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更新停止  作者: 雪城 冴
二章 歌姫の競演編
17/31

2-3 衝突

 ◆


 さらに数日が経過した。

 翠蓮(スイレン)は仲を深めようと、楽譜で分からないところを絢麗に積極的に質問した。

 話は弾まないが、お昼も一緒に食べている。

 

 その甲斐合ってか、絢麗(ケンレイ)はツンケンしつつも、わずかに調子が柔らかくなってきていた。


 稽古場では、香蘭(コウラン)が頭を抱えていた。


「うーん……あと一歩しっくり来ないわ」


 二人も同感だった。

 何か一つ噛み合えば完成する。その状態から動かなくなってしまったのだ。


「ここ、担当を入れ替えようかしら」


 その言葉に絢麗が眉をひそめる。


「私が副旋律……ということですか?」


「そうよ。翠蓮はどう?」


「私は、絢麗さんが主旋律のままでいいと思います」


 絢麗はきっ、と翠蓮を睨む。

「良い子ぶらないで。歌は勝負の世界よ? それをなぜ、譲るような真似をするの」


 翠蓮は困惑した表情だ。

「でも……同じ舞台に立つのに勝つも負けるも……」


「この際だから言わせてもらうけれどね、あなたの歌なんて、基礎はめちゃくちゃで私におんぶに抱っこなのよ」


 ぐっと、翠蓮は声を飲み込んだ。

 絢麗の言っていることは事実に思えた。

 自分がどんなに練習しても、認めてはもらえないのだろうか。


 香蘭が割って入る。


「絢麗言い過ぎよ。それにあなたもわかっているはずよ。

本当はどちらが支えられているのかをね……」


 絢麗は口を開きかけたが、それはすぐに閉じられ、握りしめていた拳は力なく落ちている。


 香蘭は絢麗をまっすぐ見つめ、落ち着いた声で言う。


「絢麗、本当の意味で主旋律を取りたいなら……自分の歌も大切になさい」


「頭を冷やしてきます」


絢麗は目も合わせぬまま、稽古場を出ていってしまう。


「絢麗さん……」


「いいのよ、今は一人にしておきましょう。絢麗は必ず理解するわ」





◆ ◆


 稽古場を出た絢麗は、一人、青龍庭を歩く。最終試験を執り行った場所だ。

「私の歌って……なんだったかしら」


 見上げると、花が少しずつ開いている。


 絢麗にとって歌は、評価されるものであり(よろい)だった。テクニックで武装して、他人に打ち勝つための。


 

 最終試験の頃は、ぽつりと一輪二輪咲いていただけだった花が、満開まで後少し。季節は流れているのに、自分だけがあの日に取り残されている。


「ただの八つ当たりね……」


 汚い言葉で傷つけた。きっと謝れば翠蓮は許してくれるだろう。でも、それでは自分を許せない。


 戻るに戻れず、宛もなく歩いていると


「えー!本当に?」

「しぃーっ……声が高いわよ」


 聞き覚えのある声が聞こえる。咄嗟に草陰に隠れてしまったが、視線をやると楽府のメンバーだ。

 中心には、二重唱を歌ってくれた紫雲(シーユン)がいる。


 紫雲は怪しく微笑むと話の続きをする。


「……確かな筋から聞いたのよ。じゃないとおかしいでしょう?

なんの後ろ盾もないのにあんないい役をもらえて……」


 ところどころしか聞き取れないが、誰かの噂話をしているようだ。


「じゃ、二次の話は本当だったのね」   

 同じ歌人メンバーの春麗(シュンレイ)が面白そうに続きをねだっている。



 二次――確か翠蓮に不正疑惑がかかっていたはずだ。


 絢麗は、彼女達の卑下た笑いを見ると唇を噛む。


「私は、あの人たちと同じになるところだった……」


 努力を怠り、実力のあるものに嫉妬し、貶める。もっとも絢麗が嫌いな人種だった。


 噂話はなんだか様子がおかしかった。


「ねぇ紫雲、……の生まれって……」


「えぇそうよ。……孤児で……得体がしれないわ」

 

 なぜ親しくもない紫雲が、そんな個人的なことまで知っているのだろう。


 絢麗は|踵《きびす》を返すと、その場を後にした。




 もうとっくに稽古は終わっている時間だと思ったが、灯がついている。そっと覗くと翠蓮が残っていた。


「ちょっと」


「絢麗さん……」

 後ろから声をかけられ、翠蓮は驚いたように振り向く。


「突然失礼なこと聞いて本当に申し訳ないんだけれど。

あなたのご両親は……郷にいらっしゃるの?」


 翠蓮の不思議そうな顔は、すぐに寂しい影に覆われた。


「私は……両親はもう亡くしているんです。故郷の楽団で育ちました」


「それって誰かに話したことある?」


「……いいえ……この話をすると皆さんに気を遣わせてしまうので……」


 絢麗は腕を組むと、険しい顔で考え込む。


 入府する時の詳細な身元書は政治争いなどに利用されないように、内部調査院で厳重に管理されているはずだ。

 誰であっても正式な手続きを踏まなければ、簡単に閲覧は出来ない。



「あの……」


 何かあったのかと心配され、絢麗は我に返った。すっかり謝るタイミングを失ってしまった。



「…………」

 気まずい沈黙が流れる。

 絢麗から口を開く。


「……さっきはなぜ私が主旋律でいいって言ったのかしら」


 翠蓮は、びっしり書き込まれた楽譜を指さしながら言う。


「……上手く噛み合わないのは、私のここの表現が弱いからだって思うんです。後は、――」


 理不尽に怒りをぶつけられたというのに、翠蓮は、歌に真っ直ぐ向き合っていたのだ。


 絢麗は口元を緩めた。

「やっぱり叶わないわね……」

 自嘲気味な笑みではなく晴れやかな微笑みだった。


「さっきは感情的になってごめんなさい」


「絢麗さん……」


「"さん"はいらないわ」


「え?」


「二重唱のパートナー……いえ、ライバルよ」


 コホンと咳払いをすると、絢麗は伏し目がちに続ける。


「敬語も結構よ。よろしくね、『翠蓮』」


 口調は相変わらずだがそこに棘は感じられなかった。


「……私こそ、力になれなくてごめんね。

 頑張ろうね。『絢麗』」



 目を合わせると、二人は同時に微笑んだ。


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