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4章 ちょっとした疑念

購買は予想通りまだ空いていた。


お目当ての菓子パンとコーヒー牛乳を購入して、

僕と蓮は学校を後にする。


……。


「どうしたん?なんか普段より無口じゃねぇ?」


そう。


なぜだか自分でもわからないが、気になり続けていた。

先ほどの秋服の女子生徒のことが。


何か違和感があるというか……。


「めずらしいな、お前が女子のこと気になるなんてよ。

 まさか惚れたってやつか?」


ーからかうなよ、そんなんじゃない。

大体暗くて顔もよくわからなかったよ。


「ふうん……。

 そんなに気になるなら、明日華先輩に聞いてみたらいんじゃね?」


先輩に?なんで?


「オレもあの制服の人見たことないからよ。多分同学年じゃないだろ。

 ってことは先輩なわけだからな。それにさ……」


蓮は少し貯めて続ける。


「華先輩って知らないことないんじゃね?って感じする。」


そこまでためて言うほどのことではないが、

今日の様子を見るに、その意見には強い説得力を感じた。


とりあえず明日聞くだけ聞いてみるか……。


学園近くのバス停で蓮と別れ、僕は寮に向けて歩いた。



-------------------------------------------------------



久しぶりの部活に思ったよりも疲弊していたのか、

気が付いたら寝てしまっていたようだ。


というか最近、よく目が覚めるな。

入院するときも、病院でも確かこんな……。


考えていたところで、違和感に気が付く。

身体が動かない。


この金縛りには嫌な思い出があったが、

その思い出とは違い、体の重さやきつさは感じなかった。


むしろ、ふわふわと浮かんでいるような。

ゆりかごで揺られているような不思議な感覚だ。


気持ちがいい。

本来ならこの感覚で再度眠れそうなものだが、目だけは

しっかりと冴えている。


周囲を見えるだけ見てみると、窓の方に人影が見えた。


外を向いているが、その姿にははっきりと見覚えがある。


あの服だ。例の秋服……。


少女はゆっくりと振り返る。


結い上げた髪と眼鏡が古風で物静かな印象を与えるが、

顔立ちは幼かった。


おそらく年上だろうという話であったが、とてもそうは見えない。

むしろいくつか年下……?


などと考えてふと気が付く。

そういえばこれ夢じゃん。考察とか意味ないわ。


どう見てもここは僕の部屋だし。

あの人の顔、知らないし。


人間の脳は、自分の知らない情報や隠された情報に対して、

都合よく補完して認識させることがよくある。


マスクをしている人がマスクを外したときに、どのような顔をしていても

想像と違う、と思ったり、夢の中で様々なファンタジーな現象や恐怖の体験をしたりしても

方法や状況がどこかリアルじゃないのは、脳が勝手に作った情報で補完されており、

その内容が実際とは異なるために違和感が生じるからだ。


この話で言うと今回のは後者。

僕が気になっていた事柄を脳が夢という形で再現しているのだ。


顔も知らないはずの人間が、しっかり再現されている

(しかもちょっとかわいらしく)、ということが夢であることを示している。


「……ぇ」


今声が聞こえた気がするな。

夢のはずなんだが、やけにリアルに……


「ねぇ!聞こえてるんでしょ!」


今度ははっきりと聞こえたぞ。夢なのに。


そう思う心とは裏腹に、先ほどまでのふわふわとした

感覚は消え失せ、体が動くようになった。


ベッドの上でゆっくりと体を起こす。


あーあ、よく寝た。

視界の端には、まだ人影が見えた気がしたけれど、

これ夢だもんな。


起きたばかりの目をもう一度閉じて、軽くこする。


そして、もう一度ゆっくりと目を開けてみる。


――いる。


秋服を着た少女がやや不機嫌そうに

僕の目の前に立っていた。


えーと……あなたは……?


答えずに、少女は饒舌に話し始める。

どうやらかなり興奮しているようだ。


「やっぱり私が予想していた通り!いたのね、わかる人が!

 ここ最近は本当に見かけなかったから、もうあきらめかけていたのよ」


何の話をしているのか、見当もつかない。

おいていかれている僕をよそに少女はさらにヒートアップしていく。


「ってことは、仮説は真実味を帯びてくるわね……

 いったい裏には何が……まさ……しょが……」


なぜか次第に少女の声が聞こえなくなっていく。

よく見ると、窓からさす月の光が少女の身体を

通り抜けて僕の目に映っていた。


「じか……い?

