自分には、貴族は無理そう
「ビルワ、君との婚約は解消するよ。……ごめんね。僕、君の妹のリンダが好きになっちゃったんだ。
彼女はとても家庭的でさ。手作りでいろいろな物を作ってくれてさ。テヘヘッ」
婚約解消の話を悪びれもせず寧ろ惚気る男は、さっきまで婚約者だった伯爵令息グレプ・フルンツェ。
婚約を頼み込んで来たのは彼の父親の方だから、もう親も同意と(私は勝手に)考え、即座に元婚約者にした。
「分かりましたわ。都合の良いことに、父は本日非番です。執務室におりますから、お時間を頂いてまいりましょう」
「本当に! ありがとうね、ビルワ」
満面の笑顔の彼に、こちらも良いことをしている気分になる。
(いつまでもしっかりしない、彼のサポートの為の婚約だったのにね。
……ずっと弟みたいにしか思えなかったのよ。
でも安心したわ。
彼ももう、愛を語れる大人になったんだもの。
一人で頑張れるはずよ!
例えそれが、うまくいかなくてもね…………)
それでも長い婚約だった、丁度5才からの。
どちらが嫌になれば取り止めようと、親同士が話していたたいして家の益は絡まないものだった。
(でも良いのかしら。彼はたしか、家が継げない次男なのに? まあ、彼のお父様が資産家だから、案外平気なのかもね)
執事に父への取り次ぎをして貰い、一時間ほど後にと約束を得られた。待ち時間中はリンダの素敵ポイントを、これでもかと語るグレプは幸福そうだった。
そして時間となり、応接室から執務室へとグレプと共に入室したのだ。
私達を迎えた私の父であるボルケ・キュナント侯爵は、執務机に座したままグレプに尋ねた。
「グレプは婚約解消で良いのか? ここで私が筆を持てば、もう覆らないぞ。
父親に確認しなくて本当に良いのか?」
「良いのです。僕は真実の愛に生きるのですから!」
「そうか……。一応確認はしたのだから忘れるなよ」
「はい、勿論です。それに……きっとそんなに変化はないはずですから」
彼の考えでは既に、私と婚約解消をした後リンダと婚約する計画なのだろう。
さすがにすぐすげ替えると言うのは憚られ、今日は婚約解消だけを伝えに来たようだ。
父は嘆息しながら、さらさらと婚約解消書類を作成し、彼にサインを促した。まるで事前に分かっていたかのように、細かな条件が書かれたその用紙に書き足しただけなので、あっと言う間に完成した数枚の書類。
最後の行には本日話した内容を、殊更大きな字で書き足して。
『私ブルドゥは、グレプ殿に父親と相談することを薦めたが、不要と述べられ婚約解消を認める』と。
「ありがとうございます、お義父さん。また改めて訪問致します。それでは失礼します」
同じ書類をもう一部作成したブルドゥは、フルンツェ伯爵家の分として彼にそれを渡す。
伯爵に必ず渡すように伝えると「はい。勿論です」と、喜び勇んで帰るグレプに、複雑な表情の私と父。
長い付き合いなので、居たたまれない。
「あいつ、あんなにアホだったか? こっちはまあ、解消できて良かったが」
「はあ。私は別にどうでも…いえ、お父様の意思に従いますわ」
「また婿探しになるぞ。誰か良いのは居ないのか?」
「身分が関係なければ、心当たりはあります」
「……そうか。では一度連れて来なさい。たぶんお前が選んだなら、間違いないだろうから」
「光栄です。では後日に」
「うむ。では私は仕事に戻ろう」
「お時間頂き、ありがとうございました」
カーテシーをして部屋を後にする私は、喜びが溢れてニヤけていた。もしかしたら婚約者がいて諦めていた思い人に、告白できるかもしれないと思って。
まだ相手に打ち明けてもいないのに、気持ちが弾むのを止められなかった。
今回の婚約解消で金銭は発生しないが、グレプからの希望である為、条件を付けたお父様。それは旧知の友人である伯爵への、甘さのある納得できるものではあったが。
◇◇◇
