第十話:ファルマ・アストン
1. 過去の縁
ファルマが身体を清め終えた後、俺たちは部屋で話し合いをした。
「それで、ルーシェンさんとファルマさんの関係は?」
俺が聞くと、ルーシェンは少し懐かしそうに言った。
「ファルマがまだ十歳くらいの時、私は兄のシアンに興味を持ちました」
「興味?」
「ええ。彼の調合技術が、どこまでのものを作れるのか、研究したくて」
「またですか……」
俺は呆れた。
「それで、デンヴァールを訪れたのです。シアンと意気投合しまして、一年ほど滞在しました」
「一年も?」
「ええ。その間、ファルマとも……まあ、それなりに交流しました」
「それなりに、って……」
ファルマが小さく笑った。
「ルーシェンさんは……歳の離れた兄のように……接してくれました……」
「そうですか?」
ルーシェンは首を傾げた。
「でも、別れる時は……大泣きしました……」
ファルマは少し恥ずかしそうに言った。
「ああ、そうでしたね。あの時は驚きました」
ルーシェンは少し困ったように笑った。
「なぜ泣いているのか、理解できませんでしたが」
「相変わらずですね……ルーシェンさんは……」
ファルマは控えめに笑った。
だが、その目には、確かに懐かしさと親愛の情が宿っていた。
そして、ルーシェンも、いつもの冷淡な表情ではなく、どこか柔らかい表情をしていた。
この人にも、感情があるんだな、と俺は思った。
「それで、ファルマさん。お願いがあるんですよね?」
俺が聞くと、ファルマは真剣な表情で頷いた。
「はい……王都にいる叔父……エドワード・アストンまで……私を送り届けて欲しいんです……」
ファルマは必死に頭を下げた。
「お願いします……」
「もちろんです」
俺は即答した。
「ここまで来たら、最後まで責任を持ちますよ」
「ありがとう……ございます……」
ファルマは涙を浮かべた。
「ルーシェンさんは?」
「ええ、どうせ王都に行くついでですからね」
ルーシェンはあっさりと言った。
だが、その目には、確かに決意が宿っていた。
「ありがとう……ございます……本当に……」
ファルマは涙を浮かべ、何度も頭を下げた。
「そういえば」
俺はふと疑問に思ったことを聞いてみた。
「そういえば、今まで聞いていませんでしたけど、ルーシェンさんって何歳なんですか?」
「三十五歳ですが」
「三十五!?」
俺は驚いた。
「俺より十歳も年上じゃないですか!」
「そうですが、何か?」
ルーシェンは不思議そうに首を傾げた。
「いや、もっと若く見えるから……」
そして、俺はファルマにも聞いた。
「ファルマさんは?」
「十七歳です……」
「十七……」
俺は少し驚いた。
てっきり、十二、三歳くらいかと思っていた。
背も小さく体の凹凸が見た目ほとんどないから、もっと幼く見えるのだ。
俺は何も言わなかったが、胸の奥が少しだけざわついた。
すると、ファルマがジト目で俺を見ていた。
「何か……言いたいこと……ありますか……?」
「いえ、何も」
俺は慌てて視線を逸らした。
2. 夜の慰め
その夜、俺は眠れずにいた。
今日の出来事が、頭の中を巡っている。
ファルマを襲った三人組。
殺されそうになっていたファルマ。
そして、ファルマが語った、仲間たちの死。
ふと、隣のベッドから、小さな嗚咽が聞こえてきた。
ファルマが、泣いている。
「ファルマさん?」
俺は小声で呼びかけた。
「すみません……起こして……しまいました……」
ファルマは涙を拭いた。
「いえ、俺も眠れなくて……大丈夫ですか?」
「大丈夫……じゃ……ありません……」
ファルマは嗚咽を漏らした。
「ガレスさんも……アーロンも……エリカさんも……ブライアンさんも……みんな……私のせいで……」
「あなたのせいじゃありません」
そう、そこだけは違う。
「悪いのは、侯爵です」
「でも……私が……もっと強ければ……」
「強さだけじゃ、どうにもならないこともあります」
そう……強さだけではどうしようもできない。
「彼らは、あなたを守るために戦ったんです。それは、彼らの選択です」
「でも……」
「彼らは、あなたを責めたりしないはずです。だから、あなたも自分を責めないでください」
自分でも不器用な言葉だと思う。これで少しでもファルマの自責の念が減ってくれれば良いのだが……。今の彼女に必要なのは、正しさよりも――安心だ。
そして、ファルマの頭を優しく撫でた。
「大丈夫。俺たちが、あなたを守ります」
「ありがとう……ございます……」
ファルマは小さく頷いた。
そして、安心したように、目を閉じた。
やがて、ファルマの寝息が聞こえてきた。
俺は、ほっとした。
少しは、気が楽になったのだろうか。俺は、彼女の寝顔を見つめながら、絶対に王都までは無事に送り届けると、心の中で誓った。
一方、ルーシェンのベッドからは、規則正しい寝息が聞こえていた。
この人は、一度寝ると、なかなか起きない。
まあ、一応、部屋には強固な結界をルーシェンが張っているから、安全ではあるが。
俺も、ようやく眠りについた。