 ……さん……びし……て!」


少女は真剣な表情で何かを伝えようとしていたが、

ほとんど聞き取ることができなかった。


そして、そのまま完全に消えてしまった。


いったい、なんだったのだろうか。

今この時も夢であることを疑っている僕がいたが、それは否定された。


そのまま眠ることができずに、月が朝日に変わったからだ。


いや、もしくはそれも含めて夢なのかも……


ふと、少女が立っていた窓の方に視線を移す。


あれ、そういえばなんでカーテンがすこし開いているんだろう。

寝る前はしっかり閉じていたかがするけれど。


ゴミ箱も倒れているな。

倒した覚えは全くないけれど。


これも含めて夢なのだろうか。



-------------------------------------------------------



あの夢を見てから、3日が経った。

結局、何だったのだろうか。


あれ以降夢を見ることもなければ、

体調を崩したり金縛りにあったりなどの

変化は一切なかった。


というよりも、僕の周囲では

一切何も起こらなかった。


部活動のある夏休みの平日。

それ以上の表現がないくらいに、平穏だった。


部活のおかげで、夏の課題はほとんど終わり

残すところは日記のみ。


これはコツコツ地道に記載していくしかない。


史上最も早く夏の改題を終えた蓮は何やら

晴れやかな表情をしていた。


「課題をちゃんと終わらせる達成感を、

 オレはいま嚙み締めているんだ……」


誰もがたいてい小学校の間に終わらせているであろう

感情にさいなまれている。


とはいえ、本当に初めてなのではないか。

これは雪どころじゃなく槍が降っても納得だ。


「はーい、みんなお疲れ様!

 予定通り7月いっぱいで課題終了!ここからは

 部活動に専念できるわけですが!」


透き通った声で華は言う。


「しかし!私には一つ疑念がある!」


疑念……?

いったい何のことだろう。


考えていると、華と目が合う。


というより見つめられている。

初めて見る、少し不満そうな表情。


そんな顔もできるのか。


「なぁ~んかさ、私に隠し事してない?

 匂うなぁ……」


じりっと、華が詰め寄る。

どうしよう、何を言えばいいのやら……。


困りきって視線を逸らすと、その先には蓮。

目が合った瞬間にひらめくような顔をする。


「あ、あれじゃね?秋服の人!

 先輩に話してたっけ?」


こいつはまた面倒なことを……。


当初僕は秋服の少女の件について華に相談する予定であった。

しかし、夢に見た時点で相談することをやめた。


なぜか。


面倒なことになるのが分かっていたからだ。


この状況をぼくは夢だと捉えているが、実際のところどうだろう。

少なくとも不思議な体験ではあるだろう。


さらに、病院でも同様のことが起きている。


もしもこの状況や話が華に伝わったらどうなる?


少し体調不良を起こしただけで、祟りを疑っていた

オカルト大好きな部長に知られたら?


もちろん、夢以外の部分だけを話してごまかすことも考えた。


が、絶対に何かぼろが出る予感がしていた。

というより、この現状を見てもらえばわかるが

彼女は勘も鋭い。


終わった……。


もういい、何もかも話してしまおう、と思ったが

事態は少しだけずれる。


「秋服?ああ、三年の。

 多分この人じゃない?」


華はおもむろにパソコンを操作すると、わが校の

生徒一覧から一人を選んでズームした。


「私が知っている範囲で、この学校の秋服を

 来ている人はこの人だけなんだけど……。

 この人と何かあったの?」


蓮と二人、モニターをのぞき込む。


ん?


違うぞ……。

確かにこの人は先輩だろうけど、まったく違う。

あの少女が来ている制服はもっと分厚いし、色が濃い

紺色っぽくて大きなリボンがついていた。


髪型も身長の感じも違う。

誰なんだこれ?


疑心を抱いていると蓮が言う


「あー、この人だ!こんな感じだったわ!

 割と背が高かったもんな。

 ほら、やっぱ華先輩に聞いたら一発だ!」


は……?


あの時、僕はこの人を見ていない。


ーこの人がいったいどこにいたんだ?


「どこって、職員室の先の廊下じゃん。

 部室棟側の。部室のほうに歩いてたんじゃねーかな。

 お前もそっちの方見てたじゃん。めっちゃくちゃ

 遠くに行ってたけど、よく気づいたなと思ったんだ。」


ー職員室の先の廊下?

掲示板の前じゃなくて?


「は?掲示板?

 職員室の前の掲示板ならだれもいなかったぜ?

 カギ返しに行ってる間、ちょっと校内新聞を見たんだ。

 絶対間違いねえよ。」


整理しよう。


ー僕が見た人はこの秋服の人じゃない。

でも、制服が僕たちのものと違ったのは間違いなくて、その人は

掲示板を見ていたんだ。小柄な感じで、とても先輩とは

思えなかったんだ。


「いや、何言ってんだ。違うって!

