2-2 挑発
以下を追加しました。よければご覧ください。
一話 蒼瑛と翠蓮の挿絵
六話 翠蓮の挿絵
十話 明鈴の挿絵
「全く……蒼瑛さまは甘すぎます」
「そう言ってくれるな陳偉」
審査員を務めた燕宇は買収されたことを白状し、懲役刑三年の刑が下った。
昊天は高官にもかかわらず審査員を操作し、特定の受験者を蹴落とそうとした。その罪は重く、流刑に処されるはずだった。
「どうか恩赦を」そう言って頭を床にこすりつける昊天に炎辰は全く取り合わず、虫けらでも見るような目であっという間に切り捨てた。
結局、見かねた蒼瑛の願い出により、昊天は懲役五年に減刑された。
「あの者にも家族がいる。もう済んだことだ」
そう言う蒼瑛の横顔は憂いを帯びている。苦しんでいるのだと思うと、陳偉はこれ以上は言えなかった。
「……朝見に参りましょう」
◇ ◇
朝見の場で、蒼瑛は楽府の報告を行う。
「今月は北方の張氏が参内の予定にございます。
楽府では、陛下への謁見前夜の接待を担当いたします」
玉座に座った皇帝は、威厳ある声で言う。
「張氏は北方守護の要を担う者だ。
失礼があれば国威に関わる。もてなしに粗相のなきよう、心して当たれ」
昊天の件があったため、いつもなら一言二言つっかかってくる炎辰派が、今日はやけに大人しい。
朝見が終わり、臣下たちが散っていく廊下。
蒼瑛が退出しようとすると、背後から声が飛ぶ。
「蒼瑛」
呼び止められ蒼瑛は足を止める。
珍しい――炎辰から声を掛けてくるなど、まずないというのに。
「今回は、してやられたな」
「……なんのことでしょうか、兄上」
淡々と返しながらも、胸の奥で警戒心が波立つ。陳偉を先に行かせ、蒼瑛は振り返った。
「楽府には、生まれが良くない者も混じっているようだが?」
「楽府員は、家柄より才能に重きを置いて選抜いたしましたので……
先日ご覧いただいた通りです」
「ふん。類は友を呼ぶと言うからな。お前にはちょうど馴染むか」
暗に蒼瑛の庶子という身分を皮肉るが、いつものことなので、蒼瑛は特段気にもならない。
「話がそれだけでしたら、私はこれで――」
炎辰は、立ち去ろうとする蒼瑛に向けてわざとらしく口を開く。
「あの翡翠の鳥は――」
蒼瑛の眉がほんのわずかに動く。
「夜の帳が下りたら、どんな声で鳴くんだろうな」
「……何が言いたいのですか」
不快感から声が震えそうになるのを必死に耐える。ここで挑発にのっては炎辰の思うつぼだ。
「ふっ……"ただの"鳥の話だ。だが楽しんでもらえたなら何より。軍議があるので失礼」
炎辰は愉快そうに去って行った。
「……下品な」
蒼瑛は込み上げる怒りを必死に抑えた。
◇ ◇
炎辰は、執務室で机の上の茶を口に含むと、深く腰掛け直す。
「くそ真面目な蒼瑛のことだ。不正はまずないと思っていたが……」
蒼瑛――
穏やかな人柄とその容姿ゆえ、それなりにもてて来たはずだ。しかし警戒心が強いためか、炎辰は弟の浮いた話一つ聞いたことがなかった。
そんな蒼瑛が、翠蓮の話題に一瞬動揺を見せたように思えた。
「翡翠の鳥、か――」
一次試験で宮女達にからかわれ、泥に塗れていた少女。
揺りかごの唄の歌人だと、すぐにはわからなかった。
つと、胸の奥で何かが動いた気がしたが、炎辰はすぐにそれに蓋をする。
「それよりも、あの"声"……」
――技術は拙い。しかし人の心を揺り動かすあの声は、上手く使えば政治上武器になるように思えた。
そこに側近の烈楊が入ってくる。ぎらぎらと光る目に底しれぬ野望が潜むような青年だ。
「失礼いたします、殿下。先程、楽府入府者の身元調査書を受け取りました」
書類には名前などの基本項目から始まり、賞罰、父母の経歴まで詳細に記載されていた。
炎辰の視線は、両親の没年月日に留まる。
「孤児……か」
「はっ。身寄りが無いためやりやすいかと思います」
炎辰は指先で机を軽く叩く。
規則正しい音が室内に響き、思考がまとまっていく。
「この情報を持ち込んだ女も楽府にいると言ったな……烈楊、この件はお前に任せる」
この揺さぶりで接待が失敗すれば楽府と蒼瑛に痛手を与えられる。
そして、"小鳥"が弱ったところを誘惑すればいい。
「御意にございます」
烈楊が去ると部屋には静寂が戻る。
茶碗の水面が揺れるのを見つめていると、翠蓮が歌う揺りかごの唄が思い出された。
自分が切望しても得られなかったものへの苛立ちを覚え、すぐに打ち消す。
「所詮幻想だ……」
そう言い放った炎辰の顔には、もう感情の揺れは見当たらなかった。




