打算ありの契約結婚
《ビルワ視点》
「何て可愛らしいのかしら、私の妹は。もっと甘えて欲しいわ」
ビルワは、リンダのことを気にいっていた。
だからこそ、義妹とは呼ばず妹として呼んでいるつもりである。
そもそも歪な家族となった事の発端は、父の兄シチルナ様が婚約者を捨てて、恋人と逃げたことから始まる。
婚約していた相手は、矜持高き公爵令嬢のレモアン・デンジャル様だったから、怒り昂る公爵家から我が家は引くほどの慰謝料をむしり取られた。
没落しそうな我が家を助けたのは、次男のボルケ・キュナント侯爵子息。そう私の父である。
父は家を継げないからと早くから家を出て、冒険者として魔獣を倒して生計を立てていた。わりと腕の立つ冒険者として。
傍らに立つのは、相棒のミルカ様だった。
そもそも父とミルカ様は、同じ野望を持つ同志だった。学生時代からいつも一緒だと言うが、それは他の仲間も含めてのことだった。
それでも何かと気が合うので、良い年になっても独身なら結婚しようかと冗談では言っていたそう。
そんな冒険者をしている時に、生家からまさかのSOSが。
「何だと! シチルナ兄さんが恋人を連れて失踪?
公爵家はメチャクチャ怒ってて、引くほど金をむしられた?
邸の使用人の給金も払えない?
もう分かったよ。今戻るから、待ってろ!」
そんな感じで父は、生家であるキュナント侯爵家に戻ったのである。今まで冒険者で稼いだ資金を借金の穴埋めや、経営運営に当てて頑張ったのだ。
もともと兄より優秀な弟と呼ばれていたので、兄に変わって当主になるのに、時間は多くかからなかった。
ただ問題は結婚だった。
父のことを知る方(友人)達は、諸々の事情を知っているが、多くの人はわざと影に引っ込んでいたお父様のことを知らなかった。
優秀な弟が前面に出て、兄の邪魔をしないように配慮していたからだ。
父の両親(私の祖父母)は、父が冒険者をしていたことを隠していた。伯父様の借金の穴埋めを、冒険者家業の資金から補填したと、言いたくなかったらしい。
没落せずに済んだのを、感謝しても良いはずなのに。
謎の矜持持ちなのだ。
また、結婚なんて考えていなかった父だが、国王の甥である件のデンジャル公爵が、王に頼って口出しして来た。
「適齢期の後継者に婚約者も、嫁もいないのは不味いな。
早く結婚して後継者を作るように」とか、王命までとは言わないがそれに近い感じで。
デンジャル公爵も「それが良いでしょう。元婚約者殿の弟は領民にとても人気がおありですから」と、煽ってきた。
「剥げろ、権力持ちのクソ野郎。あ、片っ方カッパだった」と小声で周囲を笑わせて、聞こえないはずなのに睨まれていた。
そんなふざけたところがある父に、きっと貴族は窮屈だったろう。
そのデンジャル公爵家は、飽きることなく地味に嫌がらせをしてきた。
当主となった父が、(爵位の関係で)結婚も出来ないお義母様を囲っていると噂を流したのだ。
どんなにお金をむしり取っても、腹立ちは収まらないようで(もしかしたら、カッパの件がバレたのかもしれない)。
勿論それは、全くのデマだ。
その頃のお父様とお義母様は、恋人でも何でもなく、ただの冒険者仲間だった。
確かに紅一点で目立ってはいたが、他にも仲間は居たと言うのに。
まあ、虫の息の侯爵家からは反撃も出来ず、一時が万事そんな感じなので、来てくれるお嫁さんもいなかったそう。
仕方がないお父様は、同じく嫁入り先のなさそうな私のお母様に、契約を持ちかけた。
お義母様では契約としても、爵位が足りな過ぎたそう。
契約内容は、侯爵家を継ぐ子供を一人もうけることで、その後は離縁に応じることだった。