6. 飛竜召喚師
翌朝、俺たちは早くに起床した。
朝食を済ませ、王都に向けて出発する準備をしていると、ルーシェンが突然言った。
「そういえば、この街には知り合いがいます」
「知り合い?」
「ええ。飛竜を召喚できる召喚術師です」
「飛竜!?」
俺とファルマは同時に驚いた。
「王都まで、歩いても半日ほどで着きますが、飛竜ならあっという間です」
「それなら、最初から言えば良かったんじゃないですか?」
俺は呆れて言った。
「ああ、そうですね」
ルーシェンはあっさりと認めた。
「ただ、その召喚術師は高齢で隠居しているんです。途中でぽっくり逝かれると困りますからね」
「それ、失礼すぎません?」
「でも、背に腹は代えられません」
俺は溜息をついた。
「まあ、いいです。行きましょう」
三人で、街の外れに住む召喚術師のもとへ向かった。
小さな家の前に立ち、ルーシェンがドアをノックした。
「ガイウス、いますか?」
しばらくして、ドアが開いた。
現れたのは、確かに高齢の男性だった。
その身体は細く、まるで枯れ木のようだ。
しかし、その佇まいには、強者の風格があった。
まるで、あのハンターな漫画に出てくる老会長のような。
圧倒的な存在感。
「ルーシェンか。久しぶりだな」
老人は低い声で言った。
「ガイウス、お願いがあります」
「飛竜か?」
「ええ、分かりますか」
「お前が私を訪ねてくる理由など、それしかないだろう」
ガイウスは苦笑した。
「王都まで、三人を運んでほしいのです」
「分かった。金は?」
「もちろん、お支払いします」
ルーシェンは金貨の入った袋を渡した。
ガイウスは中身を確認し、頷いた。
「では、行くか」
ガイウスは家の外に出て、手を掲げた。
すると、空間が歪み、巨大な生物が現れた。
飛竜だ。
全長二十メートルはあるだろうか。黒い鱗に覆われ、巨大な翼を持っている。
「すごい……」
俺は思わず声を上げた。召喚獣は普段身体に寄生させて、非実体化していると聞いていたが、これほど大きな竜も寄生させられるのか。
だが、ファルマは複雑な表情をしていた。
飛竜には、悲しい思い出があるのだろう。
「乗れ」
ガイウスは飛竜の背中に飛び乗った。
そして、なぜか、飛竜の首の付け根あたりで、腕を組んで立っている。
微動だにしない。
「あの、大丈夫なんですか?」
俺が聞くと、ガイウスは冷たく言った。
「お前たちこそ、しっかり掴まっていろ」
俺たちは飛竜の背中に乗った。
背中には、大きな突起部があり、それが鞍のように安定している。
「では、行くぞ」
ガイウスの合図とともに、飛竜が飛び立った。
3. 空の旅
飛竜は、体感で時速四十から五十キロメートルほどの速度で飛んでいた。
風が強く、髪が激しく揺れる。
だが、背中の突起部がしっかりしているので、落ちる心配はない。
「すごい!空を飛んでる!」
俺は興奮して叫んだ。
生き物に乗って、空を飛ぶなんて!
これは、夢にも思わなかった体験だ。
下を見ると、森や街が小さく見える。
こんな景色、元の世界でもTVでしか見たことがない。
「榊さん、はしゃぎすぎですよ」
ルーシェンは冷静に言った。
「いや、だって、これはすごいでしょう!」
「まあ、確かに」
ルーシェンも少し笑った。
一方、ファルマは複雑な表情で空を見ていた。
「ファルマさん、大丈夫ですか?」
「はい……大丈夫です……ただ……思い出して……」
ファルマは小さく頷いた。
黄金の剣のアーロンも、飛竜を召喚していたという。
その飛竜に乗って、王都を目指していた。
だが、最後は囮となって追っ手を引き付けた。
「すみません……楽しそうにしてしまって……」
俺は申し訳なく思った。
「いえ……大丈夫です……榊さんが……楽しんでいるのを見ると……少し、救われます……」
ファルマは小さく笑った。
「ありがとうございます」
俺は、ファルマの強さを感じた。
こんな辛い経験をしながらも、前を向こうとしている。
そんなファルマを、絶対に守らなければ、と俺は思った。
飛竜は、あっという間に王都に到着した。
眼下には、巨大な城壁に囲まれた街が広がっている。
その中心には、立派な城が聳え立っている。
「あれが、王都ヴァレリアか……」
俺は感嘆の声を上げた。
こうして、俺たちは王都に降り立った。
新たな戦いが、始まろうとしていた。
禁断の陶酔薬
王国において特級禁止薬物に指定されている薬。作るには高度な薬師としての腕が必要。服用すると強烈な多幸感に包まれ、他のことがどうでもよくなる。中毒性が非常に高く禁断症状も激しいため、一度手を出せば最後、この薬を求め続けることになる。
服用を続けるうちに徐々に自我が削られ、自ら考えることができない人形のような存在と化す。
この薬の最も恐ろしい点は、その状態に陥っても本人の技量や魔法の腕が一切衰えず、死を恐れず命令に忠実な、極めて優秀な死兵となることである。
製造はもちろん、所持しているだけでも一族郎党が死刑となる、極めて厳しい罰則が科せられている。




