リンダ、心のゆらぎ
リンダは最近、悩んでいた。
それはずっと、自分が守られていたことを知った為に。
自分だけが不幸だと思って生きていたのに、周囲はさらに飛んでもない境遇だと分かったからだ。
まず、①ビルワお姉様。
彼女のお母様(ナルシー様)は、侯爵家の後継者を産む為に、公爵家と敵対し評判の低下した当家に嫁いでくれた。
お父様と内々に契約し、子を1人もうけたら離婚して解放する予定だった。
お父様のクセの強い両親と兄から逃げるには、それが適切だと思われていたからだ。
けれどナルシー様自身の家族も下衆で、彼女の離婚後に金持ち爺の後妻にしようと画策していたようで、離婚ができなくなってしまった。
ちなみに離婚の情報を子爵家に漏らした従者は、既にお父様達が捕らえ、例の小国の宝石鉱山で労働刑に従事している。
『罪状:侯爵家の情報漏洩』重罪である。
国は海に囲まれているので、脱走は不可能だ。
彼女の護衛だった冒険者の一人、マースと恋仲だったナルシー様は、ビルワ様が12才の時に死亡事故を偽装して逃走している。
計画自体は知っていたビルワ様だが、その時からナルシー様とは別離しているのだから、お寂しいはずだ。
今は偽名で、手紙のやり取りは行えているそう。
それにはお父様や、仲間の冒険者の協力もあったとのこと。
次は、②お父様。
後継者だったお父様の兄が、婚約者の公爵令嬢を捨てて駆け落ちした為、慰謝料等で侯爵家が傾いた。
その為冒険者だったお父様は、生家であるキュナント侯爵家に戻った。
そして今まで冒険者で稼いだ資金すべてを借金の穴埋めや、経営運営に当てて頑張ったのだ。
そのわりに祖父母は、お父様にあまり感謝もしていないようで、長男のシチルナを今も擁護しているそうだ。
後継者問題では王家に圧をかけられ、ナルシー様に契約結婚を持ちかけたそう。
評判の悪い侯爵家に、高位や良家の令嬢が嫁ぐ訳はなく、困窮すると分かっての嫌がらせだった。
でも結婚しなければ、さらに叛意ありと責められただろう。
女性にとって神聖な結婚なのに、申し訳ないとお父様は今でも恐縮している。
けれどナルシー様は、生家の子爵家は借金で首がまわらず、もし契約結婚がなければ身売りをしていたと思うから、感謝しているとのこと。
お姉様もお父様にたくさん助けられたから、契約結婚のことは気にしないで欲しいと言っていた。
そして、③ミルカお母さん。
一応男爵家に嫁ぎ、死別したことになっているが、これは救助依頼だった。
こちらも無能(女好きでアホ)で後継者を外された兄が、弟の男爵を暗殺しようとしていたのだ。
兄弟の父親は亡くなっており、母親は気の利く兄を可愛がっていた。
悪い輩と繋がりのある兄は、何度も男爵家の資金で弟男爵を狙っていたらしい。
そこで死亡を偽装し、宝石鉱山のある国へ弟男爵を逃がした。
その後下衆兄は、ミルカお母さんにエッチなことをしようとして、急所を蹴られて怒りお母さんを追い出したらしい。
姑も兄を庇ったそう。
その後に弟男爵の暗殺の証拠が騎士団に送られ、兄は捕まり男爵家は没落した。
お母さんを庇わなかった前男爵夫人は、残された財産を持って田舎で寂しく暮らしている。
もし嫁を庇う人なら、侯爵家の援助があったみたいだけど……。
弟男爵は仕事ができる人なので、宝石鉱山のある国に渡った後は、王宮の事務方で出世しているそうだ。
お母さんと夫婦関係はないので、噂のように悲惨ではなかった。結婚中も他の冒険者と協力しながら、お姉様の護衛をしていたらしいし。
ただの仕事だったことは、生家の祖父母も知っていたそうだ。
ただ「離婚歴が付くのは良いの?」と祖母が聞いたけど、元々冒険者家業が多く、貴族令嬢とは疎遠なお母さんだったから、「別に興味ないし、結婚の宛もない」と答えていたそう。
その後のお父様との恋愛はまあ初恋らしく、フライングしたことは少し後悔したようだけど、私が生まれて嬉しかったと言ってくれたので、良いことにしておく。
お姉様のことは妹のような、娘のような気分で関わってきたから、ずっと家族のように接してきたそうだ。
こう見ると、ぜんぜん私の家族は落ち着いていない。
なんならそれから見ると、私は平凡に思えるほどだ。
「こんなことを知ったら、落ち込んでいる方が失礼だよね」
なんて言葉も出てしまう。
一応苛めにあった時から平民として生きると誓い、お姉様と同じ学習に加えて、数ヵ国の語学も習得してきた。
地図で各地の場所を確認し、国の統治状態や身分差、名産品、国民性なども頭に詰め込んできた。
与えられるお小遣いも使わずに、全額銀行に突っ込んである。
護身術も仕込んで貰ったから、どこに行ってもある程度生活は可能だと思う。
けれど…………。
事実を知った今、逃げようとも思わないし、寧ろ仲良くしたいと思う気持ちしかない。
私のスキルがあれば、少しは仕事も手伝えるとも思える。
「貴族として暮らすのは無理だけど、演じるくらいのスキルは与えて貰ったし、今ならお姉様の盾にはなれると思うんだけどな」
そんな風に、今も月夜に向かって話しかけている。
答えはないけど、心が落ち着くのは昔と同じだ。
……そんな独り言が、ずっとお母さんやその仲間達に聞かれていたと知ったのは、偶然だった。
「たははっ、ほら。護衛は必要だったし。
俺は頼まれただけだし。怒んなよ!」
それは、一人の男の失敗からだった。
私がお母さんとお姉様とお菓子を作った時、緊張のあまり塩と砂糖を入れ間違えたことを反省した時だった。
窓の外にある大きな木から「プッ、マジか!」って笑い声が聞こえたのだ。
私は護身術(実は格闘術)を習っていた技で、常に身に付けているレイピア(細剣)を声の方に当てた。
「イデッ、勘弁してよ。いきなりレイピアって。
鎧を着けてなかったら、ザックリいってたぞ!」
「ちょ、誰よ、あんた。誰か、誰か来て!」
「わわわ、人なんて呼ぶな。ボルケに怒られるだろ!」
それが『煌めきのななつ星』のメンバーである、イスズとの出会いだった。
彼の括られた長い水色の髪は、月夜に照らされて煌めいていた。金色のつり目も肉食獣のように、リンダを捉えた。
リンダの声に速攻で現れたボルケは、即座に部屋の窓から木に飛び移り、簡単にイスズを付かんで地面に降ろした。
「油断しすぎだ、バカ野郎! リンダに気付かれただろうが!」
「す、スミマセンでした、ゆる、して……」
技を決められ、気絶したイスズ。
美少年が口からヨダレを垂らして、台無しだった。