 あの時見える範囲には俺たち以外ならこの人しかいなかったって!

 しかも、掲示板の前は絶対にない!掛けてもいい!」


議論は進まず、平行線のままだった。

僕は嘘なんかついていないし、蓮もこんな不必要な嘘を

言い張るような奴じゃない。


ということは。


両者の意見がともに真実であったとすると

ここから導き出される答えは一つ。


僕と蓮はともに女子生徒を見かけた。

蓮が見たのは秋服を着た先輩。そして僕が見たのは

よくわからない制服を着た後輩風の少女。


秋服の先輩は廊下の先に、謎の少女は

掲示板の前にいた。


蓮は秋服の先輩に気付いたが、少女に気が付かなかった。

僕は逆に秋服の先輩に気付かず、少女に気が付いた。


ただ、僕が職員室の中にカギを返しに行っていた間、

蓮は掲示板の前で待っていて、そこには絶対に人がいなかった。


つまり……。


「オレに見えなかった人が見えたってことか?」


蓮も同じ結論に至ったようだ。


とはいえ。


いや、ないない。そんなこと。

多分僕が見間違えただけだ。


もしかしたらこの人だったかもしれない!

うん、そうだそうだ。


必死に自分を説得、というより

この場を治めようとした。


しかし、もう遅い。


食い違う話に夢中になりすぎた僕は大いに

口を滑らせた。


あ。


背後で何か大きなものが目覚める気配がする……。


恐る恐る振り返ると、華がうつむき震えていた。


擬音で言うと”わなわな”といったところか。


「ちょっと!どうしてそういうことを私に言わないの!

 詳しく聞かせてもらうからね!」


顔を上げた華の瞳はいつも以上に大きくきらめいていた。

まるでダイヤモンドのようだった。


溢れる笑顔。

これほど表情で”好奇心”を表現できるものなのか。


いそいそと片づけを始めている。


完全においていかれている。

とはいえ、何を言えばいいのかもわからない。


「はいみなさん、注目!」


荷物をまとめ終えた華が口を開く。


「本日18時より、わが科学研究部は郊外活動を行います!

 場所は駅前にあるファミリーレストラン、ハピネスです!

 食事等の費用は部費より負担いたしますので、ご気軽に

 できるだけ参加してください!なお……」


「君たちはできるだけ絶対に参加です。

 今夜の予定が空いていることはリサーチ済みです。

 それでは、またあとで!」


言い終わると同時に、風のように部室から飛び出した。


少しだけずれたと思われた事態は、思わぬ方向に

大きくずれる結果となった。


「ちょっと、華先輩!?」


慌てて蓮が外に出る。

が、すぐに戻ってきた。 


「マージで姿も見えなかったわ。

 華先輩、足早すぎないか?ワープとかしてる?」


「「聞いた話だけど、華先輩は

 去年の体育大会、並み居る運動部を差し置いて

 総合トップだったらしいよ。」」


気づかぬうちに荷物を片付けていた兄弟が告げる。


「は?マジかよ!?

 うちの運動部は結構強豪もいるぞ。

 本当に何でもできる人っているもんなんだな……。」


さすがのスペックに蓮もややあきれ気味のようだ。

僕も同じ感覚だ。ちょっと怖い。


「「それじゃ、またあとでね。

 なるべく強制参加のお二人さん。」」


華に続いて兄弟も部室を後にする。


そうか、常識人みたいな振る舞いというか普通に常識人なのだが、

ここにいる以上彼らもまたオカルトに目がない人種だった。


一気に静かになった部室に取り残された僕と蓮。


「……とりあえず帰るか。」


蓮は荷物をまとめ始める。


ーそうだね。

ここにいても仕方ないしね。


どうなってしまうのだろうか。

今夜は多分長くなるぞ。


あの人なら深夜でも今から学校に行こう!

とか言い出してもおかしくない。


ちょっと夢見が悪かっただけなのに。


……本当にそうなのか?


もう一度今までの出来事を思い返してみたが、

”勘違い”で納得する以外、具体的な説明ができないということに気が付いた。


気が付いたが、今はいったん忘れよう。


今夜をどう乗り切るか。


「やー、まさかこんなに大ごとになるとは……

 しかし、本当に見間違えじゃないのか?」


ーいや、正直自信ない。

でもさすがにあの距離で見間違えはないと思う。


……。


「……。」


謎の間。

いつもならどちらかが笑うだろうが、今日は

そうならなかった。


「帰るか……。」


何の答えにもつなげられず、僕たちは静かに

部室を後にした。

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