第十四話:星詠
1. 違和感の報告
部屋に入ると、俺は溜息をついた。
「疲れた……」
「お疲れ様です」
ルーシェンは平然としている。
「ルーシェンさん、話があります」
「何ですか?」
俺は、ヴェルナート子爵のことを話した。
あの違和感。
人間ではないという確信。
そして、闇の力に似た何かを感じたこと。
ルーシェンは、真剣な表情で聞いていた。
「なるほど……それは興味深いですね」
「興味深い、って……」
ルーシェンは良い考えが浮かんだとばかりに手を打った。
「よしそれなら、すぐに王城に戻って調査しましょう!」
「今から!?」
俺は慌てて止めた。
「ダメです!夜中に王城に忍び込むなんて!」
「でも、重要な発見かもしれません」
「それでも、今はダメです!」
俺はルーシェンを必死に止めた。
「では、明日にしましょう」
「明日もダメです!ちゃんと計画を立ててからにしてください!」
「分かりました……」
ルーシェンは残念そうに言った。
「では、また実験をさせてくださいね」
「実験?」
「ええ。闇の力の制御について、まだまだ試したいことが沢山あるんです」
「もう……」
俺は溜息をついた。
また実験の約束をさせられてしまった。
「それと、一つ提案があります」
ルーシェンが真剣な顔で言った。
「今後、榊さんが闇の力で感じた違和感などは、私が感じた違和感として対外的に言いましょう」
「どういうことですか?」
「榊さんが闇の力を使っていることがバレると、危険です。ですから、私が魔法使いとして感じた違和感、ということにすれば、榊さんの正体を隠せます」
「なるほど……」
確かに、それは良い案だ。
「分かりました。そうしましょう」
「では、明日、エドワードにも報告しましょう」
こうして、俺たちは眠りについた。
2. 朝の報告
翌朝、俺は早朝五時に使用人に起こされた。
「朝、早いんですね……」
「すまんな、騎士団の仕事は早いんだ」
エドワードが説明した。
「私も、朝食を食べたら騎士団に行かねばならん」
俺たちは、朝食の席についた。
ファルマも一緒だ。
昨夜よりも、さらに表情が明るくなっている。
「よく眠れましたか?」
俺が聞くと、ファルマは嬉しそうに頷いた。
「はい……久しぶりに……安心して眠れました」
「それは良かった」
朝食を食べながら、ルーシェンがエドワードに報告した。
「エドワード、昨夜、王城でヴェルナート子爵に会いましたね」
「ああ、会ったな」
「実は、彼から妙な魔力の波動を感じました」
「妙な魔力?」
エドワードは不思議そうな顔をした。
「ええ。人間のものとは思えない波動です」
「しかし、ヴェルナート子爵は、聖人として知られているが……」
エドワードは困惑している。
「彼は、孤児や貧民の救済に尽力しているし、神殿からも高く評価されている。騎士団への献金も多いので騎士も信頼しているものが多い」
「それでも、私が感じたことは事実です」
ルーシェンは真剣に言った。
「何か、隠しているかもしれません」
エドワードは少し考えてから、頷いた。
「分かった。私なりに、人脈を使って調べてみよう」
「お願いします」
「ただ、慎重にやらなければならん。子爵は王都でも有力な法衣貴族だし、子飼いの貴族も多い。民衆からの支持も厚いからな」
「承知しています」
こうして、朝食を終えた。
エドワードは出勤し、俺たちは王都に出ることにした。
「それで、これからどうしますか?」
俺が聞くと、ルーシェンは答えた。
「星詠のところに行きましょう。もしかしたら、戻っているかもしれません」
「そうですね」
俺たちは、星詠の家へと向かった。
3. 星詠との再会
星詠の館の前には、以前はいなかった人物が立っていた。
屈強な戦士。
その威圧感は、寒気を感じるほどだった。
「そういえば、星詠がいる時は必ず彼が居ましたね」
ルーシェンは今思い出したように言う。
「久しぶりですね、ルーシェン様」
ルーシェンに気付いた戦士は、見た目に反して丁寧な口調で言った。
「星詠様は、お待ちしております」
「ありがとうございます」
ルーシェンは礼を言った。
俺たちは、館の中に入った。
中は、薄暗く、神秘的な雰囲気に包まれていた。
