砂塵のカーニバル
乾いた破裂音が青空を裂く。
号砲一発。
100メートル走のスタート。
選手が弾かれるように飛び出す。
スパイクが地面を噛む。
土塊が跳ねる。
砂煙が舞い上がる。
それを後続の選手が切り裂いて走る。
加速。
腕を振る。
腿を上げる。
風を切る音。
荒い呼吸音。
ゴールテープが白く光る。
一瞬の交錯。
歓声が爆発する。
俺はテントの下でそれを眺めていた。
視界を流れる極彩色の景色。
飛び交う怒号と声援。
誰もが主役になり、誰もが勝利に飢えている。
その熱量が、今の俺には酷く遠い。
まるで防音ガラス越しに見ている映画のようだった。
俺の鼓膜には、歓声よりも昨日の篠原さんの嗚咽がこびりついて離れない。
「次、綱引き! 男子全員集合!」
招集の声がかかる。
俺は無言で立ち上がり、列に加わった。
目の前には、巨大な蛇のような太い麻綱。
「構えて」
雪乃宮の声が響く。
彼女はジャージの袖を捲り上げ、先頭で仁王立ちしていた。
「腰を落として。地面と太腿を平行に。綱は脇で挟むの。手だけで引かないで」
的確で冷徹な指示。
ピィッ!
笛が鳴る。
世界が重力を持つ。
綱が軋む。
ミシミシという不穏な音。
筋肉が膨張する。
血管が浮き出る。
「そーれ!」
「引けぇ!」
全員の掛け声が重なる。
振動が掌を伝う。
皮膚が擦れる痛み。
土煙が足元を覆う。
相手チームの顔が歪む。
均衡が崩れる。
一センチ。
また一センチ。
中央の赤い布がこちらへ傾く。
「今よ! 」
雪乃宮が叫ぶ。
「「「オラァァァッ!!!」」」
爆発的な力。
敵陣が崩れ落ちる。
雪崩れ込む体。
勝った。
ハイタッチを交わすクラスメイトたち。
俺も求められるまま掌を合わせる。
だが、俺の心拍数は上がらない。
ただ、重いものを引いただけの作業。
そこに達成感はなかった。
クラス対抗リレー。
グラウンドの熱気は最高潮に達している。
バトンが渡る。
汗が飛ぶ。
想いを繋ぐ。
誰かのために走る。
それは「信頼」の可視化だ。
俺のポケットの中。
クシャクシャになった赤い紐。
二人三脚で使うはずだった「絆」。
それが今はただのゴミのように眠っている。
トラックではアンカーが走っている。
一位でゴール。
抱き合う選手たち。
涙を流す女子生徒。
美しい光景だ。
だが、その光が強ければ強いほど、俺の足元に落ちる影は濃くなる。
篠原さんは今頃、何をしているだろう。
まだ部屋で震えているのだろうか。
俺がこうしてのうのうと体育祭に参加している間も、彼女は傷ついたままなのだ。
「……湊くん、顔色悪いよ」
不意に声をかけられた。
隣に、雪乃宮が立っていた。
彼女は冷たいスポーツドリンクを飲んでいる。
「……そ、そうかな。ちょっと寝不足で」
「非効率ね。睡眠不足はパフォーマンスを低下させるわ」
彼女は淡々と言うが、その視線は鋭く俺を観察していた。
「あるいは、精神的なデバフがかかっているのかしら」
「……え?」
「貴方、さっきからずっとここではないどこかを見ているわ。……チームの和を乱す要因になりかねないから、指摘しておくけれど」
彼女は言い当てた。
「悩みがあるなら解決なさい。それが無理なら、切り離して集中しなさい。……今の貴方は、とてもじゃないけど見ていて痛々しいわ」
彼女なりの不器用な激励なのかもしれない。
だが、切り離すことなどできない。
この祭りの喧騒の裏側に、あの甘い毒のような結愛の囁きが張り付いているのだから。
「次は……借り物競走か」
プログラムが進む。
高木の欠席により、俺が出ることになった種目。
そして、この体育祭のメインイベント。
俺は重い腰を上げた。
これとあと少しの競技が終われば、またあの家へ帰らなければならない。
そんな憂鬱を引きずりながら、俺はスタートラインへと向かった。




