2-2.5 絢麗とお昼
合わせ稽古に入り数日。
昼休みに入るや否や、絢麗さっさと歩き出してしまう。
遅れを取らないように翠蓮もあとに続く。
(ここでめげちゃ駄目。少しでも距離を縮めたい……)
食堂では温かいお粥と、根菜たっぷりの煮物が並ぶ。淡い緑の菜の花やフキが、春の気配をそっと告げていた。
翠蓮は絢麗の隣に座り、手を合わせる。湯気が出ているお粥を食べ始めると、絢麗は肩をすくめた。
「あなた、意外と図々しいのね……まぁいいわ……私は話すことなんてないわよ」
翠蓮は笑顔で言う。
「いえ、お話できたらなって……絢麗さんはどんな歌が、好きですか?」
「は? ええ……そうね。歌自体好きとか嫌いとか、特に考えたことないわ」
「じゃあ、なぜ歌を?」
絢麗の箸がピタッと止まる。一度箸を置くと、茶を口に含んだ。
「教養よ。それだけ」
教養――名家に生まれた女性なら礼儀作法は一通り叩き込まれる。絢麗にとって歌は、その一部ということだった。
翠蓮は煮物に手をつける。人参が花形に切られていて可愛いらしい。
「好きだから、歌人になったんですよね?」
「だから……好きというか、気づいたらこうなっていたのよ。才能があったということ」
「なるほど」
好きこそものの上手なれと言うが、下手の横好きと言うこともある。
絢麗はそのどちらでもなく、好きではないがたまたま才能に恵まれた。ということなのだろうか。
絢麗は遠い目をした。
「あなたが思うほど、楽しいことばかりじゃないのよ。才能があるって言うのは、妬まれるということなの――」
苦い過去でもあるのだろうか。
絢麗は一瞬寂しそうな顔をしたが、直ぐにいつもの勝ち気な雰囲気に戻った。
「特にね、あなたみたいにニコニコして"人畜無害です"って顔をしてる人の方が、裏では分からないのよ」
そう言えば、翠蓮は初めて会ったときから、絢麗に敵意を向けられていたような気がする。
「何か……あったんですか?」
絢麗はうっとおしそうに、手で翠蓮を追い払う仕草をする。
「色々よ――……あなた……」
「はい?」
お粥のお代わりをよそう翠蓮を見て、絢爛は驚いた顔だ。
「意外と……しっかり食べるのね」
本日二回目の "意外と" だ。
「はい、よく言われます」
母は『食は身体の基本』と言っては、貧しいながらに工夫し、料理を作ってくれた。そのせいか、翠蓮は好き嫌いなく何でも食べられる。
身体が丈夫なのもこのおかげだろう。実際母は、食が細くなるとみるみる弱って行った。
しばらくの沈黙のあと、絢麗がぽつりと口を開く。
「あなたは……好きなんでしょうね。歌が……」
「好きです」
「じゃあ聞くけど、なんで好きなの?」
その質問に、翠蓮は首をひねる。
母が歌人だった翠蓮にとって、歌は常に傍にあるものだった。
楽しい時はもちろん――母が病気で寂しい時も、亡くなって悲しみのどん底にいた時も、歌がいつも救ってくれた。
歌っていれば、辛いことも忘れられた。
翠蓮を拾ってくれた楽団長は、歌に厳しく、失敗すると、太鼓のバチが飛んでくるような環境だった。
だけど、歌をやめたいと思ったことは一度だってなかった。
(何で? 何でなんだろう――)
村にいた頃、翠蓮の歌に喜び、悲しんでくれた人たちの顔がよぎる。
「色んな人の、人生に関わるうちに――
歌で誰かを支えることが、幸せだと感じるようになったからです」
絢麗はその答えを聞くと、俯き、動かなくなった。
翠蓮は食事を終え、手を合わせる。
(絢麗さんは……あんまり歌が好きじゃないのかな……)
「あの……」
声をかけようとすると、絢麗はすっと立ち上がる。
「これ以上、馴れ合う気はないわ」
「絢麗さん――」
「なによ」
「ご飯、全然食べていなれけど、大丈夫ですか?」
「……」
「もし私と一緒が嫌なら、もう出ますので。しっかり食べてくださいね」
そう言い残し、翠蓮は先に食堂を出て行ってしまった。
「なんなのよあの子……」
絢麗は仕方なく、もう一度腰を下ろす。しぶしぶ、冷めてしまったお粥を口に運ぶ。
「誰かのための歌? そんなの認めない。
凡庸な……取るに足らない歌よ」
そう言い聞かせるのに、胸の中に苦々しい気持ちが広がっていく。
「フキ、苦いから嫌いなのよね……」
流し込むように茶を飲む。
最近残しがちだった食事は、翠蓮に釣られたのか綺麗に完食していた。
絢麗は静かに立ち上がり、稽古場に足を向けた。