その内容に添って、お母様は私を生んだ後、離婚に向けて動いていた。
けれどそんな時に、伯父様が侯爵家に戻って来たいと連絡が来たそう。
だがそれは、さすがのお祖父様も反対した。
今さら後継をお父様から、醜聞のある伯父様に戻すことはないと言って。
もし受け入れていたら、デンジャル公爵家が黙っていないだろうし。
それに父の仲間に依頼した調査書では、伯父様は逃走先の悪い輩に唆され、侯爵家の簒奪を狙っているとのことだった。
既にこの時、伯父様は除籍されていたのに。
そんな訳で私の母と私を守り、父と父の仲間達は暗躍していた。父不在時にも、命を狙われたりしないようにと。
ただ誤算だったのが、私の母方の叔父と祖父母に当たる人達の存在だった。
本来なら母は私を出産後、慰謝料を渡されて離縁するはずだった。
けれど何処かでその話が漏れ、生家の子爵家に戻ったらもっと酷い扱いの後妻となる計画が、立てられていたらしいのだ。
酷い男尊女卑と暴力を振るうことで、有名らしい年寄り男爵だそう。
それはいくら何でも看過できず、結局は離縁しない状態が続いていた。
母が嫁ぐ時は結納金を伯爵家に渡し、持参金はなしにしていたので、さすがにお金の打診はしてこなかったが。
丁度その時、母と離縁する予定で動いていた父とお義母様は恋に落ちていてリンダを孕んでいたらしく、結果彼女は庶子となってしまった。
本当に申し訳ないことである。
その後も伯父様の雇う者達が、私と母、勿論父にもちょっかいをかけ続け、お父様の仲間の冒険者と時々お義母様で、守ってくれていたのだ。
そしてその冒険者の一人、マースと母が恋仲となり、私が12才の時に死亡事故を偽装して逃走した。
私は当時、母とマースだけの計画だと思っていたが、父の再婚後にその真実を伝えられた時は眩暈がした。
到底二人では出来ない偽装工作だと、その時初めて気付いたからだ。
それによく見ればお義母様は、幼い頃から私達を護衛してくれた方だった。
再婚後に何故、すぐに気付かなかったのだろう。
「護衛中は装備をしていたから、雰囲気も違ったでしょ?」
そう笑って下さるお義母様だけど、どんなに苦労をかけてしまったことだろう。
伯父様のことがなければ、とっくに父と再婚できていたと言うのに。恨み言の一つもなかった。
「まあ実際に、ナルシー様との籍は抜けてなかったんだから、私も悪かったのよ。お互いに気にしないことにしよう」
そう微笑んでくれた。
なんて人間のできた人なんだろうと、涙が止まらなかった。
背中を撫でて慰めてくれたお義母様は、幼い頃からずっと一緒にいた方だったのだ。
そして逆に、私のことが優先にされ、蔑ろにされたのが異母妹のリンダだった。
お義母様が、私の護衛や魔獣狩りに行くことで留守番となり、寂しい思いをしていたからだ。
未だに彼女は、本当の父とお義母様の正体を知らされていない。
どうやら彼女は、幼い時に苛められてトラウマを抱えているらしく、平民として普通に地味に生きることが目標のようなのだ。
これ以上の負荷は、かけられないとの判断が下されていた。
◇◇◇
過去にお義母様を狙ったある伯爵とは、父とお義母様の関係を知っている悪徳な貴族だった。
徹底的に潰してやろうと思っていたそうだが、そこには情報を流したクズがいた。
伯父様が絡んでいたのだ。
もう今後は、シチルナ呼びで十分ですね。
その為家名を守る為に、かなり穏便に済ませたのだそう。
シチルナへの戒めと、襲撃者の過去の罪を調べて上乗せし結果的にああなったが、生きたま魔獣に食われるよりはマシだっただろう(ボルケの当冒険者比)。
父はもう爵位なんて返しても良いと思っているのだが、領民が父を慕うので裏切れないと言う。
