結月ゆかりを中古で買った話
ありがとう公式様……
「いらっしゃいませ〜
本日はどんな子をお探しでしょうか?」
「えぇ、結月ゆかりモデルを探していまして……」
【中古品の結月ゆかりを購入した話】
男は悩んでいた
「ではこちらのマスターにより尽くしてくれるタイプの8世代モデルはどうでしょうか?」
「……んー、なんか違うなぁ」
目の前で愛想の良い笑顔を振り撒いてくれる彼女を見ても男の購買意欲は上がらなかった。
これで店員の勧めは16人目。男は店員に悪いなと思いつつも、大きな買い物というだけあってなかなか決断出来ずにいた。
「すみません、自分で見て回ってみてもよろしいですか?」
「勿論です。ごゆっくりどうぞ〜」
店内には様々な女性型のアンドロイドが客と触れ合っていた。
彼女たちはVOICEROID。最近ではゲーム実況・作曲、果ては講義や演劇の場等で目まぐるしい活躍をしているアンドロイドだ。
そんな彼女達が宝石箱のように煌めく店内で、男は店の隅にひっそりと佇む、値札のついた紫の少女に目をつける。
「君、名前は?」
「……値札と見た目で分かるのにわざわざ言う必要ありますか?」
その結月ゆかりは、周りの宝石のように輝く少女達と違い、影を落とした……いや、影そのもののような少女だった。
男は「それもそうだな」と苦笑すると、値札に目を落とす。
「ふーん……、中古品・傷あり・訳あり・歌唱不可ねぇ……。こりゃまた立派な称号をズラリと持ってるみたいだなぁ。」
「名誉の負傷でもなんでも無い、ただの傷物ですけどね。」
彼女は自嘲したように笑う。
男は、そんな彼女を品定めでもするかのようにジロジロと見る。……5分ほどかけてじっくりと見ただろうか。店員を呼びつける。
「すいません店員さん。この子ください。」
彼は店員がつくや否や躊躇無くそう言う。
その言葉に店員は目を丸くした後、焦ったように男を引き留め始める。
「お、お言葉ですがお客様、確かにこの子は大変お求めやすい値段となっておりますが、値札に書いてある通りかなりの不良品でございまして……、しかも中古品なため初期設定も出来ず、性格にも難ありで……」
「いえ、大丈夫です。話してて彼女が一番気に入りました。今すぐにでも会計したいです。」
店員が彼女の問題点をこれでもかと挙げようとしたが、男は知ったことかとそれを遮る。
店員は助けを求めるように周りの店員に目配せするが悲しいかな。誰も助けてはくれないようだ。
店員はため息一つ吐くと、観念したようにレジへ案内する。
「……お先に申し上げたように不良品かつ中古品です。その為、保険はついてきません。
そして、ご購入後はこちらでは一切の対応をお断りさせていただきます。それでもよろしいですか?」
「構いません。」
「……はぁ。分かりました。
ご購入、ありがとうございます。」
チャリン♪という電子マネーの小気味の良い音が響いた。
○●○●
「で、私を買った理由はなんですか?
どうせ、安く手に入るラブドールとかそんなことでしょうけど。」
「失礼な。普通に我が家に家族として温か〜く迎え入れようと思っただけだよ。」
店から出た後、男が運転する車の中で二人は良好とは言えない雰囲気で話していた。
「……まぁ、どんな意図があるとはいえ今の貴方は私の主人ですので、貴方の命令に逆らったりはしませんよ。」
「そりゃ良かった。女の子に暴れられたなんてご近所に知られたら回覧板が回って来なくなっちまう。」
男は車を停めると、ゆかりに降りるよう促す。
「どうしましたか?ここは家では無いようですが……、あぁなるほど、やっぱり捨てるんですかね。しかしVOICEROIDの不法投棄は犯罪に…… 」
「なぁに寝ぼけたこと言ってんだ。
お前の服買いに来たんだ。サイズとか知らんから付き合ってもらうぞ。」
○●○●
「こちらの服もお似合いですよお客様!
