ラブロギ王国からの移動の前後
ボルケの生国である、ラブロギ王国に激震が走った。
キュナント侯爵家から爵位が返上される書類が提出され、不備がない為に受理されたものが、宰相の元にあがって来たからだ。
「な、何だこれは! 至急国王に報告しなければ!」
報告を受けた国王は 「まさかそんなことが!」と、愕然として肩を落とした。
ちょっと前に、甥のデンジャル公爵と共に、悪ふざけをしていた国王のスユラナは、急展開についていけなかった。
国王とすればちょっとした意地悪で、ボルケが頭を下げれば税金は今まで通りにするつもりだった。可愛い甥に頼られて、少し強気になっていただけだった。
デンジャル公爵も、まさか爵位を返してくるとは思わなかった為、驚愕していた。
「あの土地を、あっさり捨てたと言うのか? 20年を注いできた地を……領民達を……」
デンジャル公爵が、強く殴られたような眩暈を覚えていた時、国王スユナラは肥沃な土地が労せず手に入り、王国の収入が増えると密かに喜びを噛みしめていた。
しかしボルケとその仲間達が、キュナント侯爵家を助けてくれなかったスユナラに、そんなことをする義理はない。
キッチリ、バッチリ、全てをジルパークン王国へ運び去っていた。
領地の税金は本来、年末払いであるも、10月分までの税金とさらに10月より上乗せされると言われた分を、1月分だけ多く上乗せして、税務課に支払い済みであった。
税金の値上げはまだ決定していなかったが、後から文句を言われないように納めたと言っても、過言ではなかった。
キュナント前侯爵の住む場所は、領地から少し離れた、隣領地の街中である。幸いにして土地と邸はボルケが購入したものなので、前侯爵は送られてくる資金で暮らすのは今まで通りだ。
その為、ボルケがもうこの国にいないと知ったのは、他の民や貴族と同じタイミングであった。
「な、何と言うことか。歴史ある侯爵家がなくなるなんて……。何故俺に相談をせんのだ。親不孝者め!」
叫ぶ前侯爵だが、「お前にだけは言われたくない」とボルケは思うだろう。前侯爵夫人も「今後の生活はどうなるの? 社交界で恥をかくじゃない! やっぱりボルケじゃ駄目なのよ。ああもう、シチルナちゃんは何処にいるのかしら、あの子ならこんなバカげたことはしないのに!」と、勝手だった。
言ったところで、何が変わるものでもなく、毎月口座にはいつもと同じ入金があり、普通に生活している二人だ。
だが頼りのシチルナも『ハチサン』と改名して、ジルパークン王国におり、孫も会いに来たいと思うことはない。
親族達も、侯爵位を返上した元侯爵には、微塵も用はないのである。それどころか、会えば責められることだろう。
「息子のやらかしに気付かないとは、何て無能なのだ」
「あんなに利益を生む場所を、ミスミス王国に返すとは。理解できんな」
そんな言葉の他に、実はボルケが国王やデンジャル公爵に嫌がらせを受けて、気が病んでいたのではと言う噂も流れていた。
嫌がらせをウザいと思っていた為、ある意味正解である。
◇◇◇
ちなみに。
ナイラインの生国である大国ニャガレビでは、彼の魔法スキルを知る者のは、極数名の仲間だけである。
幼い頃から蔑ろにされて来た彼は、スキルを誰にも明かさずに奥の手としていた。
未だに国王さえ知らぬ状態であり、知られていればさらに激務を課され、使い潰されていただろう。
その力で生き延びたことも片手で収まらないくらいで、カヌエオ子爵に引き取られた子供達も、彼の手によって救われていた。
けれども能力を隠したままで、尚且つ子爵家当主の仕事をしながらでは限界があり、その多くを天国に送ってしまう結果となった。
でも子供達は理解しており、恨んではいなかった。
「その能力で、可能な限り弟妹を救ってね」と、思うだけで。
所詮彼らは使い捨ての駒なので、最後には全員消される定めだった。それはナイラインも同じで。
ナイラインは当主になると決まった時から、絶対に生き延びようと思って生きてきた。だが長く生き、カヌエオ家に来た子供達と過ごすことで、みんなと生き残りたいと思うようになっていた。
ダヌクと最初に逃げた時は、運任せの面もあった。もしこれで死んでも、悔いは残さないと言う思いが。多くの子供を見送った彼は、最後に残されたダヌクだけは生かしてやりたいと思った。たとえ自分が犠牲になったとしても。
呪術師にかけられた術さえなければ、既に逃げ出していたことだろう。そんな仕組みを作ってきたニャガレビ王国には恨みしかないが、有能な呪術師が破れた今、その仕組みも崩壊することだろう。
ジルパークン王国で自分を売り込む為に、彼は能力を国王に打ち明けた。何度か話す機会を得て、彼なら信じられると思ったからである。
まあその前に、ボルケが国王に進言してことは内緒である。
◇◇◇
そんな彼ら(ダヌクとナイライン)を救ってくれた、ある意味恩人のボルケの頼みだもの。ナイラインも力が入ると言うものだ。
キュナント侯爵家を狙っていたのは、任務であり仕方なかった。でも今さら謝るのもどうかと思う。
それを今回の仕事で、少し償おうと思うナイライン。
幸いにしてボルケも、それで良いと思っているようだし。
そんなこんなで、多量の栄養剤を飲みながら、移動を繰り返すナイラインとリキュー。
