表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/28

熱狂と喧騒のホームルーム

 「えー、それでは体育祭の種目決めを行う! 全員、自分の出たい種目を考えてくれ!」

 担任が去った後のホームルーム。

 教卓に立った体育委員の飯田(いいだ)が声を張り上げると、教室は一気に沸き立った。

 黒板には白いチョークで『体育祭エントリー表』と大きく書かれ、その下に種目名がズラリと並んでいる。

 「男子100メートル走、誰かいないかー!?」

 飯田がチョークを叩きつけるようにして問う。

「俺いくわ! タイム計ったら一番速かったし!」

 サッカー部の武田(たけだ)が真っ先に手を挙げた。

「おお、武田なら安心だな。あと一枠!」

「じゃあ俺も。武田には負けるけど、ポイント稼ぐくらいなら」

 バスケ部の小林(こばやし)が続く。

「女子はどうする? リレー!」

「あ、私やりたーい! アンカーはミサね!」

「えー、私!? まあいいけど、絶対バトン落とさないでよ?」

 ギャルっぽい見た目の絵里えりとミサが盛り上がっている。

 いつものクラスの風景。

 「おい湊! お前どうすんだよ?」

 隣の席の健太が、俺の背中をバシッと叩く。

「猫ヒゲパワーで短距離とかどうだ? 相手が笑って走れなくなるかもな!」

「うるさいな。……短距離は無理だ。運動部には敵わないって」

 俺が苦笑して返すと、前の席の篠原さんが振り返った。

「湊くん、意外と瞬発力ありそうだけどな。あ、でも持久走とか?」

「持久走は勘弁してくれ。……俺はチーム競技の方がいいかな」

「お、いいねぇ湊。協調性が出てきたな!」

 クラスのお調子者、田中(たなか)が机を乗り出して会話に入ってくる。

「じゃあ湊、綱引きどうよ? お前、結構背あるし戦力になるべ」

「綱引きか……悪くないな」

 俺が頷きかけると、教室の隅にいた文化系の佐藤(さとう)がボソッと言った。

「綱引きはガチ勢のクラスが多いから、湊くんみたいなタイプは大縄跳びでリズム刻む係の方が向いてるんじゃない?」

「あー、たしかにな。佐藤の言うことも一理ある」

「いや、湊は手先器用だから、障害物競走とかどうよ?」

 あちこちから声が飛んでくる。

「湊くんはどう思う?」

「湊、これ空いてるぞ!」

 以前なら、再婚したばかりの親を持つ「事情あり」な俺に、ここまで気安く声をかけてくることはなかっただろう。

 昨日の罰ゲームが、皮肉にも俺とクラスメイトたちの間の見えない壁を壊してくれたのだ。

 俺はこの喧騒が、心地よかった。


 「男子の華、騎馬戦! これ決めるぞ!」

 飯田の声に、男子たちが野太い声を上げる。

「これはガチだろ! 上は誰がやる?」

「身軽な奴がいいよな。……おい、山本(やまもと)! お前軽いから上いけ!」

「えー、俺高いところ怖いんだけど……」

「大丈夫だって! 下は屈強な奴らで固めるから!」

 クラス中が作戦会議のような熱気に包まれる中、健太が俺の肩を組んだ。

「よし、湊。俺とお前で『馬』やるぞ。後ろはラグビー部のゴリ……えーと、高橋(たかはし)に頼もう」

「俺が前か?」

「おう。お前、体幹しっかりしてるし、当たり負けしなさそうだからな」

「……わかった。やるからには勝つぞ」

 俺が力強く答えると、周囲の男子たちが「おーっ!」と盛り上がる。

「おい!湊がやる気だぞ!」

「湊の騎馬、強そうじゃん。俺ら別動隊でサポート回るわ」

「頼んだぞ湊ー!それとあと健太は、うん」

「おれにもちゃんと応援しろよ!?」

 クラスの全員とグータッチを交わすような一体感。

 結愛という個の重力に縛られ続けていた俺にとって、この集団の一部になれる感覚は、何よりの救いであり、新鮮な喜びだった。

「よっしゃ、湊と健太チーム決定! あと借り物競走、誰かいないかー?」


 順調に決まっていた種目決めだが、一つの種目で手が止まった。

「えー、『二人三脚リレー』……男女ペアか。これ、誰かいない?」

 教室が一瞬、静まり返る。

 男女ペアの競技は、冷やかされるのがオチなので皆敬遠しがちなのだ。

「誰もいないなら、くじ引きにするぞー」

 飯田が箱を取り出そうとした時、篠原さんがスッと手を挙げた。

「あ、私余ってるから出るよ。誰か一緒に走ってくれる人いない?」

 クラスのマドンナ的存在である篠原さんの立候補に、男子たちが色めき立つ。

「は、はい! 俺行きます!」

「いや俺だろ!」

「抜け駆けすんなよ!」

 一転して激しい争奪戦が始まった。

「ちょ、みんな落ち着いて! ……じゃあ、公平にジャンケンね!」

 男子数名によるジャンケン大会が始まった。

 俺はそれを苦笑しながら見ていた。

(すごい人気だな……それはそうか。篠原さんだもんな)

 そう思ってリラックスしていた時だ。

「あ、湊くん」

 篠原さんが争う男子たちをよそに、俺の方を見てニコリと笑った。

「湊くん、まだ一種目しか出てないよね? 騎馬戦だけだと体力余っちゃううんじゃない?」

「え? まあ、そうかもしれないけど……」

「じゃあさ、湊くんが一緒に走ってくれない? 私、背の高い人と組んだ方が走りやすいんだよね」

 教室の空気が固まった。

 ジャンケンをしていた男子たちが、一斉に俺を見る。

「えっ、俺?」

「うん。昨日の猫ヒゲ見て思ったんだけど、湊くんって意外とノリいいし、息合いそうかなって」

 篠原さんは悪戯っぽく笑う。

「ダメ……かな?」

 クラス中の視線が俺に突き刺さる。

 健太が小声で「おい、断れる空気じゃねーぞ。行けよ幸せ者」と脇腹を突いてきた。

 ここで断れば篠原さんに恥をかかせることになるし、何よりクラスの盛り上がりに水を差すことになる。

 俺は覚悟を決めた。

「……わかった。俺でいいなら、頑張るよ」

「やった! ありがとう湊くん!」

 篠原さんがパッと顔を輝かせる。

「ヒューヒュー! 湊、やるなぁ!」

「猫ヒゲ効果すげえ!」

「お似合いだぞー!」

「くそー!」

 クラス中から冷やかしと歓声が上がる。

 黒板の『二人三脚』の欄に、俺と篠原さんの名前が並んで書かれた。

 白チョークの文字が、妙に眩しい。

「よろしくね、パートナー」

 篠原さんが俺の席まで来て、小さな声で言った。

「ああ、足引っ張らないようにするよ」

 教室は熱気に包まれ、俺はその中心で確かな居場所を感じていた。

 だが、その時の俺は忘れていたのだ。

 この学校の、俺たちの教室がある方角を、GPSという目を通して、冷ややかな視線で見つめている存在がいることを。

 黒板に書かれた俺と篠原さんの名前。

 それが結愛にとって宣戦布告のリストに見えるであろうことを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