結月様のマスター様もそう思いますよね!?」
「あぁ!正直服のセンスとかは俺はよく分からないけど可愛いと思うぞ!」
「……えぇ?」
ゆかりはさながら、着せ替え人形のように振り回されていた。
「こういうのは女性側がやることで、男性側は退屈な時間を過ごすのでは無いのか。」と彼女は思ったが、やはりその考えが無意味だと理解した頃には日は落ちていて、男の両手には大量の手提げ袋がかけられていた。
「あの、私なんかの為にそんなに服を買う必要無いと思うのですが。」
「何言ってんだ!可愛い女の子がおめかししなくてどうする!我が家に収納スペースがもう少しあればもっと買っていたぞ!」
「……あの、一つ良いですかね。」
「何だ?」
「ちょっと気持ち悪いです。」
「……それはすまん。」
男は大柄な体格をしゅんと縮こませた。
○●○●
「ただいま我が家よ!」
「……。」
男は勢いよく家のドアを開け放つ。
家は一軒家なのでアパートのように周りに騒音などの迷惑はかからない。……まぁ、声量が声量なのでご近所へは迷惑はかかりそうだが。
「さて!家族が増えたこの素晴らしい日の夕飯と言ったら……そうだな!ハンバーグだな!」
「少年の心を持った姿をどうもありがとうございます。もう少し大人になることをお勧めします。」
「相変わらず辛辣だねぇ。」
男は陽気に笑うとキッチンへ向かう。
が、しばらくすると男はキッチンから顔だけを出す。
「あぁ、でも一つ手伝って貰おうかな。
だが、そりゃあもう、とーっても恐ろしい作業だがな……!」
「言ったでしょう。私はどんな命令だろうと従いますよ。」
ゆかりは心の中で……アンドロイドに人間と同じ心と呼べるものがあるのかは不明だと自問するが……思った。
『まぁ、私が買われた理由なんて碌なものじゃないことは最初から分かっていた。
この人間の本性もこんなものなんだろう。』
と。
そしてゆかりが特におぽつく様子もなく堂々とした足取りで台所に向かうとそこにあったのは……
「君には玉ねぎを切ってもらう!
ふふふ、涙が出てしょうがないはずだ……!
あぁ、こんなことを命令する自分が恐ろしい……!」
「……はぁ?」
この人間が何を言ってるのか、高性能な思考回路をもってしても、ゆかりは理解に数秒要した。
つまり、この人間は玉ねぎを切ることをゆかりに頼むだけでこんな、まるでドラマよろしく悪代官のような顔になっているのだ。
だが、元よりゆかりに断るという選択肢は無い。
少し動作がフリーズしたが、まな板に置かれた包丁を手に取り、玉ねぎを手際よく刻んでいき、危なげなくそれを終える。
「ハンバーグとのことでしたのでみじん切りにしました。文句ならお好きにどうぞ。」
「な、なん……だと……!?
玉ねぎを涙の一滴も出さずに切り終えたというのか……!?」
「あの、貴方はもう少しVOICEROIDについて知った方が良いかと思います。正直バカにしか見えません。
……アンドロイドはわざわざ玉ねぎで涙を流すように設計されてないんですよ。」
「はー、アンドロイドってすげぇんだな。」
この人間はバカなのかと。
二度目は心の中で言った。
もしかしてこの男、何も考えてないのでは……?とさえ思っていたが、彼女はまだ彼への不信感を拭いきれずにいた。
「うあっちぃ!?」
「何故フライパンで今まさに熱してる肉を素手でひっくり返そうとするんですか……?」
やっぱりこの男は馬鹿であることは間違いないだろう。
ゆかりはそう確信した。
○●○●
食事を終えた後、男は気まずそうな表情で話を切り出した。
「さて、実はだな。服選びに夢中になっててもう一人用の布団を買うのを忘れたんだ。」
「私が床で寝るので大丈夫です。
床が汚れるとなれば物置でもなんでも、指定していただければ。」
「それは絶対に駄目だ!
