大会出場者発表
大和はゲームセンターから一歩外に出た。
伸びきったビル群が冷え切った天を突くように聳え立っている。
ここはニューオオサカ。
第三次世界大戦により東京は放射能によって荒廃し、大阪に首都が移された。首都と言ってももうただの世界連邦の下請け機関に過ぎない。
歩いていると冷気が頬に刺さり、厚い鉛雲が落ちてきそうだ。
凍ったささめ雪がゴミみたいにちらついている。
前に見た時は人々はもっと薄着していた。それが今じゃこんなにも寒そうに厚着して、白い息吐いて。
大和はショーウィンドー沿いを歩く。そこに映された冴えない自分と目が合う。恐怖すら感じ、力ない視線を前にだらりと垂らす。
すると同じ高校の同じクラスの女子二人が歩いてきた。
この寒いのにミニスカートでふとももをほっぽりだして白い息を吐きながらこちらに近づいてくる。
マフラーなんてまいちゃってセーターで手をすっぽり覆い隠してなんとも楽しそうな笑み。
ああKなんかニックネーム使わずにほんとの名前を公表出来たら。クラスの女子にもモテモテ、一条京子だって、ふりむいてくれるかもしれない。
しかしじいちゃんが許さないだろうな。だがゲーマーインザウォーの大会に選出されるまでの辛抱だ。そこで打ち明けよう。そうすればじいちゃんと言えども撤回もできまい。
大和は女子生徒を避けるためそのまま曲がる必要もないのに右へと曲がって路地へと入った。
呆然と吸い込まれるようにして喫茶店へ入った。
人工知能型ロボットの可愛い店員がまさしく機械的な笑顔を貼り付けて出迎えてくれた。
その笑顔すらも今の自分にとっては救いに見える。
すべてのスキルポイントをゲームに振ってしまってもし選出されなかったら俺はこれからどうなるんだろうという不安が大和を苦しめていた。
コーヒーを注文。店員と目が合う網膜認証によって世界連邦から与えられている連邦国民口座から自動的にビットコインが引き落とされる。
椅子に先に座るとコーヒー運びドローンが到着した。
大和はすばやくコーヒーをとった。
やることもないのでテーブルから出現したホログラムをタッチしてニュースをみる。
ふぅん、世界連邦の黒さね
目に留まった記事の一節に注目した。そこには
世界連邦、アフリカ地域に対する経済的差別。賄賂政治に侵された議会の現実
と写真付きの批判記事が書き連ねてある。
あばら骨の浮き出たがりがりの子供達が、ゴミが散乱しているストリートに寝転がっている。何も食べていないはずのお腹は酷く膨れ上がり、目は疲れ果て、ボーっとしていた。
こうやって可哀そうな人間はいつだって世の中に生まれるんだ。この子たちが一体何をしたっていうんだ。宗教なんて信じてるやつはバカだぜ! 少しでも考えれば分かることさ。一体この矛盾に満ちた世の中のどこに神がいるっていうんだ。そもそも自分たちが神に見放されたから宗教に頼っているんだろ。宗教とはじゃあ一体なんなんだ。神がいるとすれば、
ゲームの中においてのゲームクリエーターぐらいなものさ。
次のページをスラッシュしようとしたとき隣の席で幸せそうな家族が目に入った。5歳児の息子は「お父さん、次は〇〇のおもちゃ買ってー」とせがんでいる。母親はそれを見て、今度さか上がり出来たらねーと言っている。
両親を幼くしてなくした大和にとっては知らない世界であった。
母のぬくもりと、頼れる父の存在。
じいちゃんに育ててもらってはいるものの、やはり本心ではどこか気を使っている。
自分はまたじいちゃんが死んでまた独りになってしまうんじゃないか。少しでも長生きするように苦労をかけないように良い子を演じなければという恐怖に縛られていた。
窓の外では無機質な雪が降り注いでいた。
木々には一つの葉も、生命も宿っていなく、寂寞を感じさせた。
その景色の寂しさに反抗するかのように恋人たちは街に溢れ、生を謳歌し、これ見よがしにいちゃついている。
