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幕間:ファルマの回想5

鬱展開続きます。読むとき注意してください。

1.独房 ―― シアン


石の匂いが、肺の奥にこびりついていた。


暗く、狭い独房。

天井から滴る水音だけが、時間の流れを教えてくれる。


シアンは、壁に縛り付けられていた。


腕も、脚も、確かに傷つけられてはいない。

関節は潰されず、指も折られていない。


――薬師として使い続けるための、配慮だった。


「ほら、回復だ」


拷問官が指を鳴らすと、控えていた神官が手を翳し淡い光が走る。

焼かれた皮膚が塞がり、傷ついた身体が元に戻る。


痛みだけが、残った。


悲鳴を上げる暇もない。

次の瞬間には、また責めが始まる。


「随分と粘るな」


拷問官は、愉しそうに笑った。


「だがな、いずれ妹もここへ来る」

 

シアンの喉が、ひくりと鳴った。


「お前のように、守られて育った小娘だ。

 泣き叫ぶ姿は、さぞ見応えがあるだろう」


耳元で、囁かれる。


「その時でも、強情でいられるか?

 楽しみにしていろ」


殴られても、焼かれても、耐えられた。


だが、その言葉だけは――


(ファルマ……)


(俺は、お前を守れなかった)


薬師として、

兄として、

何もかもが不完全だった。


(でも、せめて――)


黄金の剣なら。

エドワードなら。


(必ず、お前を守ってくれる)


それだけを信じて、

彼は耐え続けた。


―― ――


2.空 ―― 追撃


ファルマは、壊れていた。


泣かない。

叫ばない。

ただ、空を見つめている。


涙は、もう枯れた。

悲しみは、あまりに大きすぎて、

もう何も感じない。


ただ――


(ガレスさんたちまで、失ったら)


その恐怖だけが、彼女を動かしていた。


エリカさんを失い、

ブライアンさんを失い、

もうこれ以上は……


(もう、誰も失いたくない)


そう、必死に縋っていた。


その時。


「――来るぞ」


アーロンの声が、低くなる。


雲の切れ間から、もう一体の飛竜。その背に、5人の男たち。


先頭に立つ男が、前へ出た。


「――降伏した方がいいぜ」


落ち着いた声。威圧でも、嘲笑でもない。風が吹く中、その声は不思議と響いた。


「レオニス侯爵直命だ。抵抗をやめれば、命は保証してやる」


「死神アルヴァス……!」


ガレスの焦燥を含んだ声が聞こえる。


 死神。

 猟犬。

 そう呼ばれる男。


だが、その眼差しは冷えすぎていなかった。

その後ろには

召喚魔法使いのミセル。

弓使いのヴァルク。

自然魔法の使い手のザリス。

運命の神の神官のロイン。

レオニスの懐刀とも呼ばれる5人だった。


「逃げるぞ!」


アーロンが叫ぶ。飛竜が急旋回し、森すれすれを飛ぶ。


だが――


「くそっ……追いつかれる」


技量が、違った。


操竜の腕。判断の速さ。すべてが一段、上だった。


アーロンは、悟った。逃げきれない。


「――ガレス」


短く、言う。


「俺が囮になる」


「何を――!」


「聞け!」


叫ぶ。


「今しかない!」


飛竜が、地面すれすれに降下する。土煙が、盛大に上がる。


アーロンは振り返り、ファルマを見る。


土煙の中、無理やり笑った。


「なあ、ファルマちゃん」


「……アーロン……?」


「俺、ずっと本気だったんだぜ。

 冗談じゃなくて」


その言葉に、ファルマは息を呑んだ。


「だから―― 成功して、また会えたらさ」


少し間を置いて、


「……キス、してくれよな」


「な――」


「約束だ!」


その笑顔は、いつもの軽薄なものじゃなかった。


本当に、彼女のことが好きな、人の男の顔だった。


「約束……」


ファルマが、震える声で答えた瞬間。


ガレスがファルマを抱き、地面へ飛び降りた。


土煙が、すべてを覆い隠す。


アーロンは気づかせないよう、そのまま速度を上げた。


背中が軽くなったことを、悟らせないために。



3.地上 ―― 決断


木陰に身を伏せ、敵の飛竜が遠ざかるのを確認する。


ファルマは、動けなかった。


「……アーロンが……」


ガレスは、彼女を抱き締めた。


「見るな」


低く、しかし強く。


「見るな、ファルマ」


震える肩を、押さえつける。


「三人が命を賭けた。それを無駄にする気か」


「でも……!」


「生きろ!」


ガレスの声が、割れた。


「それが!あいつらへの答えだ!」


ファルマは、歯を食いしばった。


枯れたはずの涙をこぼしながら、頷いた。


逃走が、再開される。



4.アーロン ―― 最後の空


無茶を、続けた。


木々の間を縫い、急旋回を繰り返し、土煙で視界を奪う。


「へへ……どうだよ……」


だが、限界だった。


飛竜が悲鳴を上げ、ついに、墜落する。


地面を転がり、衝撃で、意識が揺れる。


立ち上がった時、魔力も体力も、ほとんど残っていなかった。


そして。


アルヴァスたち、五人が降り立つ。


「……ファルマ・アストンはどこだ」


アルヴァスが、静かに問う。


アーロンは、血を吐きながら笑った。


「さあな……空の彼方じゃね?」


時間を稼ぐ。

少しでも。


「なぜ、そこまでして逃がす」


問いに、即答した。


「惚れた女のために命張るのは……

 当たり前だろ?」


アルヴァスは、一瞬目を細め――


「これは一本、取られたな」


そう言って、口角を上げた。


「見事な覚悟だ。だが、命令には従ってもらう」


アルヴァスは剣を抜いた。


「安心しろ。苦しまないように、一太刀で――」


その瞬間。


風を裂く音。


矢が、アーロンの胸を貫いた。


「――っ! ヴァルク!」


アルヴァスが、鋭く振り返る。


「余計なことを」


「時間の無駄です」


ヴァルクの声は、冷たかった。


「それに、どうせ死ぬなら同じこと」


アルヴァスは、

歯を噛んだ。


だが、否定はしなかった。それが、この仕事だと分かっているから。


「……行くぞ」


倒れるアーロンを一瞥して、彼らは飛竜に乗った。


アーロンは、仰向けに倒れながら空を見る。


(……頼む……)


ファルマの顔が、浮かぶ。


(生きろ……)


そして、

息が、止まった。


5.逃走


その空の下で、

ファルマは、ガレスと走りながらただ泣いていた。


「ブライアンさん……!」

「エリカさん……!」

「アーロン……!」


名を呼びながら。声が枯れるまで。


答えは、返ってこない。


もう二度と、返ってこない。


それでも、名前を呼び続けた。


忘れたくなかった。忘れてはいけないと、思った。


山に響くその声だけが、彼らが生きた証だった。


そして――


ガレスは、ただ黙って走り続けた。


泣くことすら、許されないまま。



レオニスの懐刀


剣士アルヴァス、召喚術師ミセル、弓使いヴァルク、自然魔法使いザリス、そして運命神の神官ロインの五名で構成される、レオニス侯爵直属の部隊。

侯爵の切り札とも呼ばれ、その存在は公にはほとんど語られない。

名が売れ始めたのはここ数年だが、彼らが狙った獲物は必ず捕縛、あるいは殺害されるとされている。

そのため裏の世界では「猟犬」、表の世界では「死神」と呼ばれ、両方の世界から恐れられている。


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