第十三話:宰相
1. 王城への道
夜の王城は、昼間とは違う荘厳さを纏っていた。
何か光るものが壁に付いており、最低限の明るさは保たれている。
「あれは光源虫、光を発する召喚獣ですね」
ルーシェンが説明する。
「こっちだ」
エドワードに導かれ、俺たちは騎士団用の入口から王城へと入った。
入口の衛兵にもエドワードがいるせいか、簡単な問答で入ることができた。
普段は衛兵や騎士で賑わっているであろう廊下も、今は静まり返っている。
「入場制限の影響で、普段より人は少ない」
エドワードが説明した。
「夜間は特に、必要最低限の人員しか残していない」
廊下を歩いていると、時折、騎士や貴族らしき人物とすれ違った。
だが、その数は確かに少ない。
「止まれ」
突然、前方から声がかかった。
第一騎士団の騎士だ。近衛として王城警備を担う、最精鋭の騎士団。
「私は第二騎士団副団長、エドワード・アストンだ」
エドワードは堂々と答えた。
「夜間の王城立ち入りには、許可が必要だが」
騎士は疑いの目を向けた。
「緊急の用件で、宰相閣下に謁見する必要がある。後ろの三人は、私が責任を持つ」
「……分かった。通れ」
騎士は渋々といった様子で道を開けた。
こうしたやり取りが、何度か繰り返された。エドワードは、その度に上手く対応していった。
やがて、廊下の向こうから、豪華な法衣を纏った人物が現れた。
あの円環の装飾は光の秩序神の司教だ。
俺は、咄嗟に身を固くした。
闇の力がバレたら、まずい。
俺は、できるだけ司教から距離を取ろうと、壁際に寄った。
「……?」
司教は、俺の不自然な動きに怪訝そうな顔をした。
だが、何も言わずに通り過ぎていった。
「榊さん、大丈夫ですか?」
ファルマが心配そうに聞いてきた。
「ああ、大丈夫……」
俺は小さく頷いた。
心臓が激しく鼓動している。
そして、さらに廊下を進むと、また一人の人物が現れた。
「おや、エドワード殿。こんな夜更けに、どうされました?」
柔らかい声で話しかけてきたのは、四十代ほどの男性だった。
品の良い法衣を纏い、穏やかな笑みを浮かべている。
「これは、ヴェルナート子爵」
エドワードは礼をした。
「宰相閣下に、緊急の報告がありまして」
「そうですか。大変ですね」
ヴェルナート子爵は、まるで聖人のような優しい声で言った。
「最近の行方不明者事件、騎士団も大変でしょう。私も、微力ながら協力させていただきますよ」
「ありがとうございます」
エドワードは感謝の言葉を述べた。
子爵は、俺たちにも目を向けた。
「こちらは?」
「私の知人です」
エドワードは簡潔に答えた。
「そうですか。では、お気をつけて」
子爵は微笑んで、通り過ぎようとした。
だが、その瞬間。
俺は、強烈な違和感を覚えた。
何だ、これは。
俺は、思わず子爵をじっと見つめた。
子爵の姿。
穏やかな笑み。
優しい声。
だが、その奥に、何かがある。
何か、人間ではないものが。
俺は、闇の力を僅かに研ぎ澄ませた。
すると、分かった。
この男から、闇の力に似た何かを感じる。いや、違う。闇の力ではない。
だが、闇の力に似ている。
そして、何より。
この男は、人間ではない。
背筋が凍った。
俺の視線に気づいたのか、子爵がこちらを向いた。
「何か?」
「いえ、何でも」
俺は慌てて視線を逸らした。
子爵は、少し首を傾げてから、通り過ぎていった。
子爵が去った後、廊下にわずかな冷気が残っていた。
まるで、そこだけ夜が一歩深かったかのように。
俺は、冷や汗をかいていた。
今のは、何だったんだ。
人間ではない。
だが、誰も気づいていない。
エドワードも、ルーシェンも、ファルマも。
俺だけが、あの違和感に気づいた。
「榊さん?」
ルーシェンが不思議そうに俺を見た。
「いや、後で話す」
俺は小さく答えた。
今は、エドワードの前で話すべきではない。
ルーシェンと二人きりになったら、相談しよう。
2. 宰相との謁見
やがて、俺たちは宰相の部屋の前に到着した。部屋の前に近衛騎士が立っている。
「何用か」
