明かされた真実
《ビルワ視点》
お父様のノリと、リンダに真実を話そうという目論見から、リンダの誕生祭は山の切り開かれた中腹で行われた。
先程までヴェノムフロッグを狩っていた、川が近くにある魔獣の蔓延る山である。
それはキャンプファイヤーをして、盛大に祝う為でもあった。
事前準備として、(毒腺を除去した後の)ヴェノムフロッグの丸焼きをみんなで味わう予定だ。
この地には今、私、お父様、お義母様と、父と義母の親友冒険者のロベルトさん、リキューさんがいた。
他にも冒険者の弟子達や見習い護衛達などで信頼できる者で脇を固めた。
侯爵家に秘密が漏れないように、ここまで来たと言っても過言ではない。
その時点で総勢20名。
みんなで石を積んで、簡易に作った囲いに木の枝を投げ込み、高火力魔法で着火すれば、立派な炉に早変わりである。
そこに捌いたヴェノムフロッグの串焼きを次々に並べ、塩コショウを振っていく。
良い焼きかげんになってから、リキューさんとお義母様に、今日の主役リンダを連れて来て貰った。
リキューさんは転移魔法、固定・呪縛魔法の名手であるから、ほぼ一瞬でこの地に着いたのだった。
「「「「「リンダ(様)。お誕生日、
おめでとうございます!!!!!」」」」」
「え、何? そしてここは何処ですか?」
着いたら山中で、顔も知らない(一部だけ知人の)冒険服姿の者に圧倒されて戸惑う妹はとても可愛い。
けれどそのままでは混乱して可哀想なので、早々に傍に駆け寄る。
「成人おめでとう、リンダ。今日はジュースじゃなくお酒を飲もう。
貴女の為に、ヴェノムフロッグをたくさん狩ったんだから、味わって食べてよね。うふふっ」
突然連れて来られ目を見開く妹は、お義母様から並々とブドウ酒が注がれた木製のコップを持たされ、私もそのコップにコツンと自分のコップを当てた。
「乾杯、リンダ。今日は飲んで食べようね!」
「お姉様、これはいったい?」
「まあまあ、慌てないの。ほら、ヴェノムフロッグだよ。
まずは食べようか」
「……は、はい(あ、これ美味しいのよね)」
渡された串を持ち、おずおずと口を付けるリンダ。
一応淑女教育で、串焼き等のカラトリーを使わない物は厳禁と言われているはずだから、躊躇しているのだろう。
でも…………。
私に言われれば、それは免除される訳で。
「美味しい。暫くぶりに食べました。
やっぱりこれが一番好きです!」
「そうなの? 喜んでくれて良かった。ヴェノムフロッグだけは、お父様と私だけで狩ったのよ。
リンダの喜び顔が見たくてさ。
大成功だね!」
「嬉しいです。お姉様……ありがとうございます」
やっぱり人間は胃袋が大事!
リンダを見てそう思う私の好物はオウギワシ(世界三大猛禽)で、知能も高く人をも襲う大型鳥。
これをプレゼントされると、かなりポイントが高く跳ね上がると思うわ。
結局私もリンダも、長く魔獣肉を食べて来たお父様の血を受け継いでいるみたい。
お肉は他にも数々ある。
特に珍しいのが虹色3本角鹿や雷しっぽ兎で、別の炉に金網を置いて香ばしく焼かれていた。ステーキ風に。
リキューさんが予約して、さっき取りに行ったバースデーケーキも、みんなで少しずつ味わう。
お皿はなしで、フォークで一口づつ。
苺がたくさん入ったケーキも、リンダの大好物だ。
ここまで来れば、リンダもフォークで掬いケーキを味わっていた。リンダだけ3口だ。
「美味しいね、リンダ。苺が大きくて瑞々しいわ」
「ええ、お姉様。とっても美味しいです。
こんな風に食べると、いつもよりさらに美味しい気がします」
「本当だね。こんな誕生祭を考えたお父様には脱帽だわ」
「え、お父様が、こんなことを?」
「ええ。ずっと考えていたみたいよ。リンダの為に」
「私の為に?」
「そうだぞ、リンダ。楽しめたか?」
「はい、お父様。ありがとうございます」
「やっぱりリンダには、私達の血が濃く出たみたいね。
この状況に、すぐに適応しているみたいだし。
ふふふっ」
「お母さんまでそんな格好で! まさか狩りを?