壁には見知らぬ星座の絵が描かれ、天井からは水晶が吊るされている。
そして、奥の部屋から、女性の声が聞こえた。
「どうぞ、お入りください」
俺たちは、奥の部屋へと入った。
そこには、一人の女性が座っていた。
薄い星紋の入ったヴェールを被っており、見えているのは口元と顎、わずかな頬だけだ。
だが、それだけで分かる。
この女性は、驚くほど美しい。
声は落ち着いていて、柔らかいが芯がある。
身体の線は衣装越しでも分かるほど豊かだが、色気よりも「距離感」が先に立つ。隣のファルマが少しジト目で俺を見ているのがわかる。
「お待ちしておりました、ルーシェン様、ファルマ様、そして……榊様」
星詠は、初対面のはずの俺の名を呼んだ。
「あなたが、星詠ですか」
「ええ。そして、あなたが……闇を纏いし者」
俺は、思わず身構えた。
だが、星詠は穏やかに続けた。
「ご安心ください。私は、あなたを害するつもりはありません」
「どうして、俺のことを……」
「星は……嘘をつきません。ただ、優しくもありません」
星詠は詩的に答えた。
「あなたのことは、星が教えてくれました」
「星が……」
「ええ。そして、今、王都は……星の並びが歪んでいます」
星詠は立ち上がった。
「一つの嘘が、百の真実を覆い隠す夜ですね」
「それは、どういう意味ですか?」
「闇に似た力ほど、闇ではないものはありません」
星詠は窓の外を見た。
「本当に暗いものは……光を装いますから」
俺は、ハッとした。
ヴェルナート子爵のことか。
「完全な仮面ほど……息が詰まるものです」
星詠は続けた。
「息をするためには、必ず”隙間”が要る」
「隙間?」
「集める者は、集めた”数”に酔います」
「数……」
「酔った者は……確認を怠る」
星詠は、ヴェール越しに俺たちを見た。
「ですが、今は……その時ではありません」
「どういうことですか?」
「王都は……しばらく星が重なりすぎています」
星詠は静かに言った。
「ここに留まると、あなた方は”使われる”」
使われる――
その言葉に、なぜか嫌なほど心当たりがあった。
「使われる?」
「歩いてください」
星詠は、まるで命じるように言った。
「遠くへ。意味のない寄り道ほど……後で意味を持ちます」
「遠くへ……」
「出会いは、必要な数だけ用意されていますから」
星詠は、再び座った。
「それだけです。では、お気をつけて」
もうこれ以上話すつもりはないようだ。
俺たちは、星詠の館を後にした。
4. 準備の始まり
館を出ると、ルーシェンが呟いた。
「星詠の言葉は、いつも曖昧ですね。あなたが召喚される場所を特定するのも苦労しました」
最初に教えられたあれか。たしかに分かりにくいな。
「でも、意味はありますよね」
「ええ。おそらく、宰相の言う通り、王都を離れるべきなのでしょう」
「そして、旅の中で、何かを見つけろ、と」
「そういうことですね」
ルーシェンは頷いた。
「では、準備を始めましょう」
「準備?」
「ええ。ヴェルナート子爵との戦いに向けた準備です」
ルーシェンは目を輝かせた。
「星詠の言葉から推測するに、子爵は何かを”集めている”。そして、その数が揃った時、確認しに行く」
「その時が、正体を暴くチャンスですか」
「ええ。ですが、それまでに準備が必要です」
ルーシェンは真剣な表情で言った。
「榊さん、これから厳しい戦いになります。覚悟はいいですか?」
「もちろんです」
俺は頷いた。
「やるしかないでしょう」
「では、行きましょう」
俺たちは、エドワードの家へと戻った。
そして、これからの旅の準備を始めた。
こうして俺たちは、王都を離れる準備を始めた。
それが、どれほど大きな運命への一歩になるのか――
この時の俺たちは、まだ知らなかった。
伝達鷹
隼に似た召喚獣。実際の隼より一回り小さい。
攻撃力は皆無だが飛行速度が非常に速く、疲れることなく時速換算で100キロを超えて飛ぶことができる。
術者がマーキングした相手や場所に向かって飛ぶ性質を持ち、魔力消費も少ないことから多数使用されている。
一度に運べる手紙は便せん2枚程度まで。
この召喚獣の存在により、遠く離れた各地の状況把握が容易になり、中央集権国家であるムステル王国にとって重要な役割を担っている。