「第二騎士団副団長、エドワード・アストンだ。グレイオス宰相に緊急の要件で謁見したい」
騎士は眉を顰める。
「要件とは?」
それをエドワードが答える前に、部屋の中から声がする。
「構いません、入りなさい」
「了解しました」
それを聞いて騎士が扉の前から横に離れる。
「失礼します」
エドワードがノックして部屋に入る。
部屋に入ると、そこには一人の老人が座っていた。
五十代後半だろうか。
高価だが、どこか趣味の悪い法衣を纏っている。
指輪や護符を何個も身に着けており、杖をついている。
そして、常に半笑いを浮かべており、目が細く、視線が定まらないように見える。
第一印象。
信用できそうにない。
「朝の会議ぶりですなエドワード殿。それにルーシェン殿ではありませんか。こんな夜更けに、どうされました?もしかして気が変わって宮廷魔術師を引き受けてくれるのですかな?」
宰相は、半笑いのままで言った。ルーシェンはため息をついていた。
「グレイオス閣下、緊急の報告があります」
エドワードは真剣な表情で言った。
「緊急?ほほう、それは面白い」
宰相は、軽く笑った。
「いやいや、わしは老いぼれでしてなぁ。夜更けの報告など、若い者に任せるべきでしょうに」
「しかし、これは閣下に直接報告すべき内容です」
「ほほう。では、聞かせていただきましょうか」
宰相は、ソファに深く腰掛けた。
エドワードは、レオニス侯爵の件を説明した。
禁断の陶酔薬のこと。
シアン・アストンが囚われたこと。
そして、レオニスが王国で騒乱を企てていること。
宰相は、黙って聞いていた。
表情は変わらない。
半笑いのまま。
だが、俺は感じた。
この老人は、今、全ての情報を瞬時に処理している。
この老人は、愚かに見せることで相手の出方を測っている。
そういう種類の人間だと、本能的に理解した。
エドワードが説明を終えると、宰相は一呼吸置いてから言った。
「ほほう……それは”面白い”」
「面白い、とは?」
エドワードは困惑した。
「いやいや、冗談ですよ。しかし、困りましたなぁ」
宰相は杖で床を叩いた。
「レオニス殿は、王弟ですぞ?そのような重大な疑いをかけるには、確たる証拠が必要です」
「証拠なら、ここに」
エドワードは手紙を差し出した。
宰相は手紙を受け取り、目を通した。
そして、一瞬だけ、目の色が変わった。
鋭い、冷徹な光。
だが、それは本当に一瞬で、すぐに元の半笑いに戻った。
「なるほど……これは、確かに重大ですな」
「すぐに動いていただけますか?」
「いやいや、そう焦りなさんな」
宰相は軽く笑った。
「確かに、この手紙は貴重な証拠です。しかし、これだけでは不十分」
「不十分、ですか?」
「ええ。レオニス殿が暴発する危険性もあります。何より、手紙以外の証拠がない」
宰相は杖を握りしめた。
「慎重に、慎重に調査を進める必要があります」
「では、どうすればいいんですか?」
エドワードはやや前のめりに聞く。
「まず、レオニス殿の動向を監視します。そして、証拠を集める」
宰相は立ち上がった。
「それには、時間がかかります。数週間、いや、数ヶ月かもしれません」
「そんなに!?」
俺は驚いて、思わず声に出してしまった。
「国家反逆罪ですぞ?証拠が不十分なまま動けば、逆に我々が罪に問われる」
宰相は真剣な表情で言った。
「それに、エドワード殿。ファルマ嬢が王都にいると、レオニス殿の手の者が動きやすい」
「それは……」
「ですから、ファルマ嬢はしばらく王都を離れていただきたい」
宰相は提案した。
「護衛してくれる者と共にファルマ嬢を連れて、各地を旅してください。追手を撒くためにも」
「しかし……」
「これは命令ではありません。提案です」
宰相は微笑んだ。
「ですが、ファルマ嬢の安全のためにも、そうしていただきたい」
これは俺たちの安全だけでなく、レオニスの目を逸らさせる囮の意味もあるな?食えない爺さんだ。
エドワードは、少し考えてから頷いた。
「分かりました」
「では、詳しいことは、明日改めて。そうですね、夕方頃来てくれれば手が空いてるでしょう」
