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2-10 内官府


 北方の饗宴の後、蒼瑛(ソウエイ)陳偉(チンエイ)と共に控室へ向かった。



 控え室では内官府(ないかんふ)による取り調べが続いていた。

 薄暗い灯りの下、膝をつかされた針子や歌人たちが沈黙のまま並んでいる。

 緊張で張り詰めた空気は、饗宴の華やぎとはまるで別世界だった。


 凌暁は、蒼瑛と陳偉の姿を見つけるや、駆け寄ってきた。

 彼は年は二十半ばと若いが、行動力があるところを買われた。若さ故か歯に衣着せずはっきり物を言うが、蒼瑛はそこも気に入っている。最近では陳偉と共に炎辰派の情報を調べたり、雑務を担っていた。


「お二人とも……!まだ続いてます。衣装が破れた件、“故意かどうか” で、内官たちが徹底的に詰めています」


 控え室の中央では針子が震えながら無実を訴えていた。


「私ではありません!縫い目が甘かったのは、私の不手際ですが……故意に狙ったものでは……」



 陳偉は小声で囁いた。


「…… 賓客への不敬となれば、過失でも重く罰せられますな」



 ちょうどその時、壮年の宦官の声が鋭く跳ねた。


「では誰がしたと申すのだ! 言えぬのなら、細工をしたのはお前と見なす! 皇帝の賓客の前で失態など、決して許されぬ!」


 宦官の手が針子の肩を乱暴につかもうと伸びた時、蒼瑛が一歩踏み出した。


「……お待ちいただきたい」


 宦官が動きを止めて蒼瑛を見る。


「この裂け方、刃物で内側から切れ目を作った痕跡がある。縫製の過失とは違う」


 蒼瑛の言葉に控え室内でざわめきが起こる。

 宦官は不愉快そうに言う。


「それが、何の証になりましょう?」


 蒼瑛は静かに続けた。

「針子が故意に細工したというのなら、その“切込みの跡”が、彼女の道具と一致するはずだ」



 陳偉がすぐに応じた。

「さきほど、彼女の裁縫道具を確認しましたがこの裂け目の形状と一致しませんな」


 宦官の顔に、わずかな動揺が走る。


 凌暁が控え室にいた別の女性たちを指す。

「衣装を運んだのはこの者たちでしょう?」

 女性たちは顔を青ざめさせる。その中にいた紅綿(コウメン)が視線をそらした。


──その様子を、蒼瑛は見逃さなかった。



「この場で無理に罪を押しつけることは、かえって“宮中の監督不行き届き”を示すことになりましょう」


 その言葉に、宦官の表情が凍りつく。数秒の沈黙の後、宦官は手を振り下ろした。


「この場の者、全員再調査とする。針子、ひとまず控えていろ」



 ひとまず罪のないものを罰することは防げたようだ。蒼瑛は小さく息をつくと部屋を出た。



 翠蓮が一人待つ部屋の前に着き、扉を叩くが返事がない。


(まさか、なにかあったか!?)


 蒼瑛は翠蓮を一人にしてしまったことを後悔する。



 慌てて部屋に入ると、机に突っ伏して寝ている翠蓮がいた。


「よかった……」

 安堵のため息をついて、隣に腰を下ろす。


 静かな寝息が聞こえる程近い。

 寝顔を見つめてそっと頬に――触れようとしたが、理性が働く。

 自身を落ち着かせるように息を吐いた。


「いや、何をしようとしているんだ私は……完全な一方通行だというのに。迷惑極まりないな……」


 このまましばらく寝顔を見るだけなら許されるだろうか。北方の不吉な噂話や、宮廷の陰謀のこととは離れ、翠蓮には幸せな夢を見ていてほしい。

 

 警戒心が緩み、ついまぶたを閉じてしまう。連日の無理がたたり、気を抜くと意識を持っていかれそうだ。


(駄目だ……)


――もっと見ていたいのに


 蒼瑛の意識は、眠りと共に十年前に(いざな)われていった。





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