もう一度街の雑踏へと出た。だがクリスマスの前の風景に神経をどんどん摩耗させられる。
恋人もいなく、勉強にも精をださずゲームばかりして俺はなんて親不孝なんだろう。これでゲーマーになれなかったら俺はポンコツ同然だ。じいちゃんに申し訳が付かない。
ひたすらに虚無を引きづって歩く。頬を刺す寒気。楽しそうに語り合う人々とクリスマスソングが孤独をせせら笑ってやがる。
「それでは、ゲーマーインザーウォーに選出された名簿一覧です。」
大和は四方八方を見渡した。
視界の中で回転するビル群の中、どうやらニューオオサカで最も高く聳えたつスカイタワービル壁面から出現したホログラムからニュースが流れて聞こえているらしい。
そうだ。今日は発表の日であった。
大和はこういうところには無頓着であった。
心臓が口から飛び出しそうに高鳴った。
選出方法は今までのゲームでの戦績を佐々木氏が作り出したAIが独自方法で総合判定している。
名簿一覧を一気に上から下までなめ上げるように見た。
大和のゲーマーの名前であるKの名前がそこにはあった。大和は心の中でひっそりと喜びをかみしめた。
「次は一条京子さんのインタビューです。一条京子さんは新進気鋭の女子高生ゲーマーで、弱冠17歳。今まさに昇り竜であります。選出された感想をどうぞ」
そして大和はその名前を聞き、鉛のような頭を上げた。
女子アナが述べた後、突如としてスカイタワーのビル壁面のホログラムに京子の姿が映し出された。
「一条さん」
その姿は清冽な美しさだった。可愛いよりも美しい表現が妥当である。透き通るように肌は白く、彼女の唇はその中で小悪魔のように赤く色づいている。
長く伸びた黒髪は絹のようにさらさらと流れ、つやめいている。
大和は首をただ呆然とあほのように上に傾けたままその巨大なホログラムの前に立ち尽くしていた。
「おお、京子さんだぜ」
「ほんと、かわいい。いや美しい。モデルみたい」
男子高校生の群れがスカイタワービルに引き伸ばされた京子のホログラムに夢中となっていた。昆虫が明かりに興奮して集まってくるのに似ている。
女子アナが京子の淡い口元にマイクを向けた。
「クリスマスに開催されるゲーマーインザウォーの大会では、1ビットコインもの賞金が出されるそうですが、優勝される自信はおありですか」
「私が優勝します。それだけ努力してきましたもの」
「すごい自信ですね。流石その若さでタイトルを獲得してきたゲーマーは違います」
ホログラムとして出現した京子は制服姿で腕を組み、涼しい笑みを浮かべている。
「なにか、気になるプレイヤーはいましたか? ほら、この頃噂になっている一切マスコミに姿を見せないゲーマー、K。この前の戦いではあの本田光一氏を破ったみたいですけど。彼も選出されたようですよ」
大和はディスプレイを見つめて唾をゴクリと飲んだ。
あの一条京子に俺が認識されているんだ。名前は伏せているとは言え、一体どんな風に思ってくれているんだろう。俺だ。俺の存在に気付いてくれ。俺は神田大和で君の同じクラスの生徒だよ。いつも君を後ろの席から眺めていた大和だよ。
京子の赤い唇の動きに全神経を集中させた。
「K、ですか。私は敵とみなしてません。そんなに強ければ堂々とメディアに出て、賞金を取れば良いじゃありませんか。それなのに一切マスコミに姿を現すことなく、ひそひそと。たぶん自分に自信のないひきこもりだと思いますよ」
大和は拳を強く握りしめた。歯を噛みしめ、血管がこめかみに浮かび上がる。
なんだと言うんだ。俺をここまでコケにするとは。
何も知らないくせに。何も!
今に見てろ。今に。今までは名前を出したくても出せなかったんだ。しょうがなかったんだよ。だが見てろ! 絶対勝ってやる。
お前を倒すためになら、絶対に出てやる。死んでもだ。これだけコケにされて。引き下がれるか。