滅する!」

三人は、何とか結界の外に出た。

結界を出ると、すぐに息が楽になったようだ。

「覚えてろ……次は……こうはいかねえ……」

アルヴァスは、悪態をつきながらよろめく2人と共に、森の奥へと消えていった。


2. 危険な実験


結界が解けると、俺は大きく息を吸った。

「ハァ……ハァ……」

酸素が、肺に入ってくる。

生き返る心地だ。

「ルーシェンさん……」

俺は、ルーシェンの方を見た。

「なんて、危険なことを……」

「いえ、計算通りです」

ルーシェンは満足そうに言った。

「二酸化炭素濃度を上げることで、酸素欠乏状態を作り出しました。これなら、魔法を反射されることもありません」

「そういう問題じゃなくて……」

俺は、怒りを込めて言った。

「俺も、死ぬところだったんですよ!」

「ああ、すみません。少し濃度を上げすぎました」

ルーシェンはあっさりと謝った。

「でも、有効な攻撃手段だと確認できました」

「確認できました、じゃないですよ!」

俺は叫んだ。

だが、その瞬間、意識が遠のいた。

身体が、限界だったのだ。

「榊さん!」

ファルマの声が、遠くで聞こえた。

そして、俺は意識を失った。


3. 膝枕


気がつくと、俺は柔らかい感触に包まれていた。

温かくて、心地よい。

「……ん?」

俺は目を開けた。

すると、目の前にファルマの顔があった。

「あ……起きましたか……?」

ファルマは、涙目で俺を見下ろしていた。

そして、俺は気づいた。

自分の頭が、ファルマの膝の上にあることに。

膝枕だ。

「うわっ!」

俺は慌てて起き上がった。

「す、すみません!」

「い、いえ……」

ファルマも、顔を真っ赤にしている。

二人とも、気まずくて声が出ない。

「あの……ありがとうございます……」

俺は、何とか礼を言った。

「い、いえ……その……」

ファルマは、視線を逸らした。

二人とも、気まずい空気に包まれた。

「気がついたなら、さっさと行きますよ」

ルーシェンが、空気を読まずに言った。

「え、ああ、はい!」

俺とファルマは、慌てて立ち上がった。

そして、東に向かって歩き出した。


4. 質問攻め


歩きながら、俺はルーシェンに改めて説明した。

「二酸化炭素は、本当に危険なんです」

「ええ、分かりました」

ルーシェンは頷いた。

「でも、攻撃手段としては有効ですね」

「有効、って……」

俺は溜息をついた。

「それにもっと理解するために、もっと二酸化炭素のことを教えてください」

「え?」

「たとえば二酸化炭素とは、どのような性質があるんですか?」

ルーシェンは、目を輝かせて聞いてきた。

「え、性質?」

「ええ。どのような化学反応を起こすのか、どのような条件で生成されるのか、詳しく教えてください」

「いや、俺、そんなに詳しくないんですけど……」

俺はしどろもどろになった。

高校で習ったレベルのことしか知らない。

「えっと、二酸化炭素は、炭素と酸素が結合したもので……」

「炭素?酸素?それは何ですか?」

「元素、っていうか……」

俺は、説明に困った。

「あの、ファルマさん、助けて……」

「えっと……」

ファルマも困惑している。

だが、薬師としての知識があるファルマは、意外と詳しかった。

「炭素は……木炭とかに含まれてる……やつですよね?」

「そう、そうです!」

俺は、ファルマに感謝した。

「酸素は……空気に含まれてる……生きるのに必要なやつ……」

「ええ、その通りです」

こうして、俺とファルマは、ルーシェンの質問攻めに何とか答えていった。

わちゃわちゃとした、奇妙な会話が続いた。


5. ゴブリンとの遭遇


それから、しばらく歩いていると、前方から複数のゴブリンが現れた。

「ゲゲゲゲッ!」

「……ゴブリン!?」

ファルマが身を竦ませる。

五体のゴブリンが、俺たちに襲いかかってくる。

「あれは普通のゴブリンですね。では、実験しましょう」

俺が剣を構える前にルーシェンは、杖を掲げた。

「空間結界」

瞬時に、ゴブリン達を囲む結界が張られた。

そして、ルーシェンは結界の中の空気を操作した。

「二酸化炭素濃度、上昇せよ」

ゴブリンたちは、突然、苦しみ始めた。

「ギャ!?……ギャア……ア……」

ゴブリンたちは、喉を掻きむしりながら倒れた。

そして、数秒後、動かなくなった。

「榊さんの知識にあった概念を応用しただけですが、やはり効果は抜群ですね」

ルーシェンは、あくまで淡々としていた。

――違う。

これは“応用”なんかじゃない。

閉鎖空間で呼吸を奪う、れっきとした殺しの手段だ。

俺とファルマは、ドン引きしていた。

「ルーシェンさん……それ、少し怖いです……」

「え?有効な攻撃手段ですよ?」

ルーシェンは不思議そうに首を傾げた。

ファルマはそんなルーシェンを、少し怯えた目で見ている。

俺は溜息をついた。これはただの攻撃魔法じゃない。

俺の世界では、事故や災害として語られる“死に方”だ。

だが、有用性は認めざるを得なかった。

「ただし、問題点もあります」

ルーシェンは、冷静に分析した。

「まず、結界を張ることによるテンポの遅れ。即効性に難があります」

「確かに……」

「それに、魔法使いにはすぐに気づかれるでしょう。召喚術師は、他の魔法使いの中でも最も魔力の動きに鈍感ですから、今回は有効でしたが」

「なるほど……」

「さらに、ゴーレムなどの無生物には効かないでしょうね」

