幕間:ファルマの回想6
1.最後の逃走 ―― 二人
逃げ続けていた。
森を抜け、丘を越え、夜と昼をまたぎながら。王都は、確実に近づいている。
だが、ファルマの足は限界だった。
薬師の身体は、戦士のそれではない。息は浅く、脚は震え、視界が滲む。
「……休もう」
ガレスが、低く言った。
木陰に身を寄せ、ファルマは地面に座り込む。
最後の体力回復薬。もうあとは少しの傷薬しか残っていない。
それを口に含ませながら、ガレスは周囲を見ていた。
――来ている。
確信だった。
(追いつかれる)
このまま逃げても、いずれ。そして、ファルマを庇いながらの戦闘は――致命的に不利。
ガレスは、決断した。
2.託すもの
「……ファルマ」
名前を呼ぶ声が、硬い。
「これを持て」
差し出されたのは、封筒。
「兄さんの……手紙?」
「そうだ」
ガレスは、王都の方向を指差す。
「この道を行け。迷うな。振り返るな」
「……ガレスさん?」
嫌な予感が、胸を締めつける。
「俺が、少し撹乱する」
「嫌!」
即答だった。
「一緒に行く! 一人にしないで!」
ガレスは、ファルマの肩を掴んだ。
強く。逃がさない力で。
「聞け」
声が、震えている。
「このままじゃ、二人とも死ぬ」
「でも……!」
「生きろ!」
吠えるように。
「それが、俺たち全員の願いだ!」
ファルマの喉が、詰まる。
「すぐ合流する」
嘘だと分かる。それでも、ガレスは言った。
「先に行け!」
無理やり背中を押され、ファルマは森の奥へ走り出した。
泣きながら。何度も振り返りながら。
ガレスは、見送った。
「……守れなかったな」
小さく、呟いて。
3. ガレスの覚悟
木の上。
枝に身を預け、息を殺す。
来る。
五人。
アルヴァスを先頭に、ミセル、ロイン、ザリス、ヴァルク。
全員が、地上を警戒している。
(降りてきた……)
森の中のため飛竜は今は使えない。ここからは、人間同士の殺し合いだ。
正面からは勝てない。だから――削る。
(まずは、回復役)
狙いを定める。
――今だ。
木の上から、落下。双剣が、閃く。
ロインが悲鳴を上げる前に、喉を裂く。
「伏せろ!」
アルヴァスの声。
反応が、早い。
ザリスが詠唱を始めるが、ガレスは距離を詰め、腹を貫いた。
「ぐっ……!」
炎が、暴発する。
身体が焼ける。だが、止まらない。
「――倒れろ!」
双剣を、心臓へ。ザリスが、倒れる。
二人を――一人で倒した
だが――遅すぎた。
背後からの衝撃。アルヴァスの剣が、脇腹を切り裂く。
「ちっ……!」
続けざまに、ヴァルクの矢。膝が、砕ける。
ガレスは、倒れた。
それでも、剣を離さなかった。
アルヴァスが、前に立つ。
「……見事だったぜ」
素直な声だった。
「2人もやられるとは思わなかった」
ガレスは、血を吐きながら笑った。
「……まだ……いる……」
「いや」
アルヴァスは、首を振る。
「十分だ」
剣が、振り下ろされる。
その刹那――ガレスの頭に浮かんだのは、エリカのことだった。
隠していたが、薄々気づいていた。
彼女の体調の変化。避けられない話題。
――子供だ。
(これで、俺もみんなの元に……)
(ファルマ、済まない……)
意識が、闇に沈んだ。
4.追撃
アルヴァスは、ガレスの亡骸を一瞥した。
「敬意を払うに値する男だった」
剣を鞘に仕舞いながら振り向く。
「ロインとザリスは?」
ヴァルクが首を横に振る。
溜息をつく。そして、森の奥を見る。
「行くぞ」
ファルマ・アストンを、追う。
5.心が折れる
ファルマは、走っていた。
だが、限界だった。
脚が止まり、膝をつく。
「……もう……」
誰も、いない。自分だけが、生きている。
「……意味、あるの……?」
自暴自棄になりかけた、その時。
――視界が、揺れた。
「泣くな」
ブライアンの声。
「前を見なさい」
エリカが、微笑む。
「約束でしょ?」
「へへ……」
アーロンが、頭を掻く。
「キス、忘れるなよ?」
三人が、幻のような姿で王都の方向を指差した。
「行け」
「子供の分まで生きて」
「生きろ」
それだけ言って消えていく。
ファルマは、立ち上がった。
「……行く」
涙を拭って。
幻影だろうと、仲間からの本当の言葉だと信じて。
6.最後の刃
刃が、走る。
アルヴァスだった。
頭を、浅く斬られる。手加減された一撃だった。血が派手に飛び散る。
「……よくここまで逃げたな」
「もう諦めろ。黄金の剣もみんな死んだ。後はお前だけだ」
ファルマは、倒れた。意識が、遠のいていく。
(……みんな、ごめんなさい……でも、これで……)
「悪いな。これも命令なんでな」
ファルマが諦め、アルヴァスが剣を振り上げた。
その瞬間。
「させるか!」
別の声と剣がぶつかる音が、戦場を切り裂いた。
――榊たちが、間に合った。
物語は、本筋へと合流する。
ガレス
黄金の剣のリーダーを務める双剣使いの戦士。付与魔法による身体強化も使いこなし、その実力は高い。
元々は農家の三男坊。田舎の単調な生活に飽き、冒険者として名を上げることを夢見て、幼馴染のエリカと共に故郷の村を出た。
エリカとは恋人同士であり、子供ができたことにも薄々気づいていた。この騒動がなければ、結婚するつもりだった。
ファルマのことは妹のように思っている。かつてエリカがこの兄妹に助けられたこともあり、彼女たちを守るために命を懸けることに、ガレスは一切の迷いを持っていない。




