不協和音の円陣
「選手宣誓!」
放送部の進行と共に、朝礼台に一人の女子生徒が登壇した。
青空を切り裂くような、凛とした立ち姿。
腰まで届く艶やかな黒髪のロングストレートが風に揺れる。
俺たちのブロック長を務める、雪乃宮怜。
学年一位の成績を誇り、妥協を許さない性格から「氷の女王」なんて陰で呼ばれている彼女が、なぜ体育祭の団長を引き受けたのかは謎だった。
「宣誓。我々選手一同は」
マイクを通さなくても通るような、硬質で透き通った声が響く。
「スポーツマンシップに則り、と言う定型文は省略します。我々はただ勝利という結果のみを追求し、論理的かつ効率的に肉体の限界に挑むことを誓います」
会場がざわついた。
あまりに事務的で、しかし妙な迫力のある宣誓。校長なんかは口が開けっぱになっている。
「以上。選手代表、雪乃宮怜」
彼女は表情一つ変えず、一礼して壇上を降りた。
感情論を排し、理屈で勝利を定義するその姿は、ある意味で潔く、そして圧倒的に美しかった。
俺はそれを、まるでテレビの向こうの出来事のようにぼんやりと眺めていた。
彼女の放つ強烈な自立心と輝きは、今の薄汚れた俺とは対極にあるものだったからだ。
「青ブロック、集合」
開会式が終わると、雪乃宮の声がかかった。
彼女の周りに、俺たち青組の生徒が集まっていく。
俺も流れに身を任せ、人波に押されるようにして集団の中に紛れ込んだ。
中心に立つ雪乃宮は、腕組みをして俺たちを見回した。
「これより円陣を組みます。士気の向上が目的です」
彼女は教科書を読むように言った。
「私は他者との馴れ合いは好みませんが、集団競技において意識の統一は不可欠です。よって、これより勝利への意思確認を行います」
不器用だ。
彼女なりに皆を鼓舞しようとしているのは分かるが、言葉選びが硬すぎて、どこか滑稽ですらある。
だが、その真剣な眼差しに当てられたのか、周囲の男子たちが「おおっ、やってやるか!」と盛り上がり始めた。
「手を出して」
雪乃宮が白い手を差し出す。
それに重ねるように、数十人の手が中心に集まる。
俺も遅れて、力なく右手を差し出した。
熱い。
皆の手のひらの熱気が、俺の冷え切った指先に伝わってくる。
「我々の目標は優勝のみ。妥協は許しません。……行くわよ!」
雪乃宮が声を張り上げる。
普段の冷静な彼女からは想像もつかない、少し裏返った、けれど魂の乗った叫びだった。
「青ブロック、絶対勝つぞー!!」
「「「おーっ!!!」」」
空気が震えるほどの咆哮が上がった。
皆が拳を突き上げ、笑顔で顔を見合わせる。
その熱狂の渦の中心で、俺だけが取り残されていた。
拳を上げるタイミングがワンテンポ遅れる。
口だけは動かしたが、声は出なかった。
皆が勝利を誓っているこの瞬間、俺の脳裏を占めていたのは、昨日の公園で泣いていた彼女の顔だった。
もし彼女がここにいたら。
この円陣のどこかで、俺と一緒に手を重ねていただろうか。
「頑張ろうね」と笑ってくれただろうか。
歓声が遠く聞こえる。
俺の手は、誰とも繋がっていないような錯覚に陥っていた。
雪乃宮の完璧な論理も、クラスメイトの熱気も、今の俺の胸に空いた穴を埋めることはできなかった。
俺は空っぽのまま、祭りの喧騒の中へと放り出された。




