1-2 合否と龍の紋章
中々合否を口にしない蒼瑛に、翠蓮は焦れる思いだった。
(もう、どちらでも良いから、早く答えて――)
翠蓮が緊張に耐えきれず目を閉じた時、蒼瑛はやっと声を発した。
「……合格で問題ない」
その言葉を受け、審査員は手元の書類を読み上げる。
「では翠蓮、明日二次試験を行いますね。今日は部屋を用意しますので宿泊を……」
『合格』の評を耳にし、先ほどまでの緊張が一気に解けていく。 翠蓮は思わず膝を折り、漆塗りの木の床に力なく腰を下ろした。
「大丈夫か――」
そう聞こえたと思ったら、次に翠蓮は蒼瑛に支えられていた。
彼に触れられた指先が、雷が走ったように痺れる。
「――っ」
懐かしい思いが胸の奥に流れ込んでくる。
経験したことのない感覚に、翠蓮は息を飲む。
「失礼! つい……」
蒼瑛は手を離し、顔を伏せた。わずかに頬が赤いように見える。
彼は軽い咳払いをし、右腕である陳偉に手を上げた。
「一人では心配なので、部屋まで付き添ってやってくれないか」
「承知いたしました。蒼瑛さま」
翠蓮は、陳偉の後について覚束ない足取りで試験の間を後にした。
◇ ◆
試験の間を出た翠蓮は、陳偉と共に広大な陽華宮の敷地を歩いていた。
朱塗りの柱や木の透かし彫りが並ぶ廊下。
(……まさに豪華絢爛)
故郷にいたら一生目にすることはなかったであろう煌びやかさに、翠蓮は忙しく首を動かす。
不意に目が止まる。
廊下の突き当たりにある、人の背丈ほどもある大きな絵。引き寄せられる様に足を進める。
「これは……?」
絵の中心には太陽が描かれている。
その周りを囲うように、赤い昇り龍と、青い降り龍が躍動していた。
陳偉が口を開く。
「そちらは皇族の紋章ですよ。陽国の神話になぞらえているんです」
それなら翠蓮も知っていた。
二匹の龍の争いを“声”で鎮めた者がいて、龍は宝になった――
そんな話だった。
親代わりに翠蓮を育ててくれた村の楽団長はこの話が大好きで、「音楽には特別な力があるんだぞ!」と何度も話していたっけ。
陳偉は目を細めて続ける。
「歴史上も声を持つものは実在したとあります。
私共は、楽府がその再来になることを願っております」
賢そうな陳偉が理想を語ると、なぜか熊のような楽団長と重なった。
(見た目は似てないのに、不思議だな)
心を和ませていると、ふと龍の目が鋭く光ったように見えた。
(えっ!?)
慌ててもう一度絵を確かめるが、先程の光は失われていた。
「どうかされましたか?」
「いえ……」
陳偉は心配そうにこちらを見ている。
(優しい……)
先ほどまで宮女達に泥だらけにされたことを思うと、少しの優しさも身に沁みる。
聞けば陳偉は、蒼瑛皇子の幼い頃から教育係として仕えているらしい。
「さぁ、お部屋はこちらでございます」
翠蓮の視線の先には重厚な木の開き戸がある。陳偉に礼を言い、そっと扉に手をかける。
一人部屋のはずなのに、中に人の気配を感じる。
(……誰かいる?)
耳を澄ますと、微かに布が擦れるような音がした。
気のせいじゃない――




