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翡翠の歌姫は声を隠す【中華後宮サスペンス】  作者: 雪城 冴
一章 楽府オーディション編
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1-7 最善策

 

 昊天(ハオテン)項垂(うなだ)れ、まるで時が止まったように他の者も身動(みじろ)ぎしなかった。


 この空気の中、言葉を発する強心臓はさすがにいないようだ。


「さて――」


 蒼瑛は切り替えたのか、翠蓮に優しい声色で話しかける。


「巻き込む形になりすまなかった」


「私の実力不足でご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした」


 翠蓮には、宮廷内に派閥があって勢力争いをしているなど想像もつかないことだった。

 それよりも、自分のせいで蒼瑛が疑われたことに胸が痛い。


「いや、……今回のことは私の責任なんだ。何か希望を言ってくれないか?」

 翠蓮は思案するように黙っていたが、口を開く。


「あの、信じていただけるか分かりませんが本当に不正はしておりません。

可能なら再試験をお願いいたしたく……」


 蒼瑛は笑いをこらえきれなくなった。


「いや、それは分かっている。希望なら再試験も行おう。

だが、こんなことがあった後では直ぐには難しいだろう? 何日かかっても良い。落ち着いた頃声をかけてくれれば……」


 陳偉がそっと口を挟む。

「蒼瑛殿下、それでは予定が全てが後ろ倒しに……

仮に一週間延期になれば、ざっと見積もっても、千貫(せんかん)は下りますまい……」


「さすが陳偉、算盤(さんばん)が立つな――ではなく、こんな状態ですぐに再試験を行えと言うのか。

お前なら平常心で歌えるのか……?」


 蒼瑛の言うことはもっとで、陳偉は黙った。


 二人がひそひそと相談しているのを見て趙霖(ショウリン)が声をあげた。


「お二人共、その件ですが……私は翠蓮の再試験は必要ないと思っております」


「どういう意味だ?」


「彼女は何度伴奏を変えても、曲の雰囲気を捉えて歌唱できるはずです。

非常に良い耳を持っている」


 香蘭も参戦する。


「私も趙霖と同意見ですわ。譜は書けないですが、そんなものは後からどうとでもなります」


 横槍が入ったが、途中までの歌唱で翠蓮の歌は十分伝わっていた。


「それに度胸もあるわ……ね?」


 香蘭は翠蓮に目配せする。

 結局、昊天(ハオテン)燕宇(エンウ)を除く全員が、翠蓮は合格だと判断した。



(絶対駄目だと思っていたのに……)

 翠蓮は信じられずに呆然と立っていた。



「最終試験も期待しているよ」

 趙霖のその言葉を聞いて、翠蓮は声も出せず、ただ大きく頷くのが精一杯だった。


 




 審査の間を出た翠蓮は自分の部屋に戻り、寝台に腰掛ける。


 庇うように前に立ってくれた蒼瑛。本当は彼にしがみつきたいほど怖かった。

 なのに、あの昊天(ハオテン)に向かっていけた自分を思うと、翠蓮は不思議だった。



「機会をもらえたんだ、あともう少し……合格したい」


 明日の最終試験の曲は、母がよく歌ってくれた揺りかごの唄に決めていた。


――翠蓮の声、大好きよ

 十年前に亡くなった母は、最期まで声を褒めてくれていた。

 顔はおぼろげなのに、母の歌声だけは今もはっきりと耳に残っている。


 気づけば、懐かしい旋律(メロディー)を口ずさんでいた。



◇ ◆


 一方、宮廷内では蒼瑛が不正受験に関わったという噂で持ちきりだった。

 人の口に戸は立てられぬとはよく言ったものだ。


 中にはだいぶ脚色されて、蒼瑛が昊天(ハオテン)を打首にするだとか、炎辰が怒り狂って(よろい)を素手で叩き割っただのとも囁かれていた。

 まぁ炎辰の方は脚色ではないかもしれないが。


 しかし当の蒼瑛はどこ吹く風、だ。


「好きにさせておけ。かえって楽府の宣伝になって良いだろう」


「しかしこのままでは直ぐに皇帝陛下のお耳に入りますぞ……

それに明日の最終試験の野次馬も増えるのでは……」


 陳偉は眉をひそめる。


「うーん……確かに。受験者に失礼があっては困るしな……」


 蒼瑛は視線を空に預け、思いついたというように手を打った。


「陳偉、名案を思いついたぞ!」


 陳偉は嫌な予感を隠さない。

 過去の経験則から、こういう時の蒼瑛は大体突拍子もないことを言い出すのだ。


「……えぇ……! しかし……それは……」


 案の定、陳偉は渋い顔をした。

 しかし蒼瑛の言う通り、それが最善策という気もしてくる。


「ですが……今から打診して間に合いますかね。会場の手配も……」



 蒼瑛はにっこり微笑んだ。


「優秀な臣下がいてくれて助かるよ」


 蒼瑛が幼い頃から、教育係として側にいた陳偉。

 陳偉が蒼瑛のことを大体分かっているように、その逆もまた然りなのだ。


 陳偉は肩をすくめると、

「できる限りのことはやってみますが……」

 と言い、すぐに最終調整に走り出した。 



「さぁ、陳偉にばかり頼ってはいられないな」


 蒼瑛は「芸術や教養で国を豊かにしたい」と考えていた。楽府創設はその第一歩だ。


 反対派の指摘通り、統治されたとはいえ隣国とは緊迫した状況が続いている。

 蒼瑛も武力の大切さは理解していた。


「だが、弱い者が犠牲になるのは見たくない……」


 彼の胸に、怯えながらも昊天(ハオテン)に立ち向かった少女がよぎる。


「やはり……君なのか――?」


 意味深な言葉を残し、蒼瑛は温かくなった春風に目を細めた。



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