大丈夫なの? 嘘っ、なんで?」
怪我がないか慌てるリンダ。
侯爵である父と、次期後継者の私ならば、戦闘訓練も必須とは学んでいたのだろうが、まさか母まで狩りをするなんて思っていなかったのだろう。
「……リンダ、ずっと黙っていてごめんね。元々ボルケと私は、冒険者仲間だったんだよ。
結婚するずっと前、学生の頃からね。
本当にずっと長く、ただの友人だったんだ」
「……そうなの?」
「ああ。だから世間の噂は嘘の方が多い。面白おかしく脚色されているんだ。
いつかは本当のことを話そうと思っていたのだけど、リンダがビルワちゃんに守られていると分かれば、いろいろ余計なことを考えると思ってね。
でももう成人になったから、全部聞いてから判断して貰うことにするよ。
良いね?」
食事が一段落したところで、ボルケとミルカは彼女に真実を伝えたのだ。
◇◇◇
リンダは、父の伯父であるシチルナから暗殺者を向けられていることや、ビルワの母方の親が画策した後妻話の件で、契約結婚であるルナシーとビルワを離せなかったことを伝えられた。
離婚予定で付き合っていた二人が、彼女達を守る為に愛人だと言われても沈黙して来たことも。
それには本当に申し訳ないと、ビルワが謝罪するものだから、リンダは困ってしまう。
だって…………。
自分がいざという時のビルワの影武者だと思っていたら、黒髪紫目で特徴的な自分を守る為に、ビルワを装って変装させられていたと言うのだから。
ボルケいわく、ビルワは貴族教育の一貫で元冒険者の自分から、護身術を仕込まれていると周知されていたが、愛人の娘(と思われている)リンダには護身術を教えていないと思われていた。
世間からビルワは、後継者として愛してはいないが誘拐などされないように、その辺は教育されていたと。
そして愛人に入れ込み、その娘にも護衛を付けていたことから、リンダは弱いから狙い目だと思われていたようだ。
どうしてそう考えるかと言えば、実際に侯爵邸に入り込んだ者を捕らえて、聞き出したからである。
既に金で侯爵邸の情報を売った、メイドや従者の当たりもついている。
今彼らはボルケの仲間が監視し、その繋がりを確認している最中である。
「蟻の子一匹、逃がすわけにはいかない。
子供達の未来の為にもな!」
きっと関係者は、無惨な最期を遂げることだろう。
ただ他にも諜報のような者がいないかはっきりせず、周囲にはリンダが部屋に籠っていると思わせて、ビルワ専属の侍女として行動させていたのである。
だから変装した金髪眼鏡をリンダと知るのは、ごく僅かの味方だけなのだった。
良かった…………。
私は、ビルワ様の障害にはなっていなかった。
逆に守られていたんだ…………。
(そんなことがあったんだ。そうか、私は…………)
その事実を知る者達は、静かにリンダ達を見守っていた。
その中には、リンダが受けてきた嫌がらせを知る者もいた。
リンダの「報復しないで」という願いは守られたのだが、情報だけは他からボルケ達にはあがっていた。
リンダには思ったより多くの護衛が付いていて、傍におらず影ながら見守る者もいたから、ボルケも情報は得ていたのだ。
けれどリンダの意を汲み見守って、様子を見ていたのだ。
どうしようもない時は、前に出ようとして。
けれど辛抱強い彼女は多くのことを自力で乗り越え、助けに出ることはついぞなかった。
忍耐比べは、リンダの勝ちである。
リンダやその護衛に気づかれないスキル磨きは、魔獣相手の気配消しにも役立つ訓練だと言う。この辺がもう、冒険者達の修行の一つになっているのは、リンダが諦めなければならないところだ。
だってボルケだから。
本当は頭脳より、自ら動く行動派だから。
シチルナが弟なら、きっとボコって教育していたはずだもの。
嫡男で両親に擁護されていた為、手を出せなかったが本当のところ。
(物理で)教育されれば、今頃は真人間になってたのに。
残念!
そして母ミルカからも報告があった。
リンダが幼い時は、ビルワの護衛と魔獣狩りで金銭を得ていたから、ボルケからの援助金はすべてリンダに貯金してあると。
だからあのいじめっ子達は、侯爵の資金ではなく、母が働いて得た物を飲み食いした訳である。
そう思うと何故か、猛烈に怒りが沸いてくるリンダだった。
(愛人手当てじゃなく、危険な魔獣狩りだと知っていれば、絶対に何も渡さなかったのに! 再度会えば怒りが沸きそう。ああ、まだ怒りは昇華してないのね)
そして今、母の巨乳がないことに気が付く。
リンダが聞くと、あれは偽乳だと言う。
「まあ、ほら。乳を見てれば顔をあんまり見ないから、印象操作に役立つのよ。
乳のデカイ女は、何でか知らないけど馬鹿だと思われて警戒されないし。
パットだから重くもないしね。
時々上にずれてくるから、気を付けなきゃだけどさ。
戦闘時は邪魔だから、勿論取るわよ。
おほほっ」
密かに憧れていた巨乳は夢の産物だった。
遺伝に期待したリンダの夢は、散ったようである。
(これから大きくなると期待してたのに、残念)
ある意味、今日一の落ち込みである。
あれだけショッキングなことがあったのに……。
強くなったね、リンダ。
だからビルワも、護衛にミルカがいることに気付かなかったのかもしれない。胸って印象強いから。
ある意味、貧乳乙女の夢だから。
ビルワはまだ若いから、これから伸び代がきっと、たぶん、おそらく……。
◇◇◇
夜がさらに更ける頃には、もう緊張も解けたリンダ。
ヴェノムフロッグのお肉とブドウ酒で、ほろ酔い気分になっていた。
暗くなり始めて、用意したキャンプファイヤーに赤々と火が灯ると、さらに幻想的な雰囲気が増す。
「みんなありがとうございます。こんなに嬉しい誕生日は初めてです。感謝します」
そんな挨拶をしてから、泣き出していた。
いろいろ溜まっていたのだろうと思い、ビルワが抱きしめると、その刹那でそのまま眠りについていた。
たぶんブドウ酒に酔ったのもあるだろうが、自分の出生についてずっと気にしており、それがどうにもならないことのへの折り合いも、やっとついたのだろう。
リンダは、微睡みながら微笑んでいた。
(ああ、思っていた不貞ではなかったんだ。
お父様もちゃんとお母さんを好きで、そして私が生まれたんだ。
良かった……うっ……)
そんな蟠りが解け、彼女の心は穏やかになっていたのだった。