父方の祖父母に相談したことはあっても、「シチルナちゃんを罪人にしないで」とか、「家族を庇うのは弟として当然だ」とか、第一子に甘くて役に立たないので放置だと言う。
そのわりには、隠居先から資金援助を増やせと要求が煩いらしいが、それも放置らしい。
良いと思います。
けれど父の本質は、冒険者に戻ることだった。
父の周囲にいる護衛は、その殆どが冒険者。
稽古をつけて貰う為に、弟子になっているらしい。
そして一時期没落しそうな侯爵家を救った父は、伝説の巨大人喰い狼の群れを討伐した、『煌めきのななつ星』のリーダーだった。
その驚異からある国を救い、褒美として男爵位をチーム5人全員が賜ったほどの強者なのだ。
褒賞金も多く出たことで、普通に暮らせば20年は安泰だった。その国は小国だが、宝石鉱山で栄えていたから。
だからこそ侯爵家を立て直せたのであるが、それが祖父母には分かっていないのだった。
またクズのシチルナも謙虚だった昔の父を思い、舐めてかかっているところがあった。
そんな驚異からリンダを守る為に、普段は黒髪と紫の瞳を封印し、私と同じ金髪にして眼鏡で変装をさせている。
表向きは侍女として、授業も外出も一緒である。
◇◇◇
一見するとリンダが護衛のようだが、実は違う。
私は真実を知った後、父に付いて訓練を始めた。すべてはリンダの人生を奪った自分を鍛え、彼女を守る為である。
今でも距離を取られる妹だが、彼女の幸せを誰よりも願っているのだ。
いざとなれば彼女の盾になれるほど、鍛えられたと自負している。
時々リンダと別行動になる時は、傍らにはお義母様が彼女の傍にいてくれる。
使用人すべてを信じたいと思うが、母の契約結婚の情報が漏れていたことで、裏切り者がいると判明した。
今の私は自分の身を守れる程度には強くなったが、リンダの護身術ではやや手練れがくれば通用しないだろう。
私はリンダが心配で堪らないのだ。
そんな私は今日、父と一緒にヴェノムフロッグの群れを倒しに行く。
毒液を浴びせる大型の毒蛙だが、毒の分泌腺を除くと鶏肉の味に似た旨味たっぷりの極上肉になる。
リンダは隠しているが、それが彼女の大好物。
そう私は、誕生日プレゼントを狩りに行くのだ。
父の方からも、「リンダも15才になるから真実を話す」と、決意しているそう。
「私が狩ったお肉、喜んでくれるかしら? 楽しみだわ!」
喜色満面の私と「ああ、きっと大喜びだ」と頷く父が、馬に乗りながら一本角の魔獣とか、八つ首の蛇をバタバタ狩って行くと、周囲から羨望と驚愕の声があがり続けていた。
父はもう有名人だけど、私は認識阻害眼鏡で多少誤魔化しながらの討伐だ。
平民の多い冒険者でも男尊女卑傾向は強く、正体は明かさない方が懸命だと父に庇われているのだ。
周囲にクズの多い私は、男尊女卑に嫌気がさしており、「新しい国を作った方が暮らしやすいかしら? お父様はどう思う?」と問えば、
「おう、良いぞ。でも俺は王は面倒だからやらないぞ。
お前が女王になるなら、即独立だな!」と返してくる。
軽いノリで言う父だが、戦闘力は後一歩だけ巨大ドラゴンに届かないくらい。
炎を吐くドラゴンは、兵士5000人でも太刀打ち出来ないらしい(火を防げないらしく)。
そのドラゴン肉を食べるのが、父とお義母様と初期冒険者他3人の夢なのだ。
けれどその3人のうちの一人は、母の恋人の馭者に扮した冒険者仲間マースなのだそう。
父の新たな弟子の育っている今、国の建国はドラゴンを倒した後になるだろう。
戦力は十分揃ったみたい。
「私もリンダの為に、頑張るぞ!!!」
貴族らしさとは?
私達の周囲に答えはない。