女の子を床に寝かせるとか俺のメンタルが持たん!君が布団に寝るのは絶対だ!」
「はぁ。」
そこで、ゆかりは思いついた。
この男の化けの皮が剥がれるであろう方法を。
「じゃあ二人で一緒の布団に寝ましょう。
私も貴方が床に寝るというのは心苦しいので。」
「おぉ!それは妙案だな!」
心苦しいなんて思いは微塵も持ってない。
それでもそんなことを口にしたのは、自分が美しい少女を象られて作られたものだからこそ試したいことがあったからだ。
こんな状態になればこんな馬鹿でも獣欲を顕にするだろう。そう思った故の提案だった。
男はその提案を否定するわけでもなく、歯を磨き、風呂に入ってから提案通り布団に二人で潜るのだった。
○●○●
チュンチュンとスズメが鳴く声でゆかりは布団の中で目を覚まし、自分の状態を確認する。
……いや、目を覚ますというより、目を開けて、だ。ゆかりは男の化けの皮が剥がれることを予期して、取る必要の無い睡眠を取らずにフリだけを続けていたのだ。
「呆れました……。」
まぁ、結論から言えば、男がゆかりを襲う事はなかった。
というか、見目麗しい少女と同じ布団で寝たと言うのにこれ以上無いぐらいの良い寝顔であった。
寝相も悪く無いし、いびきもない。
もはや人肌の程よい熱も相まって、お互いに寝やすい環境になっていることに困惑さえしていた。
「ふぁぁ……。……んあ?あぁ、おはよう。」
「おはようございます、ユニコーン野郎。」
「……美しい馬のような男だと受け取っておくよ。」
その後、何の躊躇いも無く自分の目の前で着替え始める男に溜息一つ。
不良品の自分側がまさか苦悩するなんて、想像もしていなかったため、彼女の心労は大きい。
「あぁそうだ!今日は映画行くぞ!映画!」
「……その心は?」
「今決めた!」
「……はいはい、分かりました。
貴方は前の持ち主以上に何を言っても無駄だということがね。」
○●○●
6ヶ月は経っただろうか。
男は『恐ろしいこと』だの、『恐ろしい作業』だの言って、やれホラー映画だの、やれジェットコースターだの、やれバイ○ハザードだの、やれ台所に出現したGの退治だのと、最早身構える必要も無い事柄をゆかりに一緒にやろうと持ちかけてきた。(尚、そのうちの殆どで男は自爆していた)
男の真意こそ読めないゆかりであったが、ある日、ふと気になってゆかりは男にある話を投げかけた。
「ところで聞きたいことがあるのですが。」
「おっ!?君から俺に話しかけててくれるなんて初めてじゃないか!いいだろう!何でも質問して来い!」
男の理由の無い熱意にいつも通り呆れながらも、ゆかりは話を続ける。
「私が歌えない理由、何故だと思いますか?」
「そりゃまぁ、歌いたくないからじゃないのか?ほら、VOICEROIDって個性が……」
「違います。」
ゆかりはバッサリと斬り落とすと、若干むくれた男を無視して話を続ける。
「喉に無理に流し込まれたんですよ色々と。
まぁ知っての通り……いや、知らなそうですね貴方は。
まぁ、人間で言う“食べすぎ”に相当する量を飲食して壊れるほど私たちの喉の設計はヤワではありません。壊れるとしたら不良品かもしくは……」
ゆかりは忌々しげに自分の喉を触って
「無理矢理何かを喉に突っ込まれたり、流し込まれたりしたり、とかですかね。
ま、発声の機能が残ったのはこうして皮肉の一つや二つ投げかけられるので幸いでしたね。」
そう、嘲るように、諦めたかのように笑う。
「というわけで、私は二重の意味で傷モノって訳です。これで私の貴方へ投げかけるニックネームの意味が分かりましたかね?古い女には手を出さないユニコーン野郎さん。」
一通り話し終え、彼女は自身のまぶたへの視線を目の前の男に向ける。
流石にここまで話してやれば、彼女が思いつくのは大体二つだった。
面倒くさいと適当に話を合わせるか、ここで見限るか。
本当にお人好しの善人だとしても、『なら、君を幸せにしてみせる』とか、ロマンス映画よろしく甘ったるい言葉を吐くだろう。
そのどれにしても、彼女の心が動く事はないだろうが。
「なるほど……」
男は一旦顎に手を当てて考え
「答えを出さないようで悪いけど、君は今の生活に関してはどう思ってる?」
「……まぁ、前の持ち主よりはマシですよ。
ですが、面倒くさい男がいる分、まだ廃棄品のままでいた方がマシでしたかね。」
「なるほどなるほど、そうか。」
男は『よし』と、手を叩くと
「じゃあ、今の生活が一番楽しいって思えるように俺が努力しなくちゃだな!」
と、そう叫んだ。
しかし、彼女にとってこれはただのお人好しの予想の範囲内であった。
「……はぁ。いいです、そういうの。
私に同情して、勝手に潰れるか意味の無い空回りをするだけです。何の意味も無いですよ、それ。」
「同情?知るかそんなの!
俺は家族が笑えないような生活が嫌なだけだ!
君にどんな過去があろうが、それを超える幸せをお互いに作っていきたいだけだよバーカ!」
「幸せだなんだって言ってるのに結局馬鹿だなんだと言って罵るなんてやはり程度が知れますね……。」
「何だとぅ?俺が描く幸せの未来地図にケチの付けようなんてある訳ないだろ!
