じいちゃん 元天才プロゲーマー
「ただいま」
大和はそのまま都心から離れたさびれた団地に帰った。
時代は進んだとは言え、経済的に豊かではない人間は蜃気楼のようにどこまでも続くドミノのような団地に住むしかなかった。
ひっそりとしたリビングに白髪の老人が座っていた。
老人はさびれた団地に似つかわしくなくスーツで姿勢よくティーカップを優雅に楽しんでいた。
「遅かったな大和。友達たちと遊ぶのは良いことじゃ。友情が一番大切。楽しかったか」
「ああ、楽しかったよ」
「そうか。それならいい」
八雲はにっこりとほほ笑んでティーをすすった。
大和は一度自分の部屋に荷物を置いてリビングに戻った。
「今日も仕事お疲れ様」
「ふふふ。見てみろ大和。このわしの手を。農作業はかなり疲れるぞ。お前もこうならんようにしっかり勉強するんじゃぞ」
八雲はうれしそうにぼろぼろの手を見せて微笑んだ。
しかし大和は不服そうに沈黙した。
「なんだでだよ。なんでじいちゃんは派遣でなんか働いているんだよ。昔はかなりの有名なゲーマーだったじゃないか」
大和は突如感情をあらわにした。
八雲はすべてを理解しているように頷いた。
「おまえにも話したろう。尾上禅のことを。わしの愛弟子であり、千勝無敗の伝説のプロゲーマーじゃった」
「尾上禅だろ。知ってるよ。その辺の小学生でも歴史の授業で習う」
「奴はあの戦争に徴兵された。わしは人殺しに反対したが、そうもいかない。時代が奴を放っておかなかった。奴は鬼神がごとく働き、敵を圧倒した。しかし奴は最後その数多の戦争からの苦悩により精神に異常をきたしたといわれている。歴史上な。ほんとのところなんで奴が反乱を起こしたのかはわからん。そうしてやつは世界連邦に反乱を起こして味方を惨殺して植物人間状態となって眠りについた。わかるじゃろ大和。わしはもうゲームにかかわりたくないんじゃ」
「でも弟子は関係ないだろ。尾上禅に何があったってじいちゃんはじいちゃんだ。俺を育ててくれたたった一人のじいちゃんだ。じいちゃんがゲームをすりゃこんなせこせこした労働しなくたって一挙に大金が手に入るじゃないか。月収1憶、2憶だって可能じゃないか。
仙崎八雲の名前なんて誰だってしってるよ」
リビングのテレビではニュース番組が流れていた。
本日のゲーマーインザウォー出場者情報がアナウンサーによって熱く力説されはじめた。
その音声が二人の沈黙の間を流れた。
「わしは世界連邦にとっちゃな。大和。大罪人を生み出した師匠なんじゃ。わかるじゃろ。そんなやつがまたゲーマーとして活躍してみろ。世界連邦もよい顔はせんよ。これでよいんじゃ。これで」
「ゲームとかかわりたくないんて大ウソだ。前はよくゲームを教えてくれたじゃないか。めちゃくちゃ楽しそうな顔して。それに大和は天才だって」
「そんなこともあったか.しかし、だめだ大和ゲームだけは」
自分が選出されたことを早く教えたい。そのためにゲームをして努力してきた。自分の眠る力は自分しか気づいてあげれないんだ。しかし自分を男一人手、しかも身を削ってまでの労働で育ててくれているじいちゃんのこころを裏切るのは罪悪感がある。それに今教えると意地でも止められてしまう。
大和の心は複雑なクモの糸でがんじがらめとなって出場されたこともなかなか言い出せないでいた。
昔、小さいころ、じいちゃんはよくゲームセンターに連れて行ってくれた。
もう何世代も前の平成という時代のゲームが置かれたレトロなお店だった。
じいちゃんは楽しそうにバトルゲームのやり方を教えてくれた。
じいちゃんのゲームの腕前はそれは飴細工を作る職人のように滑らかに動いた。俺はそれに見とれるしかなった。
あの頃、俺はただ毎日じいちゃんと二人でゲームをするだけで幸せだった。俺もじいちゃんのようにテクニックを磨いてゲームセンターで一番になりたい。ただそれだけを思っていた。
いつからじいちゃんはゲームをしなくなってしまった。口にさえしなくなってしまった。