3-1 紫雲と凌暁の報告
炎辰の書斎にて、二人の声が静かに響いている。
「衣装の件、自白したらしいな」
炎辰の言葉に女の影はピクリと反応する。
「紅綿のことですか?」
「あぁ」
炎辰の視線を受けるが、女は涼しい顔で答えた。
「私はあくまで遠くから"けしかけただけ"ですわ。舞台は成功しましたが……楽府から罪人が出ただけで十分でしょう」
炎辰は無言で女を見つめる。返事をしない彼に、女はくすっと笑う。
実用一択のようにきっちり結った髪は、彼女の抜け目のない性格を示していた。
「対象と接触はしていませんが、念のため炎辰殿下との連絡は烈楊さまを通します」
「あぁ、わかった」
部屋から出ていく影を見送るでもなく、炎辰は間を開けず烈楊を呼んだ。
「お呼びでしょうか、炎辰殿下」
「あぁ、内部調査院の件はどうなっている」
「そろそろ蒼瑛殿下のお耳に入る頃かと……しかし漏洩経路は掴めないでしょう。
また、続きは当初の計画通り進めます」
◇ ◆
昼下がり。蒼瑛が書斎にていつものように、うず高く積まれた書類に目を通していると、陳偉が凌暁を伴ってやってきた。
蒼瑛は、絢麗から紫雲のことを聞いていた。
紫雲は内部調査院しか知り得ぬ情報を持っていたという。
早速、二人に紫雲を調べるよう依頼したため、今日はその報告だろう。
「まだ調査途中ではありますが、紫雲殿について調べてまいりました。彼女は地方官史一族の傍流の出生です。家名は悪くはないですが、政治的影響力は弱いかと」
手元の資料を見つつ凌暁の報告は続く。
「十代前半で、後宮の歌坊に入っています。しばらくは目立つ存在ではなかったようですが……二年前から突然大きな舞台や役を与えられるようになっていますね。」
蒼瑛は筆を止めると、書類を横において問いかける。
「二年前に何かあったのか?」
凌暁の代わりに、陳偉が口を開いた。
「炎辰殿下と出会ったころでしょうな……」
「兄上と出会ってから、歌の才能が伸び始めたと?」
何といえば良いか分からないという風に陳偉は口ごもる。凌暁はその様子に全く気が付かず、なんのことはないという風に答えた。
「紫雲殿は、炎辰殿下と関係がお有りなので」
「……兄上の想い人ということか?」
蒼瑛は驚いた顔で聞き返す。あの炎辰に、そのように特別大切に思う人がいるとは知らなかった。
「いえ?炎辰殿下の "複数" いらっしゃるお相手のうちの一人ということです。」
蒼瑛は、凌暁のその言葉を聞いて固まった。
陳偉は手で目を覆っている。言葉を選べというように、凌暁を肘でつつくが、当の凌暁は何が悪かったかなぞ気にしていないようだ。
「……そ、それは……規律違反ではないのか?」
蒼瑛は目を泳がせて動揺を隠さぬまま言う。
皇子は女性関係も政治事の一つとみなされるため、本来は皇帝や皇后の許可なしに" そういったこと "は御法度のはずだった。
あまつさえ"複数"いるということに蒼瑛は衝撃を受けていた。
陳偉は歯切れ悪く答える。
「表向きはそうでございますが……皇帝陛下は黙認されています。」
皇帝自体が奔放で、皇子たちを縛りつけるタイプではない。おおよそ、成人した息子の女性関係に口出しなどしたくないというところか。
蒼瑛は、頭の中で炎辰の挑発を思い出す。
――翡翠の鳥はどんな声で
「いやいや……」
その続きは思い出さぬように頭を振る。ただの揺さぶりと思ったあの台詞だが、まさか、兄は本当に翠蓮を"そのような"対象として見ているのかもしれない。
そう考えると蒼瑛は気分が悪くなってくる。
頭を抱える蒼瑛を気遣うように陳偉が言う。
「その、蒼瑛さまは下世話な噂話や、それを利用して相手を突くことはお嫌いですので……今まで特にお話はしませんでした。」
蒼瑛はしばし考えた。いや、考えたと言うより時間を置いた。冷徹残忍なことで有名なあの兄が、一人の女性を一途に愛するところなど確かに想像はできない。
だが、だからといって――
「そうか……まぁ兄上は血気盛んだからな……」
どこへ向けていうでもなく、自分を納得させる。蒼瑛は気を取り直して先日の衣装破損の件について尋ねる。
「それで、紅綿はなんと申しているのだ。」
内官府の再調査により、最後に衣装に触れたのは紅綿だということ、袖口から小さな刃が出てきたことが決定打となった。
「紅綿は、嫉妬から衣装破損を企てたと供述しているようですね。組織や誰かに指示されたということは話していないと聞いています」
「内部調査院の情報を紫雲が知っていたという話から、他にも複数名関係しているかと思ったが……」
蒼瑛は腕を組み考え込む。
黒幕は紅綿ではないだろうが、どうやらこの件は彼女の単独犯ということで幕引きになりそうだ。
「ご苦労だった。引き続き、内部調査院の情報が漏洩した経緯を追ってくれ」
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※年内は物語のストックと調整に集中したく残り12/20(土) 12/27(土)に更新予定です。
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