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獣たちの咆哮

 「おい湊、準備はいいか」

 高橋(ゴリ)の野太い声が、俺の背筋を叩いた。

 篠原さんとの甘酸っぱい時間は終わりだ。

 ここから先は、男たちの聖域。

 グラウンドの中央には、各クラスから選抜された屈強な男たちが集結している。

 最終種目、騎馬戦。

 それもただの騎馬戦ではない。各ブロックの得点が拮抗し、この一戦で優勝が決まる大一番だ。

「ああ、いつでもいける」

 俺はハチマキを締め直した。

 前衛は俺。

 後衛は高橋。

 横を支えるのは健太。

 そして上に乗るのは、軽量級にして特攻隊長の山本。

 俺たちは円陣を組んだ。

「作戦はねえ。目の前の敵を潰す。それだけだ」

「シンプルでいいな」

「湊、お前が崩れたら終わりだぞ。踏ん張れよ」

「任せろ。どんなやつが相手でも動かねえよ」

 ニヤリと笑い合う。

 言葉はいらない。

 漂うのは制汗剤の匂いではなく、濃密な汗と土埃の匂い。

 ピィィィッ!

 開始の笛が鳴り響く。

 瞬間、グラウンドが戦場に変わった。


 砂が舞う。

 怒号が飛ぶ。

 地響き。

「行けぇぇぇ!!」

 山本の叫びと共に、俺たちは突っ込んだ。

 正面から敵騎馬が迫る。

 柔道部主将率いる赤組の主力部隊だ。

 ドスン。

 鈍い衝突音。

 肩に衝撃が走る。

 重い。

 砂利が痛い。

 骨が軋む。

「押し込め! 負けんじゃねえ!」

 後ろから高橋が吠える。

 俺は歯を食いしばる。

 足裏で地面を掴む。

 太腿の筋肉が悲鳴を上げる。

 相手の騎馬の前衛と目が合う。

 向こうも必死だ。血走った目で俺を睨んでいる。

 殺気。

 遊びじゃない。

 これはプライドを懸けた殺し合いだ。

「右から来るぞ!」

 健太の声。

 別働隊が側面を狙ってきた。

「させねぇよ!」

 俺は体幹を捻り、体当たりで弾き返す。

「ぐっ……つえぇ!」

 敵がよろめく。

 その隙を見逃すな。

「山本、今だ!」

 俺たちが一歩踏み込む。

 山本が身を乗り出す。

 敵の騎手の腕を払う。

 指先がハチマキに触れる。

「オラァッ!」

 引き千切るような音がした。

 敵の帽子が宙を舞う。

「一騎撃破ぁ!!」

 審判の声。

「っしゃあ!!」

 俺たちは雄叫びを上げた。

 だが、休む暇はない。

「次だ! 大将首を取りに行くぞ!」


 乱戦。

 生き残っている騎馬は少ない。

 俺たちの呼吸も限界に近い。

 肩に乗る山本の重さが、鉛のように増していく。

 顎が痛い。

 膝が笑う。

 肺が焼ける。

「湊、大丈夫か!」

「……問題ねえ!」

 嘘だ。立っているのがやっとだ。

 だが、ここで膝をつくわけにはいかない。

 俺の背中には仲間がいる。

 俺が倒れれば、こいつら全員が泥を舐めることになる。

「ラストォ! 決めるぞ!」

 残る敵は一騎。

 相手もボロボロだ。

 睨み合い。

 一瞬の静寂。

 風が止まる。

「うおおおおおッ!!」

 俺たちは同時に駆けた。

 最後の激突。

 衝撃で視界が揺れる。

「取れぇぇ山本ォォ!!」

 俺は最後の力を振り絞り、敵の懐へ飛び込んだ。

 防御を捨てた特攻。

 敵がバランスを崩す。

 山本の腕が伸びる。

 敵の手が山本のハチマキにかかる。

 クロスカウンター。

 世界がスローモーションになる。

 俺の目に見えたのは、宙に舞う赤いハチマキ。

 敵のものだ。

 俺たちの頭上には、まだハチマキが残っている。

「……勝者、青組ィィ!!」


 笛の音が長く尾を引く。

 緊張の糸が切れた。

 俺たちは崩れ落ちるように膝をついた。

「……勝った……」

「やりやがった……!」

 山本が俺の上から転がり落ち、そのまま俺に抱きついてきた。

「湊! お前最高だ! あの踏み込み、マジで神がかってたぞ!」

「お前こそ、よく取ったな……」

「湊、生きてるか?」

 健太と高橋が、泥だらけの顔で覗き込んでくる。

「……ああ、足パンパンだけどな」

 俺が答えると、二人はニカッと笑い、俺の両脇を抱えて無理やり立ち上がらせた。

「立つんだよ! 優勝だぞ!」

「痛ぇって! でも……悪くないな」

 グラウンド中からの大歓声。

 さっきまでの黄色い声援とは違う、野太く、腹の底に響くような称賛の嵐。

 俺たちは肩を組み、円陣を作った。

「よっしゃあ!!」

 誰からともなく叫び、互いの背中を叩き合う。

 汗でベタベタでも、泥で汚れていても、そんなことはどうでもよかった。

 ここにあるのは、言葉などいらない確かな熱だけ。

 結愛の支配も、篠原さんへの恋心も、今は関係ない。

 ただ、全力を出し切った男たちの、清々しい充足感だけが俺の胸を満たしていた。

 俺は空を見上げた。

 茜色に染まる空が、滲んで見えた。

 最高の体育祭だった。

 心から、そう思えた。

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