件のリンダは、私の異母妹だ。
政略結婚の母ナルシーが亡くなって、愛人ミルカを妻に迎えた父ブルドゥは、母との結婚前から付き合っていたらしい。
1才違いの異母妹と会ったのは、邸に来たその時が初めてだった。
◇◇◇
私の母は実家が借金でどうにもならず、結婚か身を売るかの二択だったそう(ある意味、結婚も身売りか?)。
その借金も、私からすれば祖父母の贅沢の末だと言うから、頭が痛い。
そして姉(である私の母)が辛い時に、
「しょせん女は家の為の “モノ” だから。せいぜい役に立つように」と親から吹き込まれたのか、親と同じことを言ったと言う母の弟は、男尊女卑思考の持ち主だ。
きっと感謝もせずに、平然と子爵家を継いだのだろう。
その母ナルシーは私が12才の時に、谷底に馬車が落ちて死亡したことになっている。
『なっている』と言うのは、偽装だから。
母と馭者のマースは、密かに恋 (プラトニック)を育くみ、私にだけはそっと打ち明けてくれていた。
ある雨の夜。
領地視察の帰り道に、崖から落ちた二人の遺体は見つからず、服の切れ端が川下で発見された。
増水した水に落ちれば、生きてはいないだろうとの憲兵の調べにより、二人は死亡と判断された。
(ああ、うまくいったのね。良かった)
私は偽装がバレずに安心した。
二人は恐らく、マースの故郷に渡ったはずだ。
そんな感じで葬儀は済み、愛人ミルカは後妻として伯爵家に乗り込んできた。私より一つ年下の異母妹、リンダを連れて。
結婚前に平民の恋人がいたことで、母以外誰も嫁ぐ宛のなかった父なので、喪に服す期間が短くて醜聞になっても、全然平気そうだった。
義母と異母妹の気持ちは分からないけど、たぶん気にしていないのだろう。
◇◇◇
《リンダ視点》
ビルワの異母妹リンダは11才まで市井で穏やかに暮らしていた。母親ミルカと共に、平民としては比較的大きな一軒家で、贅沢に暮らしていた。
貴族の後ろ盾のある彼女達だから、平民の住む町では不自由など知らずに。
リンダは自分が、少し裕福な平民だと思っていた。
よく家を空ける父は、「忙しくて大変ね」と思うくらいで。
けれど実際の自分達は愛人とその娘だったことに気付いたのは、悪意のある友人達の言葉からだ。
ミルカから聞かされる耳障りの良い言葉より、友人から聞いた言葉に衝撃を受ける。
「どんなに贅沢が出来ても、しょせんは影の存在だって母ちゃんが言ってたぞ」
「愛人の子は、何もしなけりゃ父親の籍には入れないらしいぞ」
「俺知ってるぞ、庶子って言うんだろ?」
「何だよ、父親が貴族でもたいしたことないじゃん!」
「貴族の家では、父親の奥様が怒ってるんだろ、きっと!」
「何だよ、あいつら。偉そうにしているのに、貴族じゃないんだな!」
「「「「ワハハハハハッ」」」」
子供達は親の話を聞き、言っても良いことといけないことを判断出来ずに、リンダの心を傷つけた。平民は家族で食事を囲み毎食いろんな話をするから、子供とて耳年増なのだ。
大人達ならさらりと流す暗黙の了解。
リンダがこのことをブルドゥに話せば、どうなるかも分からずに。
「私は愛人の子供。奥様と娘がいるのに、そこへ帰らずここで過ごす父は、わりと最低かもしれない。
…………穢らわしいのね、私の存在は」
齢7才で知った絶望である。
リンダはこのことを父親に言わなかった。
彼もまさか侯爵である自分の家族が、ただの平民達に嫌がらせを受けているとは思わなかった。
だから、そんな心配はしていなかったのだ。
仮に母を罵ったなら例え子供だとしても、翌日に数人姿を消すことになっただろう。
今でも父は、黒髪で神秘的な紫の瞳を持つミルカを情熱的に愛していた。
何処かエキゾチックな雰囲気のスレンダーなのに、体のラインが色っぽく括れている巨乳の美女。
父が爵位を継いだのは、金銭的な不自由な思いを母にさせたくないからだけで、地位など元より欲してはいなかったらしい。
