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グレプ・フルンツェの勘違い

 リンダに真実が明かされる一年前。

 リンダとグレプは偶然に、侯爵邸内で遭遇していた。


 シチルナの件が片付くまでは、必要以上に他人と顔を会わせないようにされていたリンダ。

 それは誰が裏切り者かまだ特定できていなかった為、用心の意味もあった。



 なのに…………。


 グレプは幼馴染みの気安さで、度々連絡もなく侯爵邸を訪れていた。

 そして偶然に出会ったリンダに、心を奪われた訳である。


 普段は金髪のかつらを被り眼鏡で瞳を隠していたが、それを見られてしまった。

 そのようなミスがないように、リンダの侍女は邸内でも他者と接触しないように命じられていたのに。

 勿論そこには、グレプも含まれていたのだ。


 それが破られたことで、二人は出会った。

 同時にシチルナ側の諜報を、一人見つけた瞬間でもある。


 

 この邸でボルケの命に逆らうのは、(物理的に)命を捨てることと同義だから、今までは的確に任務は遂行されてきた。

 そもそも恐ろしくて誰も逆らう気持ちもないのが、敵を見分ける勝因だった。諜報はシチルナから中途半端な情報を得て、ボルケを舐めていたのだろう。


 それはさて置き、問題はグレプだった。




◇◇◇

 世間的に後妻の娘が虐げられず、きちんと教育を受けていることを装う為に、外部の家庭教師(ガヴァネス)を依頼しリンダに学ばせていた。

 その際の証拠作りの為に、黒髪と紫の瞳を晒すことにして。

 あの面倒くさい公爵家に、攻撃の隙を与えない目的もあった。



 本来の教育なら、飛び級で年齢以上の教育課程を終了しているビルワが教えた方が、よっぽど分かりやすいと思うのだが(愛情過剰で甘々にはなりそう)。

 

 そんな隙間時間を、シチルナの諜報が邪魔した形である。



 普段から病弱で籠りがち(設定)のリンダは、深窓の令嬢と言われて社交界への顔出しもしていなかったし、グレプも特にリンダへの関心はなかった。

「どうせ庶子だった後妻の子供だろう? 僕が婿に入れば、邪魔だから追い出してやる」くらいの勢いだったから。


 けれど引き取られて数年し、作法も美しさにも磨きがかかったリンダは完璧だった。

 まさかのグレプとの遭遇に、しょうがないと覚悟を決めカーテシーをして挨拶するリンダ。


「はじめまして、フルンツェ伯爵令息様。キュナント侯爵が娘で、リンダと申します。よろしくお願いいたします」

 ビルワをいつも手本としていた礼儀作法は、もう完璧と言っても良いほど(体幹がぶれずに)美しかった。



「ああ、はじめましてだな。僕はグレプ・フルンツェだ。

 将来の妹になるのだから、緊張しなくて良いよ」


 それが緊張で顔がひきつるリンダと、赤面して胸の高鳴るグレプの出会いだった。



 人間不信が続くリンダにとって、自分を見てデレッと眦を下げるグレプに、心底幻滅した。

(お姉様がいるのに、好色そうなこの顔。こういうのが愛人とか作って妻を泣かせるのよね、きっと。

 え、もしかして、ターゲットにされた? 愛人候補に? えー、最低なんだけど!)


 リンダの本音が荒くなるのは、仕方がない。

 母親が愛人だった過去のせいで、成長過程でかなりやさぐれていた時期だから。

 けれど、身に付けた淑女の仮面は張り付けたままで、笑顔のままでその場を去った。



「なんて可憐なんだ。愛おしい! 噂によれば侯爵は、後妻とその娘にメロメロだそうだ。

 どうせ婿入りが必要な家だ。

 ビルワからリンダに代わっても、問題ないだろう」


 少し考えれば絶対に、そんな訳ないのに。

 グレプはエキゾチック(異国風)な瞳と髪に釘付けとなり、プレゼント攻撃を開始した。




◇◇◇

「何なのよ、あの男は。お姉様には最近会いにも行かず、私の方へ寄って来るし。

 連絡も訪問せずに、突然来るし。

 何やら豪華そうなアクセサリーを置いていくし。

 お姉様にますます嫌われちゃうじゃないの!

