6章 別の問題。
学校の入り口に設置してある制御端末にアクセスする。
カギの返却に来たことを伝えると、いともあっさり時間外入校許可証が発行された。
夜の学校に入るのは初めてだ。
「テンション上がっちゃうね。夜の学校!
なんだか、悪いことしてるみたい。」
にこやかに華は言う。
「あの、華先輩……
これって結局どこに行くんですか?」
「「僕たちとりあえずはついてきましたが、
正直何もわかっていないんですけど……」」
不安そうに話す1年生たち。
そうだった、何も聞かずについてきただけであった。
「あ、そうか!何にも話してなかったね、ごめん。」
弾むように歩いていた華は振り返りながら語る。
「【じか……い?……さん……びし……て!】って言ってたんだよね?文節というかニュアンス的に2文に分かれてる。」
「最初は多分、【時間がない?】だと思う。慌てた感じもあったみたいだし。急に話せなくなるのが予想外だったって想定にも合致する」
納得出来る推察だ。
「で、饒舌に何か話したいことがある......だけどその場に居られない。でも、話せる相手を最近見なかったって言ってたわけだから、ある程度長い時間生きている、いや存在しているモノだと考えられる。そして、数日間はコンタクトがないってことは......?」
「「話が出来る場所で待っている、とか?」」
「Yesよ、山田くん!いやワトソンくん!」
ホームズは続ける。
「その彼女はこちらに話が通じているか否か、判断するすべが無い。これ以上話せないことを悟って何かを伝えようとしたならば、それは居場所に違いない。」
華が語っていることも相まって、一定の説得力を感じた。
僕以外もそのようで、みな一様に今の話を考察している顔をしている。
「でも、それでなんで夜間の学校に来たんだ?」
と、蓮。
「「最初に出会ったのが学校だから、学校のどこかで待ってる可能性が高いってことじゃない?」」
兄弟が補足する。
「いやいや、ワトソンくんもう一歩だねぇ」
得意げに再度、華が語る。
「学校にいる可能性が高い、はGoodよ。私もそう思ってた。そこで必要なのがさっきの話の後半の文【……さん……びし……て!】ってやつよ。」
「最後の部分は語気が強めだったのよね。これは多分指示語かな。して!とか、来て!とかね。さっきの推論から居場所を言ったんだとしたら、【......さん......びし...】っていうのが場所に当たる言葉になる」
「言い換えると、学校内にある【○さん○びしつ】ってことになるわね。」
ー○さん○びしつ.....?
「そんな場所あったっけな......?」
蓮は自身の携帯端末で校内マップを表示して確認していた。
しかし、当てはまりそうな場所は見つからなかったようだ。
頭を悩ませる1年生に華は微笑む。
「忘れてない?その子の姿。80年前の制服。果たして学校の全部が今と同じ名称かしら。」
「「学園の歴史のページ!」」
閃いた兄弟は学園の過去ページを開き、一同はそれを覗き込む。
「そう。本当にたまたまそのページを見ていたからね。すぐ気づけたわ。60数年前に学校が改築されて、それまでは沢山あったのにもれなく無くなった部屋がある。その改築の少し前に教育に関する法改正があってそれまで保管していた書類や以降使う教材はクラウド化されて必要が無くなった部屋。」
ー...教科準備室!!
「たくさん教科準備室があったみたいね。呼び名を区別しないと分からなくなる。もし私がその時在校生ならこんな風に呼びそう、【第○準備室】ってね。」
「第3準備室!【時間がない、第3準備室に来て!】って言ってたってことだな」
「Excellentよ、蓮くん。まぁ、あくまで推察の域を出ないし、どこが第3準備室に当たるのかは分からないから、そこはしらみ潰しになるけどね。」
ーなるほど...。
えっと、当時の準備室に当たる場所は...。
過去の校舎案内と現在の校舎案内を重ねて比較する。
「「視聴覚室、3年6組の教室、催事室、自習室B、辺りですかね」」
ピックアップされた場所はいずれも彼女を見かけてから一度も行っていない。
「カギ返却の入場時間は1時間しかないからサクサク行くわよ!」
言いながら華は歩調を早める。
もはや駆け足のそれに、1年生たちは引っ張られるようについて行った。
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そこは、いつも見ているはずなのに全く違う顔をしていた。
予想以上に深夜の学校内は不気味だった。
常に音が絶えないはずのその場所に今響くのは自分の足音や衣擦れの音。
そして、普段なら気が付かない電子機器の制御音が耳を掠めた。
「「なんというか......雰囲気あるね」」
「そうだな......外から見るのと実際に中に入るのって全然違うのな。」
おっかなびっくりといった様相の1年生たち。
自然と遅くなる歩調。
あれ?
ー待って、華先輩は?
数秒前まで眼前ではしゃいでいた華は忽然と姿を消していた。
「そういえば!えっ?さっきまでいたよな?」
「「いやいや、下足箱の位置が違うから!2年生は幾つか横の列...」」
「あ、なるほど!新たな恐怖が襲い来るのかと思ったぜ...」
軽口で誤魔化す蓮に続く形で2年生の下足箱の方に進むが、そこにも華の姿はなかった。
うるさいほどの静寂が僕たちを包む。
近くに自分たち以外居ない事は明らかであった。
静かに顔を見合わせる1年生たち。
その顔は、明らかに不安を表していた。
その時。
「............ぃ!」
聞き間違えだろうか。
声がしたような気がする。
よく見ると蓮と兄弟も同じ顔をしていた。
「.........い!」
気のせいではない。
明らかに校舎の奥の方から声がしている。
ふたたび顔を見合わせる1年生。
言葉は発さなかったが、何を言いたいかはお互いにはっきり分かった。
今の声、聞こえたよな?だ。
「お.....い!」
だんだんハッキリ聞こえるようになってきている。
呼んでいる.....?
あれ、よく聞くとなんか聞き覚えがあるような......。
「おーい!聞こえてるー?」
反響が強いが、しっかり聞こえるようになったその声は、紛れもなく華の声だった。
どうやら上層階から叫んでいるようだ。
「ごめーん!視聴覚室のカギ忘れちゃったー!持って上がってきてくれなーい?」
ー......。
「......。」
「「......。」」
1年生たちは気づいた。
か弱い美少女はまるで恐怖など感じていないことに。
全ての感情の上に好奇心が降臨していることに。
あと、恐怖心からか、高校生男子が自然に形成するパーソナルスペースが削られお互いの距離があまりに近すぎることに。
ーカギ、だってさ.....。
「お、おー。職員室のカギ庫だな。」
「「視聴覚室のやつだね。」」
お互いの距離を少し離して歩き始める。
別に誰が悪いという訳でもない。
だが、少しだけプライドのようなものが傷ついた気がした。
かくして、華消失事件は(勝手に)2分強で解決した。
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