◇◇◇
《過去のある出来事(リンダが護衛から聞いたことだが、一部彼らの想像も含む)》
過去にある伯爵に飼われているならず者が、母を拐かそうとしたことがあった。
他の貴族が手にしたいほど、母には他の女性とは違うと思える稀少な存在だったそう。
そしてその数日後。
凄惨な姿のならず者達は、その伯爵邸の門扉の前に裸で転がされていた。
彼らを見慣れた者が判別できないほど、その姿はずたぼろだった。
目はくり貫かれ、耳は削がれ、両手足の爪は全て剥がされていた。
企てに失敗してから数日間、拷問を受けていたのだろう。
そのことがきっかけで父、ボルケ・キュナント侯爵はその伯爵から恐れられた。
言外に『次はお前の番だ。グヘヘッ』と、空耳が聞こえて来るようだったと(本人談)。
誘拐のことは一部しか知らない話なのに、何処からか漏れ出し『親の言うことを聞かないと、キュナント侯爵舌を抜かれるぞ』と、市井で噂になったらしい。
それには誘拐を企てた伯爵が、ボルケに平身低頭に謝罪し、多額の慰謝料を支払ったことが発端である。
それでも最初は、慰謝料を受け取らなかった父。
「勘違いされているのでは伯爵? 私は貴方に謝られることなど、ありはしませんよ。くくっ」
言葉は優しいが、時おり伯爵を覗くその眼差しは、虫けらを見るように冷たかった。
「ヒィ、彼は全部知っている。もう俺は殺されるしかないのか? 嫌だよぉ、助けてくれ、死にたくない!
亡くなったお母様ぁ、助けてよ」と、呟きながら大泣きしたのだった。
結果。
伯爵は全てを打ち明け、嫡男に爵位を譲って隠居することになった。
まだ伯爵は、40才よりずいぶんと手前であった為、社交界では様々な噂で流れたらしい。
父が貰った慰謝料は、そのまま領地の孤児院と病院の寄付に当てたんだとか。
そんな風にできる父は、良い領主だと人気があった。
その資金で贅沢もできたはずだが、当時から必要以上は望まなかったそうだから。
その伯爵の顛末があったせいで、噂はかなりの尾ひれが付いたものになっていったようだ。
そのことを知る平民達だから、母へ意地悪する者はいなかった。
だから彼らはリンダにも、何も言うつもりも家族に言わせるつもりもなかったのに。
◇◇◇
『貴族には深く関わるんじゃない。貶めることだけは絶対するんじゃないよ。相手はこっちを人間だと思っていないからね!』
寝る前に聞く物語のように、きつく何度も言われていたのに。
けれど…………。
どこの場所にも、親の言うことを聞かないガキ大将的な男子はいるようで、他の子供達も引きずられるように悪口を言ってしまった。
恐い噂等信じない子供達は、ある意味無敵だ。
「俺、母ちゃんの子供で良かったよ。いくら金があったって、愛人の日陰者の子供だったら、笑って暮らせないもんな」
「何で急にそんなことを言うんだい?
まさか、お前…………」
「わたしは穏やかな日々が好きよ。庶子なんて言われて、後ろ指をさされるなんて嫌だもの」
「誰が後ろ指なんて?
嘘っ、違うわよね。貴女は余計なことなんて言わないわよね!」
次々に子供達から暴露されるリンダを貶める言葉に、親達は恐怖で震えた。
それを知った親達は、彼女の前で罵った子供を連れ、彼女を探し見つけると膝を突いて謝罪する。
「ど、どうか許して下さい、リンダさん。この子はまだ何も分からない愚か者なのです。どうか、お見逃し下さい」
「ごめんよ、リンダ。お前の親父が、本当に恐い奴だなんて知らなかったんだよ。頼む、許してくれ!」
「申し訳ありませんでした。お詫びの慰謝料でしたら、一生をかけても、この子と働いて払いますから、許して下さい」
「ごめんね、リンダ。友達だもの、許してくれるよね」
「命ばかりは、どうか、どうか。うっ、うっ」
「母ちゃんが泣いてる。命って、大げさだなあ?