 くそ男が!」


 まあ何があってもビルワはリンダを嫌ったりはしないけれど、リンダを不快にするグレプを嫌いになった瞬間のビルワ。

 

「幼馴染みの情があるから、今までアホとは言え婚約を続けて来たのに。

 妹に手を出すんじゃないわよ」と、護衛達の報告を聞き、憤っていた。



 いろいろあったビルワだけど、早期に爵位を継いで父や義母をこの家から解放してあげようとしていたから、政略的な結婚でも良いと思っていたのだ。

 ぶっちゃけ、どんな男でも良いと覚悟していた。


 娘を愛するボルケが、そんなことする訳がないのに。


 けれどビルワも父や義妹に遠慮があったから、優柔不断なグレプに我慢していた部分が多分にあった。

 家に婿に来るくせに、領地のことを学ばなくてイライラすることが最近増えていた。

 それでも自分が何とかすれば、家族に迷惑はかからないと、いつも自分を戒めて学んで来たのだ。


 だけど…………。

 リンダが絡まれたなら、静観はしていられないと思い、ボルケに相談したのだった。


 欲が透けて見えるグレプに、可愛いリンダを渡せないと思い。


 ビルワは執務室で、ボルケとミルカと作戦を練るが、そこにミルカがある提案をした。


あの子(リンダ)は、男女間の付き合いに免疫がないわ。

 それは私達のせいでもあるのだけど……。

 けれど今回はこの邸内で、対処法を学んだ方が良いと思うの。

 常に監視の目のある安全な場所で、貴族的な作法をね。


 内容は、こーであーで、こうなって。

 絶対あの子に瑕疵を付けずに、パターンを学ばせるの


 どうかしら?」


 その計画に、(ビルワ)もお父様も一瞬難色を示したが、応じることになった。


「家より家格の低い伯爵家の癖に、訪問の先触れも出来ないとは笑えるな。

 ビルワ、ミルカも、好きなようにやって良いぞ。

 リンダの練習台として、利用してやろう。


 ただあいつの親父は気持ちの良い、真っ直ぐな奴なんだ。だからもし婚約がなくなっても、親父との付き合いは続くからそのつもりでな」


「はい、お父様。あくまでもグレプだけの責任として動かします」

「私は影から様子を見守るわ。可愛いリンダに不埒な真似はさせないから!」


「ああ、二人に任せよう。頼んだよ」


「ええ。任せて下さいな、お父様」

「行動がアウト判定なら、すぐ邪魔に入るわ。

 心配無用よ!」


 こうして、好きじゃない相手、もしくはやっかいな相手に絡まれた時の対処法講座が発足したのだ。


「まあ、平民になっても、貴族や男性のあしらい方を知っていた方が生きやすいものね。せっかくお姉様に教えて頂けるなら、頑張って学んでみよう」

 そんな感じで、リンダとグレプのやり取りは始まったのだった。


 この時はもう、ビルワは婚約解消を決めていたから、リンダも遠慮せずにいろいろな方法を試したのだった。



 例えばプレゼントについて。

 距離感の分からない奴や、金の力で自分をアピールする奴について。


「理由もなく高額なプレゼントは、受け取れませんわ」と、断る。

 それでも受け取って欲しいと願われれば、「男性に恥をかかせることは、淑女として失格ですわね」と、一応受け取り保管しておく。

 その時の状況は家族と共に内容を共有し、複数の日記にも記載しておく。


 そのプレゼントのお返しについて。

 寧ろ無理矢理渡された被害者であるので、心では放置したいが、お礼状は必要。

 その際の内容には、どういう状況で何をくれたと(ブツ)の存在を触れておく。

 いつでも返せるとか、保管しているまでは失礼に当たるが、大切に飾ってありますと書けば悪い気はしない。

 身に付けているとは書かない。


 