ルーシェンは、様々な問題点を挙げた。

「要研究ですね」

ルーシェンは、完全には満足していないようだった。

俺からすれば、ルーシェンが恐ろしい攻撃方法を手に入れたことに、頼もしさを覚えるとともに、不安も覚えた。


6. 研究所の異変


エルドウィンの深森に入ると、俺が最初に遭遇した土ゴブリンや、土コボルトに遭遇するようになった。

ルーシェンは嬉々として、二酸化炭素魔法を試したが効果はなかった。

「やはりゴーレムには効果ありませんね」

ルーシェンは当然のように頷いた。

やがて、俺たちはルーシェンの研究所に到着した。

だが、何かがおかしい。

「結界が……ない?」

ルーシェンは、驚いた表情を見せた。

「どういうことですか?」

「私の魔力量なら、一年は持つはずの結界が、消えています」

「一年!?」

ファルマが驚いた声を上げた。

「それは……すごいです……空間魔法を専門にしていないのに……」

「ええ。ですから、誰かが意図的に解いたのでしょう」

ルーシェンは、慎重に研究所に近づいた。

建物自体には、被害がないようだ。

魔物に襲われた形跡もない。

「最近、解かれたようですね」

ルーシェンは、結界を貼り直した。

そして、研究所の中に入った。

中は、荒らされていた。

本が床に散乱し、机や椅子が倒れている。

「酷い……」

ファルマが呟いた。

「子爵か、レオニスの手の者でしょうか……」

俺は、警戒しながら周囲を見回した。

だが、ルーシェンは違うことに怒っていた。

「本を……こんな雑に扱うなんて……」

ルーシェンは、床に散乱した本を拾い上げた。

「許せませんね」

「ルーシェンさん、そこですか……」

俺は呆れた。

「榊さん、これらの本も全て持って行きましょう」

「え、全部ですか?」

「ええ。また荒らされる可能性がありますから」

「でも、マジックバッグがいっぱいになりますよ?」

「構いません。本は大事です」

ルーシェンは、譲らなかった。

「はあ……分かりました」

俺たちは、本を片付け、マジックバッグに詰め込んだ。

そして、今日はここに泊まることにした。


7. 空間魔法使いの訪問


夕方、俺は妙な魔力の揺らぎを感じた。

「何だ……?」

俺は、外に出た。

ルーシェンとファルマも、同じように外に出てきた。

「魔力の揺らぎを感じましたか?」

ルーシェンが聞いた。

「ええ。何かが……」

その時、結界の中に、一人の人物が立っていた。

旅装束を纏った、性別不明の人物。

結界の中に“現れた”のではない。

最初から、そこにいたかのように立っていた。

「何者です?」

ルーシェンは杖を構えながら問いかける。

「私は、ノイン=リムナ」

その人物は、男とも女ともわからない声で静かに名乗った。

「空間魔法使いだ」

「空間魔法使い……まさか」

ルーシェンは驚いた表情を見せた。

「五大魔法使いの一人ですか」

「五大魔法使い?」

俺は、ルーシェンに聞いた。

「ええ。世界で最も優れた五人の魔法使いのことです」

ルーシェンは説明した。

「自然、空間、付与、召喚、精神。

 それぞれの分野で“神に最も近づいた”と噂される者たちです」

「そうなんですか……おとぎ話じゃなかったんですね……」

ファルマも、驚いた表情を見せた。

「望まれて来たわけじゃない」

ノインは、自嘲気味に言った。

「ここに”来てしまった”だけだ」

「来てしまった?」

どういうことだ?

「私は、呪われている」

ノインは、静かに言った。

「一箇所に、一定時間以上留まれない」

「呪い……」

「奴らに見つかり、呪いをかけられた。だから、常に転移し続けている」

奴ら?五大魔法使いとも呼ばれる者に、呪いをかけれる存在って一体……。

ノインは、ルーシェンの結界を見た。

「この結界、弱点がある」

「弱点?」

「魔力の流れが、不安定だ。すぐに解かれる」

ノインは、手をかざした。

すると、結界が一瞬で書き換えられた。

「これなら、十年は持つ」

「十年!それは凄い」

ルーシェンは驚愕している。

「これが、空間魔法の達人の技か……」

俺の言葉にノインは、静かに頷いた。

「では、時間だ」

ノインの姿が、揺らぎ始めた。

「待って、もっと話を……」

だが、ノインは消えた。

転移したのだ。

「凄い……」

ルーシェンは、興奮していた。

「この結界、研究する価値がありますね!」

「これだけ強固な結界があるなら、本を置いておいても大丈夫ですね」

俺は別の事に安心した。

「五大魔法使い……」

ファルマは、思いに馳せていた。

「世界には、本当にすごい人がいる……私は……守られてばかり……」

それぞれの思いの中、夜は更けていった。



エルドウィンの深森

王都ヴァレリアより東に約30キロの地点に広がる深い森。

森の内部には、はるか昔の魔法使いエルドウィンが築いたとされる、防衛用魔法機構が存在する。

それを見る者はいないが、侵入者に反応して無限にゴーレムを生成する仕組みだと伝えられている。

現在もその機構は稼働しており、ゴブリンやコボルト程度の魔物が、土のゴーレムとして次々と出現する。

倒しても得られる素材や報酬は無く、しかも無限に襲いかかってくるため、山賊ですら居を構えない。

そんな場所に研究所を構えた人物は、確認されている限り、ルーシェンただ一人である。


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