相手はたかがリンダだよ」
「私の責任なのです。もっときちんと育てるべきでした。
私の学がないばかりに! 申し訳ありません!」
「え、えっ、何してるの、リンダなんかに?」
「頭下げろ、チャールズ! もし死ななくても、腕や足は無くなるかもしれない時に!」
「何で? 俺そんなに悪いことしたかよ! 大袈裟なんだよ!」
阿鼻叫喚の中、子供達だけが親達の様子を真剣に捉えられないでいた。
「………………(あんなに嫌っている私に、今さら何の用かしら? あそこまで言うのだから、絶縁のつもりだったでしょうに)」
リンダはもう、別に気にしていなかった。
ある意味彼らはこんなものだと、見切りを付けていたから。諦めたと言っても良い。
自分からは関わらないし、もう傍に来ないで欲しいと願うだけで。
無言で目を伏せるリンダの態度を見て拒絶だと受け取った彼らの親は、必死で許しを乞い近寄ろうとする。
「どうか、お慈悲を! お願い致します」
「リンダ様っぁ、許して下さい」
「せめて子供の命だけは。教育に失敗した私の命を捧げますから!」
「すみません、我が子はアホで何も分からないのです!」
止めたのは彼女を庇う護衛のラック。
「突然お嬢様に寄るな、無礼者らが! こちらには用はない!」
護衛と買い物に来て道歩きをしていたリンダは、顔見知りの平民達が膝を突いて謝罪してくる様子を、感情もなく眺めていた。
当然のように侯爵家の護衛が前後に立ち、剣を鞘から抜いて構えている。
抜刀に戦く平民達は、恐怖に震えながらも正座して頭を地に突けたまま動けない。もう後がないと知っているのだ。
◇◇◇
何故、彼らが彼女の前に現れたかと言えば、リンダの両親に知られる前に、謝罪して誤魔化そうとしたからだった。
子供なら、丸め込めると思ったのだろう。
けれど護衛達は、以前より憤っていた。
リンダが止めるから不敬を咎めずに我慢したが、先日の「日陰者だの、庶子だ」のは事実でも、けっして相手には直接は言ってはならないことだから。
貴族なら思っていても、態度に出さぬものだ。
腹芸と言っても過言ではない。
それを貴族とは無縁の者が、明らかに貶める発言をしたのだから、報復しても当然なのだ。
雇い主であるブルドゥに伝えなかったのは、リンダの願いだったからだ。
「私は彼らに、傷ついて欲しい訳じゃないの。もし切られたり命を落とせば、私が忘れられなくなるから。……自分が辛くなるのが嫌なの」
「……分かりました、お嬢様」
「お心のままに致します」
黙っていたことがブルドゥに知れれば、護衛達にも咎があるだろうに。彼らはリンダを優先してくれた。
でももし再度無礼があれば、切って捨てても(平民達に)文句を言わせないぞ、と言う気迫が護衛達にはあった。
それを知るリンダは………………。
「それならこれに一筆下さいな。自分の名くらいは書けるでしょう? さあ、どうぞ」
彼女は怒った様子もなかったが、いつもの穏やかな雰囲気も消えていた。近いのは “無” と言う感情だけだった。
先ほど購入した買い物を護衛から受け取り、その中から綺麗な模様の付いた便箋用紙を取り出す。
そこにスラスラと文字を綴っていく。
記載した内容はこうだ。
「私は、アンジョウ、クレール、ミンティア、チャールズの言ったことを許します。
けれどその代わりとして。
深く傷ついたので、半径2メートルには寄らず声をかけて来ないこと。
私の姿を見た時は、即座に半径2メートル距離を取ること。
勿論、時々私の家に来て、欲しがって持って行った物や食べ物は、今後は提供しません。
守れない場合は、父に今回のことを相談し罰して貰います」