それは建物から始まり、農作業の道具、川に取り付けた水車、ため池に通すパイプや仕切り板、栄養を含ませた土、猛獣・魔獣が入って来ないように張った結界など。
動産は勿論、魔力のような形のないものまで解除し、ボルケが来る前までの荒れ地に戻したのだった。
ある意味、広い荒野に何もない状態だ。
開拓し放題である。
「あー、スッキリした。思い残すこともないな」
「最初に来た時はこんな感じだったな。お疲れ、ボルケ」
「さあさあ。今度は人員を転移させますよ。ロベルトさんは聖女にかけて貰った結界を解いてくれたので、猛獣が襲って来るでしょうから、少々急ぎます。
まあ、貴方達は食料の調達になるでしょうから、そこで遊んでて下さっても良いですが」
ナイラインの言葉に、ボルケとロベルトは歓喜した。
「こんなに荒野なら、久々に広域な闇魔法を使っても良いよな。最近ショボい魔法しか使ってなくて、腕が鈍ってるんだよ」
「いや、お前。聖女の結界を解除したんだろ? それって魔力使うだろ?」
「いやいや。20年ものだもの。少し薄くなってたわ。解くの余裕だったもの」
「まあ。本人がそう言うなら、別に良いけど、どうすんだよ。肉は美味しく食べたいぞ」
「大丈夫だ。猛獣、魔獣を小結界に集めて、混乱の魔術にかける。その間にイルワナとイスズに、どんどん倒して貰うんだ」
「どのくらい集めるんだ? 混乱系の魔術は操作が難しいだろ?」
「そこが良いんだよ! 術が漏れた奴は、イルワナ達に丸投げだから、OKだぜ!」
「なにがOKか分からんが、まあ良いや」
「じゃあ悪いけど、暇なイルワナとイスズ。どんどん魔物を追いたてるから、よろしくぅ~!」
「よろしくお願いします。頑張ります!」
「お願いします、ロベルトさん!」
(この人、全然ストッパーないから。怖いんだよ!)
(言うな、イスズ。俺も想像がつかなくて、怯えてるぜ)
小声でやばいと言いながら、キュナント侯爵領で最後の猛獣狩りが開始される。
「全ての魔物と猛獣に降りかかれ、『コンフュー!』」
その瞬間。
近辺の魔獣達が、ロベルトの張る結界に追い込まれて来る。こちらに来る洗脳も、かけているのだろう。
入れるが出れない、タコツボのような作りの魔術は、魔獣達には絶命しかない恐ろしいものだ。
「えげつない。フラツキながら、集まってくる」
「ちょっと、あれ。強そうなオウギワシも上空に集まってるよ。殺しあいが始まると分かるんだな」
「マジか! あの結界にオウギワシが入ったら、上からも狙われるぞ」
「ああ。入ったら、出られないからな」
「うああー。ダメそうなら助けてくれますよね、ボルケさん!」
「大丈夫だって。まず頑張ってみろ!」
「ああ~。絶対助ける気ないぞ、あの人!」
右手でサムズアップするボルケは、胡散臭く笑っている。
そんな感じの雰囲気の中、その隣の方ではぞくぞくと空間転移が行われていた。
「お兄ちゃん、頑張ってね。晩御飯楽しみにしてるよ」
「気をつけて。怪我しないように」
「先に行ってるよ。早くおいでね」
見る人見る人に、応援を受けるイルワナ達。
長く一緒に過ごす領民達のこの安心感。
全然緊張感がない。
きっと、いつもの光景なのだろう。
「分かった。みんな、楽しみにしててよ」
「頑張るよ。チャチャと終わらせて、俺もすぐ行くからな」
そんな感じで、最後の魔獣討伐が開始された。
イスズは治癒魔法と保護魔法を使い、イルワナと自分の体に防御膜をかけつつ、剣術で戦う。イルワナは魔法が使えないが、剣技の上が達人レベルである。
そんな二人が肩で息をしながら、何とかロベルトの集めた魔獣達を屠っていく。ボルケは息絶えた魔獣をショイショイと持ち出して、血抜きをして皮を剥いでいた。
「リキュー、これも持ってけ。新鮮だぜ!」
「おうっ。みんな喜ぶぞ!」
リキューは山積みの肉を篭に入れ、いっぱいになるごとに、ジルパークン王国へ運んで行った。
「はぁはぁ、生きてるか、イスズ!」
「はぁ、ふはぁ、何とかな。何かもう、200体以上いたぞ、本当容赦ねえ。アハハハッ」
「ふー、違いないな。ハハハハハッ」
「クハハッ、疲れた~」
どうやら二人は、助けも入らずに乗り越えたようだ。
ボルケとロベルトも、期待以上の後継者が育って大満足だ。
◇◇◇
そんな感じで、最後のお土産のお肉も大量に手にして、ジルパークン王国へと残りの者も(魔獣討伐後に)移動した。
イルワナとイスズが王国に辿り着き、国王に挨拶した後、急遽街では祭りが始まっていた。大量のお肉で、臨時の歓迎会が行われると言う。
それにはボルケに付いて来た、ラブロギ王国の領民達も大感激していた。こんな嬉しいことはないねと言って。
母との邂逅で泣いた後のビルワも、オウギワシの焼き鳥を見て頬が緩んでいた。大好物だからだ。
「お母様。私、オウギワシが大好きなんです」
「まあ、そうなの? きっと美味しいのね。一緒に食べましょう(魔獣の肉は初めて食べるわ。ビルワはよく食べるのかしら?)」
「はい、たくさん食べましょう。きっとお母様も気に入りますわ!」
その後ナルシーはビルワとベンチに座り、大口で肉にかぶり付くビルワの食べっぷりに、感嘆の声をあげて笑うのだった。
「ふふっ、もう。タレが口の横に付いているわよ。子供みたいね」
「……ありがとう、お母様。テヘヘッ」
母のハンカチで口を拭かれ嬉しそうなビルワは、子供のように笑っていた。