……よし決めたぞ!お前がそんなひねくれてるのは歌が歌えないのが原因だな!
俺がお前を歌えるようにしてやる!俺が歌えるようにしてやってお前を更生させてやる!」
「どうしてそんな結論に辿り着いたのかは分かりませんが、貴方みたいなバカが直せる訳ないでしょう。しかも、そんなことするなら買い換えた方が安上がりですし、私の性格のインストールももう出来ないから、更生も何も性格が直らないこともわかんないんですか?バカなんですか、バカなんでしたね。」
「何だとぅ?人のことをバカバカって!
馬鹿って言う方が馬鹿なんだよバーカ!」
「その年で小学生みたいな持論持ち出すと本当に馬鹿を超えて哀れに見えるのでやめた方がおススメですよ?」
「むっきー!人のことを呆れた目でみやがって……!
クッソ、絶対見返してやるからな!覚えとけよ!」
男は自室の寝室の部屋に勢いよく扉を叩きつけて逃げるように去っていった。
しかし、少しすると扉を開けて出てきて……
「……君が寝れなくなるから部屋の扉は開けとくよ。」
と、今度はゆっくりと扉を閉めていった。
「そういえば、私を連れ出して遊び回るのに夢中にでまだ布団買ってませんでしたねあのユニコーン野郎は……。
気が利くのか効かないのかよく分かりませんね……。」
そう言って、自分が予想してた以上にデリカシーも配慮も無い男の布団にいつも通り入るのだった。
○●○●
それからまた月日が流れて。
ゆかりはいつものように現在の主人の布団で目を覚ます。
今日は珍しく……というより初めてゆかりが起きたときには布団の中には主人の男の姿は無かった。
今の時刻は大体午前6時。そこまで遅い時間という訳でもない。
「(また、“恐ろしいこと”とやらの準備か何かですかね。)」
寝間着を脱ぎ、数だけはやけにある服の中から一つを選んで袖を通して思考する。
「……まぁ、最近は最初期みたいにやけに私を誘って色々なことをするのも減りましたし、遂に愛想を尽かされたってところですかね。
ま、思ったよりは保った方なんじゃないですかね。」
全くゆかりを連れ出さなくなった訳ではないが、それでもここ最近は外出するのは一週間に1〜2度といった頻度となっていた。
そして、誰が聞くでもない部屋で一人彼女はそう独り言を呟くと、部屋のドアを開ける。
男はすぐにゆかりに気づき、手招きをする。
どうやら机の前でパソコンを弄ってたようだが、 見慣れないものが部屋に一つ。
そう、スタンドマイクだった。
「どうしましたか?今度はカラオケでもやるつもりですか?……あぁ、私への嫌がらせですかね。ははは。」
「ん?いーや?違うぞ?」
男はスタンドに取り付けられたマイクを取り外し、ゆかりにそれを差し出す。
「歌うのは君だ。そのために今日これを準備したんだ。」
「…………………………………。」
ゆかりは、今までのこの男と暮らしてきた中で、最も長い沈黙の後、ゆっくりと口を開く。
「……私はVOICEROIDです。故に、主人に逆らうことはありません。慰み物になれと言われればこの体を差し出しますし、死ねと言われれば今すぐにでも死にましょう。
ですが、今回に関しては、貴方の人間性を疑います。
えぇ、確かに言われた通り、一字一句違わず覚えてますよ?“俺がお前を歌えるようにしてやる!俺が歌えるようにしてやってお前を更生してやる!”ですよね。」
ゆかりは男はを最大級の嫌悪に染まった目で、喉に手を当てて男を睨みつける。
「ですが、私の歌唱機能は直っていません。それはその機能の持ち主である私が一番よく分かっています。もし無理矢理起動させても、ただの雑音しか流れませんよ。
……この話は、元はと言えば私から切り出した話ですが、言わせていただきますよ。
悪趣味なクソ野郎、とね。」
ゆかりは男からマイクを奪い取るように受け取る。
元より人へ奉仕する為にこの世に生を受けた商品である彼女に拒否の二文字は無い。しかして彼女には感情があった。それが、彼女にとって最大の不幸であるのだが。
そんなゆかりを見て、男は何を言うでもなく、パソコンから音源を流す。
曲名は『Twinkle Twinkle Little Star』日本語では『きらきら星』とも呼ばれる、誰もが知ってるような世界中で愛される童謡だ。
だが、そんな簡単な童謡がまるで自分に無駄な憐れみを与えてるようで、ゆかりの精神は更に逆撫でされた。
そして、その瞬間は来る。
…………まぁ結果から言えば
“実はマスターが陰ながらめちゃくちゃ勉強してて素晴らしい歌声で歌えた!”