リンダは書いた内容を声にして読み、「これが守れるなら、サインをして下さいな」と、親達に文書を見せた。
数人は文字を流暢に読めたので、言ったことと内容が同じことを確認した。
「今サインなさらないなら、お暇させて下さい。これから家庭教師が来ますので」
そう言って馬車に乗り込もうとしたリンダは、呼び止められた。
「「「「リンダさん。サインをしますから、よろしくお願いします」」」」
親達は即座にサインをしたが、子供達は不満げだった。
「えー、もうリンダの家でオヤツ貰えないの?」
「綺麗なリボンやブローチも、くれないの? いっぱい持ってるのに、ケチね」
「チェッ、またあのりんごジュース飲みてぇのに!」
「何で僕らが離れるの? 面倒くさい」
何の反省もないその態度を見た親達は、子供達をぶん殴った。先程までの謝罪も、しぶしぶであることが判明した瞬間だった。
「アホが。どの道もう、そんなことは許されないんだ。手首を切り落とされたくなかったら、あんたもサインするよ」
「て、手首!? うそっ」
「あんたまさか、たかってたの? 家でリボンとか見たことないのに。嘘でしょ、あれだけ言ったのに!」
「貰っただけよ。良いじゃない、たくさんあるのに」
「綺麗にしてお返ししなさい」
「えー、もうないもの」
「あんたって子は! 奉公に出てでも返すんだよ。馬鹿娘が、うっ」
「え、本気。イヤよ、そんなの。ごめんなさい」
「りんごジュースなんて……。どんだけ高いのか、お前は知らんのか? 王都のまわりには、木なんてないんだぞ! 果物一つでも大金がいるのに。ジュースだなんて」
「リンダの家にはいつもあるんだから、良いじゃん」
「飲んで良いと言われたのか?」
「いや、勝手に飲んでた。いつも家には、リンダしかいないから」
「ああっ。なんてことだ。窃盗の罪でも、捕まるかもしれんぞ!」
「牢屋に入るの? 何で?」
「許可も得ないで飲むのは、犯罪だろ?」
「だって、駄目って言わなかったぞ!」
「聞かないで、飲んだのだろ?」
「……うん」
「ああぁ、どうすれば良いんだ!」
「お前は何もしてないのか?」
「僕はアンジョウに付いて行っただけ」
「本当か?」
「いや、本は借りた」
「返したのか?」
「……まだ。部屋にあるよ。ミンティアみたいに売ってはいないから、返せる」
「よし! じゃあ、すぐに返しに行くぞ」
「分かったよ。もう借りることは?」
「出来ない!」
「そうだよね、残念」
そんなやり取りの後、全員のサインを貰ったリンダ。
字を書けない子には、親が手を添えて書かせていた。
中途半端な身分の弊害である。
その後いかにも手作りなリボンのプレゼントや、持っていかれたブローチが返ってきたり、本の返却があったりと、母が居ない間に家に押し掛けて来た彼らの親が、再び謝罪に来た。
慰謝料なんて請求していないのに、いくばくかのお金も渡された。固辞しても受け取ってくれと泣かれたので、引き出しに入れたままになっている。
結局リンダは、近隣の子供達全員と距離を置くようになった。
寂しさよりも大事になるの方が嫌になったのだ。
その度に殺気を纏う護衛も怖いし。
守ってくれるのはありがたいけれど、何となく血はみたくないなと思って。
そんなリンダだったので、侯爵家に引き取られるのは嫌だった。
平民の学校を出たら誰も知らない所に行って、一から人生をやり直そうと思っていたのだから。
◇◇◇
ただ父である侯爵が厄介だと思った。
ブルドゥ・テュレエリは、母ミルカのことを溺愛している。
母と父は学園での同級生で、恋愛関係にあった。
当時の母は一応男爵令嬢だったけれど、身分違いであった為、結婚できるとは思っていなかったそうだが。