宰相は、俺たちを部屋から追い出した。
いや、追い出したというより、上手く誘導されて出された、という感じだ。
3. 宰相の策謀
エドワード達が部屋を出た後、宰相は一人、深く息をついた。
「ふむ……」
半笑いの表情が消え、鋭い目つきになった。
「レオニス……邪神の使徒、か」
宰相は手紙を握りしめた。
「やはり、動き出したか」
宰相は、部屋の影に向かって言った。
「聞いていたな」
「はい」
影から、一人の人物が現れた。
黒い服を纏い、顔は覆面で隠されている。
陰の護衛。
宰相の命令で動く、影の存在。
「レオニス侯爵を監視しろ。だが、気づかれるな」
「それと、デンヴァールに人を送れ。シアン・アストンの救出を最優先に。ただし決して気取られるな」
「さらに、王都の行方不明者事件を調査しろ。レオニスとの関連があるはずだ」
「承知しました」
護衛は、音もなく消えた。
宰相は、再び深く息をついた。
「厄介なことになった……」
宰相は窓の外を見た。
夜の王都が、静かに広がっている。
「だが、これで終わりではない」
宰相は呟いた。
「まだ、何かが動いている……」
4. エドワードの家
王城を後にした俺たちは、夜更けの王都を歩いていた。
時刻は、もう感覚として二十二時を回っている。
「そういえば、宿を取ってませんでしたね」
俺が言うと、エドワードが笑った。
「私の家に来たら良い。それなりに大きな家だから、部屋は余ってる」
「いいんですか?」
「ああ。ファルマも一緒だし、むしろそうして欲しい。ファルマを一人にはできないからな」
ファルマは、嬉しそうに微笑んだ。
エドワードの家は、貴族街の端にあるそこそこ立派な屋敷だった。騎士団の詰所から近い。
門をくぐると、使用人が出迎えた。
「お帰りなさいませ、エドワード様」
「遅くなって悪いな。客人を三人連れてきた。部屋と夕食の用意を頼む」
「承知しました。手配いたします」
使用人は素早く屋敷の奥に下がる。
やがて、俺たちは食堂に案内された。
「遅い夕食になってしまったが、遠慮なく食べてくれ」
テーブルには、温かい料理が並べられていた。
スープ、パン、肉料理。
どれも美味しそうだ。
「いただきます」
俺たちは食事を始めた。
その席で、ファルマとの出会いを話すことになった。
「それで、どうやってファルマと出会ったんだ?」
「森で襲われていたところを、助けました」
「襲われていた?」
「ええ。三人組の男たちに」
俺は、あの時のことを思い出した。
剣士、弓使い、魔法使い。
「その三人組、相当な腕でした」
「そうか……よく助けてくれた」
エドワードは深々と頭を下げた。
「私は、事務的に処理しただけです」
ルーシェンは淡々としている。
「榊さんが戦い、私は観察していました」
「観察って……」
俺は呆れた。
「だって、実戦データを取る良い機会でしたから」
「相変わらずだな、ルーシェンは」
エドワードは苦笑した。
ファルマは、久しぶりに安心できる場所にいるせいか、言葉数も多い。本来は快活な性格なのかもしれない。
「叔父様……本当にありがとうございます」
「何を言ってるんだ。お前は、私の大切な姪だ」
エドワードは優しく言った。
「これからは、私の力の限り守る。シアンのことも何とかしてみせる」
ファルマは、涙を浮かべて頷いた。
食事を終えると、エドワードが言った。
「部屋は用意させた。ファルマ、久しぶりにお前は私と一緒に寝るか?」
「はい」
ファルマは嬉しそうに頷いた。
「では、ルーシェンと榊殿は、相部屋で頼む」
「わかりました」
こうして、俺とルーシェンは相部屋になった。
光源虫
体長約3センチほどの、コガネムシに似た姿をした召喚獣。
体全体から安定した光を放つことができ、光の強さは調節可能。最大で60ワット相当の明るさを出す。
人が歩く程度の速度で飛行することも可能だが、逆に光を放つ以外の能力は一切持たない。
魔力消費は非常に少なく、安価で数も非常に多い。そのためこの世界では一般的な光源として広く普及している。