とか
“2人の今までの日々が積み重なって奇跡の歌声が響いた!”
とか
そんな大それた奇跡は無かった。
そもそも、彼女自体はまだまだ彼を信用していない。
しかし、
“小さくも確実な必然”なら生まれた。
「Tw……ink……le……Twi……nk……le」
それは、あまりにもぎこちない声だった。
だけども、彼女が言っていた“ただの雑音”はそこには無かった。
なんとかリズムについていこうと、途切れ途切れの声を放つ少女の姿がそこにはあった。
世間一般から見れば“音痴”と呼ばれるかもしれない。VOICEROIDという規格から見れば不良品であるのは言い換えようのない事実だろう。
だが、歌える能力が0だった彼女の力が1になったという事実は今ここに間違いなく残った。
時間にして1分と少しという短い歌唱時間が終わり、彼女はマイクを置く。
そして、問いを投げかける。
「……一体、どういったトリックを使ったのでしょうか?」
「何、簡単さ……って言いたいところだけど自分なりに頑張って勉強してもまだまだからまぁざっとしか解説出来ないな。
マイクにちょっと細工をしたんだ。歌唱機能じゃなくて、普段の発声機能から派生して歌を歌えるようにね。まぁ、君専用のチューニングをしたり、君自体が本来搭載されてない機能を活用したりしなきゃいけないから、まだまだ滑らかに歌うのに時間がかかると思うけど。」
「……すごいですね。素直に感心しました。」
「マジ?……いぃよっしゃぁ!!!遂に感謝の言葉を引き出せたぞ!
寝ずに勉強した甲斐があったってもんよ!」
「貴方の馬鹿さ加減も凄いですけど。普通完全に歌唱機能が壊れた性格が悪いVOICEROIDなんてこの世に2台とあるか分からない不良品のためにこのまで親身になる人はいませんよ。
あと、努力したと人の目の前で言わない方が格好がつきますよ。」
「……本っ当に素直じゃないなぁ。
あと、別に親身になった訳じゃ無いぞ?」
「その心は?」
「だって今日君が来てちょうど一年だろ?
だから1周年記念にドカンと大きなことをした方が幸せ指数も高まるってもんよ!」
「貴方って人は本っ当にデリカシーが無い人ですね……。
私が言えたことじゃ無いですが、“1周年”・“歌えないVOICEROIDが歌えるようになる”なんて素晴らしい材料があるのにここまでロマンスも何も無い状況に出来る人そこまでいないと思うんですけど。」
「ロマンスだなんだより日々の楽しさが最優先だ!
……さてっ!さっきまでクズだの何だの言ってくれましたがねぇ。」
男はゆかりにビシッと勢いよく指をさす。
「君のがいくら俺に冷たく当たろうが!いくら無理だと言おうが!
お互いが最高に楽しい!って思えるようになるまであらゆる手を尽くしてやる!
ちょっと豊富な語彙で罵倒したからって解放されると思うなよ!
君が泣こうが騒ごうが!俺は君を……いいや、俺たち2人とも幸せになるまで絶対絶対絶ーっ対諦めてやらないからな!覚悟しとけよ結月ゆかり!!
……さて、勉強から解放されたことだし、今日は遊ぶぞ!さーて、今日はだなぁ……。」
男は呆れた顔のゆかりを無視して今日だけでは土台無理そうなスケジュールをペラペラと話し始める。
「はぁ……、もう好きにしてください。観念してどこにでもついていってあげますよ。」
だが、ゆかりはいつものように、……いや、いつもよりは妥協とか、そう言った感情が正しいだろうか。そんな風に体を思い切り投げ出して深くソファに座り込む。
これから自分が振り回されるだろう予想外のことを想像して、ゆかりはこの家で初めて、少しだけ、ほんの少しだけ表情筋を緩める。
そして彼に聞こえないようにぽつりと呟く。
「精々頑張って私を幸せにしてみせてくださいね。マスター。」
「ん!?今マスターって言ったよな!?初めてマスターって言ったよな!?!?」
「言ってませんよ!
あぁぁぁもう!ナレーターが言ってることぐらいには従ってくださいよユニコーン野郎!」