割りきっていたのは良いと思う。
けれど妥協で嫁いだ先の夫である男爵が死に、その家族から追い出されて生家に戻ったのだ。
僅かな手切れ金しか得られず、純潔も失った約2年の結婚生活。
生家には兄である次期男爵の家族もおり、肩身の狭い母は後妻先を探していた。
そんな時に手を差し伸べたのは、まだ母を思っていた父。
当然父とは結婚は出来ず、先妻を娶り母は愛人に収まったらしい。
生まれる前の話は、騒動の時に付いてくれていた護衛達に、根掘り葉掘り、無理矢理聞き出したのだ。
でもそれで、私はかなり合点した。
(うん、無理だ。この環境に心が付いていかない。
私は平民として生きたい。小説みたいな庶子の成り上がり物語とか無理だ。
元々誰に似たのか潔癖気味な私は、図々しく生きていけない。
この街ですら、もう息苦しいもの。
母は好きな人と一緒で幸せかもしれないけど、それは私の幸せではない。
ついでに言うと、貴族的な政略結婚とかも無理。
もし恋愛しても、自分が庶子で相手に負担がかかるならもう無理。
自活して、人の目を気にせず暮らしたいのよ)
そんなこと考えているうちに、母が後妻として侯爵家に入り、私も侯爵令嬢となっていた。
我が儘なんてとんでもなく、日々恐縮の嵐だ。
ただ一人で生きていく為に、学問だけは身に付けようと頑張ってはいたが。
金髪で緑の瞳の美しいお姉様。
お姉様って言っても、良いかは分からないけれど。
嫌がってるかもしれないけど、ビルワ様と言ったら父に注意されたし、1才下の私がビルワさん呼びなのも生意気な感じがするしの妥協で、お姉様と呼んでいる。
「本当にごめんなさい。
喪も明けないうちに、すみません」
謝りたくても謝れず、みんなが寝静まった後に小声で星に囁く私。
それでも誰かに吐き出さないと、苦しくて辛くて……。
ってな訳で、冒頭のグレプ様とかは全然好きじゃないし、関わることも僅かだったのに。
一応お姉様の家族として、失礼のないように行動しただけなのに。
私が原因で婚約破棄したなんて思われたら、完全に病むわ。
「本当何してくれてんだ、あの男は! 死にてえのか、ああん?」
今まで私が育った場所は平民街で、大勢の人の言葉はこんな感じだった。
父が付けてくれた護衛達も護身術を仕込んでくれ、ちょくちょく家を空けて不在の母より、彼らと話すことの方が多かった。
当たり前かもしれないけど、私達母子(愛人家族)の護衛は平民か下位貴族の騎士が多かったから、知らずと口調も移っていた。
普段は家庭教師に習ったように話すけど、地が出ると多少口調が乱れるの。
実はこっちの話し方が楽な私は、貴族には向かないと思う。
◇◇◇
そんな私はお姉様に、誕生日のプレゼントに何が欲しいか聞かれた。
「そんな、プレゼントなんてもう頂けませんわ」
「まあ、良いじゃない。考えておいてよ」
優雅に微笑むお姉様を見ると、尊すぎて跪きそうになる。そこをぐっと抑えて、「少し考えさせて下さい」と私も微笑んだ。
一応説明しておくと、私も母もビルワ様との仲は悪くない。
父とビルワ様も、普通の親子のようだと思っているし。
周囲がざわざわするような確執はないのだ。
偏にそれは、母も私も弁えているからだと思っている。
侯爵家はお姉様が継ぐことが当然だし、私と母もビルワ様に意地悪はされていない。
使用人の方達にも、辛く当たられることもない。
私はここで教育を受けさせて貰い、世の中の常識を身に付けさせてくれることに感謝している。
特に興味がある学問は語学だった。
これをマスターすれば、外国の暮らしにも慣れやすいと思うから。
そんな感じで、密かに自立を目指す日々が続いていた。