 頻繁に送られる時。

 やんわり断ってもプレゼント送られたり、観劇の誘いがある。

 3回に1回は適当な物を購入し、定型文で返すのも良いが、お金をかけたくない時は手作り商品が良い。


 簡単なクッキーなどでも、使用人ではなく令嬢自らだとレア感がある。

 例え食べないとしても、令嬢の家族が見学してその時の大変さを語ることは労力をかけた証明になる。

 こちらも日記に記載して証明に使う。


 平民男性は経済力がピンキリである。

 完全に恋人として “ない” となれば、きっぱり断る方が親切だろう。

 物のやり取りは、日記と家族に知らせておく。

 近くに家族がいなければ、信頼できる人物に相談しておこう。


 平民だとわりと直球的に、付き合ってとか結婚してと言ってくるので、断る時はお早めに。付き合いたいなら、数日貰って考えること。


 貴族はなかなか恋愛的なことを告げてこない者が多いが、こちらからは特に聞かない。

 その間にこちらが他の者と婚約すれば、それを知らせて今後のプレゼントを遠慮する旨を手紙に認める。


 激昂する相手ほど、「今まで贈った物を返せ」と言うので、保管していた物を速やかに返却しましょう。

 逆恨みも考えられるので、守りは堅めに。


 その時自らが平民だったなら、引っ越しも視野に入れること。

 その際、護身術や攻撃魔法があれば、さらに良い。




「私がお父様に習ったのはこんな感じよ。

 好きな人なら嬉しいけれど、嫌いな人に執着されるのは辛いからね。

 逆恨みに勝つ(物理)!

 武術が身に付けば、心も身軽になるわ。

 頑張りましょうね」


「はい、お姉様。頑張ります!」



 こうして手作りお菓子や、武術訓練(護身術よりさらに高度だが、リンダには護身術と言って教えている)、勿論淑女の習い事や、一般教養も身に付けていく彼女(リンダ)


 勿論安全の為に、ミルカや彼らの弟子がグレプを監視もしていた。

  

 常に観察していることで、リンダがグレプに何の感情もないことは知られており、侯爵家全体の周知の事実となっていた。

 身分の関係で婚約者に丁度良かった彼だが、ビルワからリンダに目移りした時点で、彼は侯爵家の敵に回ったのだ。

 勿論あからさまではなく、寧ろ悟られないように静かな雪が積もるがごとく。



「リンダのお菓子は上手になったわ。やはり数を熟したせいね。これだけはグレプも役に立ったみたい」


「……最初の作品は酷かったです。もう思い出したくもないですわ。グレプ様に差し上げる前に、お姉様やお父様も食べて下さったのに。

 申し訳ないことです。

 恥ずかしい~」


「可愛いわ、私の妹は(ホクホク)」


 顔を赤くして照れるリンダは、以前より家族との距離が近づいていた。

 一年くらいのグレプとのやり取りでも、リンダの心はグレプに靡くことはなかった。

 彼は文字通り、彼女(リンダ)の踏み台となってくれた訳だ。



 その後にリンダの誕生祭があり、さらに家族の秘密を知ったリンダは、ただただ一人で逃げて平民になることが正しいのか、どうしていくべきなのかを考える機会を得たのだ。



◇◇◇

「リンダはいつも微笑んで、手作りお菓子を僕にくれる。

 好きだとは伝えていないけれど、もう絶対僕のことが好きだよね! 

 ビルワには悪いが婚約解消をして、愛するリンダに愛を囁く時が来たようだ。

 ふふふっ。かなり待たせてしまったな。

 今行くよ、リンダ!」


 そんな妄想激しいグレプだが、病弱設定のリンダはグレプとは観劇などで外に出ていないし、もっぱら家で会うだけである。


 勿論ビルワが婚約者のままなので、リンダに告白もしてはいなかった。

 あくまでも将来の義兄に対しての対応であったと、言い逃れできるだろう。


 幸福な未来を描くグレプだが、侯爵家では既に見切りのカウントダウンが点滅していた。




 その後にグレプから、一話冒頭の婚約解消宣言がなされ、彼は勝手に追い詰められていくのだった。









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