深夜2時13分の着信
都市伝説風の短編ホラーです。第一話目となる今作は、実録風に書いています。
これは、私の友人Nが実際に体験した話だ。
彼は都内の某大手メーカーに勤めており、入社してからずっと営業の仕事を続けている。入社五年目の今では、彼を信頼する顧客もかなり多いようだ。会社から貸与されている仕事用のスマホは、たとえ休日であっても手放すことは無いという。そうして、どんなに遅い時間であっても、社用のスマホに連絡があれば必ず出るように心掛けているそうだ。仕事をする上でもっとも大事な「信頼」を維持するためには、何よりも優先すべきことなのだろう。
「最近はさ、休日には『職場とつながらない権利』なんてものが大事って言われてるらしいけど、俺には関係ないみたいだね……」
苦笑しながらも、Nは不思議な体験談を語ってくれた。
ある日の深夜のことだった。仕事としての接待を終えてようやく家に戻ったNは、そのまま眠りたい欲求をこらえて、浴室でシャワーを浴びることにした。深夜の二時になろうという時刻だったが、汗ばんだ体のままでは寝れないから仕方ない。
浴室から出て部屋に戻ると、スマホの着信ランプが目に入った。
―こんな時刻に、誰だ?
不思議に思いつつも社用スマホを手にした。画面には、知らない番号からの着信履歴がひとつ残っている。時刻は深夜の2時13分だ。留守電サービスにはメッセージが残されていなかった。
―まあ、いいか……
アドレスに登録がない番号ということもあり、Nは気にせずそのまま眠りについた。
翌日、眠気をこらえながらも無事に仕事をこなしたNは、昨晩の寝不足分を補うように早めに床についた。だが、深夜にスマホの着信で目覚めることになる。
―誰だよ、こんな時間に!
いらだたしさをこらえつつも社用スマホを手にしたが、ちょうど着信音は途絶えたところだった。履歴を見ると、昨日と同じ電話番号が表示されている。時刻が深夜の2時13分という点でも同じだった。
その後も、二日続けて同じ現象が続いた。
―今日こそは、正体を突き止めてやる!
そう意気込んだNは、その日の夜は徹夜を覚悟した。金曜日の夜であり、翌日には仕事の用事なども無かったから、万全の体制で待つことにしたわけだ。
そうして深夜になった。
日が変わって、深夜の2時13分となる。
スマホに着信があった。
同じ電話番号からだ。
―もしもし、どなた?
社用スマホではあるが、いらだたしく応じていた。
通話相手は黙っている。かすかな雑音と囁き声のようなものがしばらく聞こえただけだったが、やがて女性とも男性ともはっきりしない小さな声が、かすかに「おぼえてる?」と呟くように言った。Nは怖くなり、その時はすぐに電話を切ったという。
そうして翌日も、2時13分に電話が鳴った。
起きたときには、すでに着信音は途絶えていた。
―しかたない、また待つか……
翌日、日曜日の夜に、Nはまた徹夜で待つことにした。
月曜は朝から顧客先でプレゼンの予定があるが、このままでは終われない。
やがて2時13分となり、社用スマホに連絡が入った。
―もしもし?
今度は冷静に応じた。同じく、かすかな雑音と囁き声のようなものがしばらく聞こえたあと、「……おぼえてる?」という声がまた聞こえてきた。
―誰かに似た声だな…
Nは冷静になり、しばらく考えてみた。最近は会っていない、歳が二つ下の弟に似ているが、彼が社用スマホの連絡先を知るわけが無い。不思議に思っていると、
「分からないかい? 僕は君だよ……」
そんなメッセージとともに、通信は途切れた。
―どういう意味だ?
いたずらにしても、意味が不明すぎるものだった。
だが、「僕は君だよ」という言葉がトリガーとなり、あることを思い出した。
―この電話番号は、もしかして……!
着信履歴に残る番号に、見覚えがある気がした。
個々の電話番号を覚える習慣など無いが、かすかに既視感があるこの番号は―
―高校の時、俺が使っていた番号だ!
間違いなかった。
高校入学の祝いにと、新しいスマホとともに親からプレゼントしてもらった機種で使っていた番号だった。今の時代に番号まで覚える必要は無いが、昭和生まれの父親から「自分の電話番号は覚えておくのが常識だぞ」などと言われたから、当時は覚えていた。ずいぶん前に番号を変えてしまい、すっかり忘れていたが、ようやく思い出した。
―誰だよ、こんなイタズラをするのは!
翌日、仕事を無事に終えたNは携帯会社のコールセンターに問い合わせた。理屈は分からないが、かつて自分が使っていた番号からのイタズラ電話に間違いないと思ったからだ。だが、事情を把握した担当者が調べたところでは、Nが以前に使っていた番号は解約状態のままで、現在は割り当てられていないという。つまり、その番号からの着信は物理的にありえず、通信記録としても確認できないとのことだった。
混乱と恐怖が募ったNは、意を決して再び電話を待つことにした。
やがて2時13分となり、社用スマホに連絡が入った。
通話状態になり、しばらくはかすかな雑音が響いていたが、
「……おぼえてる?」
相手は同じように聞いてきた。
弟の声に聞こえたのも仕方ない。
自分の地声を電話越しに聞くなど、これが初めてだからだ。
叫び出したい恐怖をこらえながら、
「おぼえてるよ、お前は俺だ。俺は今、ここで生きているぞ」
そう告げるや、すぐに通話を切った。
Nが思い出したのは、かつて使っていた電話番号だけではなかった。
深夜の2時13分という、この時刻にも思い当たるものがあった。
高校入学を友人達と祝い合い、深夜まで街中で遊び尽くしてから、友人が無免許で運転するバイクに乗せてもらったことがある。カーブでスリップして派手に転んだのだけど、幸いにも二人ともかすり傷で済んだという出来事があったのだ。買ってもらったばかりのスマホのディスプレイが派手に割れたから、印象深く覚えているそうだ。
「あの時は助かったと思ったけど、俺って、本当は死んでたのかもしれないな…」
Nはまた苦笑しながら、そう言った。
彼が想像するには、バイク事故が分岐点だったかもしれないということだ。
事故では何事も無かった、今の自分。
事故で致命的な怪我をして瀕死状態となった、もう一人の自分。
二つに分かれたルートのうちの「死に向かおうとする自分」がいて、そんな彼が「自分の未来はまだ続くはずだ…!」と強く願いながら電話をかけるうちに、無事な未来ルートを生きる自分につながったという、信じがたい仮説だ。
自分で口にするうちに恥ずかしくなったのか、彼はやはり苦笑しながら、
「普通に考えたら、ただの間違い電話かイタズラだろうけどさ~」
などと、照れ隠しのように言う。
真相は永遠に分からない。
その日を最後に、深夜の電話はかからなくなったからだ。
お読みいただきありがとうございます。今後も都市伝説風短編ホラーを投稿していくので、よろしくお願いします。