置いていかれた俺は現実を知った
目が覚めると視界いっぱいに青空が広がっていた。
清々しい景色とは対照的にカイムの心情は曇天模様だった。
「んっ、ああ。大分寝てたみたいだな」
体を軽く動かせば凝り固まった間接や骨やらがバキバキと鳴って自分が熟睡していた事を伝える。
「魔物が来た形跡は無し、このあたりは流石セーフゾーンと言うべきか」
何はともあれ無事であればそれでいいかと思考を切り替え当初の目的へ。
「ここから町までは何事も無ければ四時間弱――」
最初に登り初めてからセーフゾーンまでの時間を思いだし帰還に掛かる時間を導きだす。
だがこの時間は言った通り何事も無ければという前置きがあってのものだ。当然だが道中には魔物がこれでもかと蔓延っている。しかも相当な強さがあるというオマケ付きで。
「戦闘は全て逃走するしかないといえ、かなり運も絡むときた」
戦闘力は無くはないがここ一帯の魔物を相手出来る実力は勿論ない、というか戦闘をする選択肢自体ない。一応仲間に指示を出したり軽い援護の魔法位は使えるがたかがその程度だ。
「サレフの奴は命だけは保証するって言っていたよな」
身内贔屓を無しで見てもサレフの実力は超一流だ。数多の魔法を涼しい顔でぶっ放つ姿は今まで見てきた他者と一線を画す。
そのサレフが保証すると言ったのだ。それは大丈夫だろうという信頼より、大丈夫と確信を持てるモノだとカイムは考えている。
ともあれ先ずは進まない事には始まらないとカイムは手早く身支度を整えセーフゾーンを後にした。
「っと、この感じは近くにいるかな」
険しい岩山を少し下ると地面の揺れを感じたカイムはそれを魔物が歩いた地響きと察知し近くにある岩陰に身を隠した。
シンと身を潜めて十数秒、地響きは次第に大きくなっていき慎重に顔を出して辺りを見渡すと音の発信源の姿を捉えた。
「第一魔物発見ってか」
視線の先には体が岩で出来ている巨大な魔物、ロックリザードがいた。
四足で悠々と歩く様はその風貌も相まって威圧感たっぷりだがカムイにとっては都合のいい魔物であった。
ロックリザードはその体のせいでリザード系統の中でダントツで足が鈍い。それこそカイムの素の足の速さでも撒けるくらいに。
「道はそこで、あいつの視線と進行方向は……よし、行けるな」
ノッシノッシと数歩歩いては辺りを見渡しているのはエサになるものを探しているのだろう、だが自分の進行方向とは別のところを見ているので脇を通り抜けるのは十分に可能だ。
「こんな所でぐだぐだしていられないんだよ!」
タイミングを見計らって一気に飛び出す。ロックリザードは真横を通り過ぎる時に気づいたようだがもう遅い。止まる事無く駆け抜け姿が見えなくなるまで全速力で下っていく。
「はあっ、はあっ……、ああぁ!シンドイっ!!」
何とかロックリザードを撒いたカイム膝に手を当て荒くなった呼吸を整えていた。
無事に撒けたとは言えこれをあと何度繰り返せばいいのか考えると気が重くなってしまい頭を振って考えるのを止めた。
周りを警戒し魔物の気配を感じられないと確認したカイムはどこか落ち着ける場所はないかと見渡すと丁度良いところに一本の木が。
「先はまだまだあるし少し休んでいくか」
空は快晴、照らしてくる日差しは走って火照った体には少々堪えると木陰で休もうと腰を下ろすカイム。
普段のカイムならばこんな水気の無いところにぽつんと木が立っている訳ないと気付くのだが疲れた状態ではそこまで頭は回らなかった。
漸く一息と木の幹に背もたれていると何故か後ろへと倒れてしまう。
「っ!なんだよいったいっ……!?」
文句を言うカイムの目の前には怪しく光る瞳に裂けた幹がまるで口のように見える木が。
「ってかトレントじゃねえか!?」
急いで飛び起き距離を取るカイム。すると今までいた場所に鋭く尖った槍のような枝が数本地面に突き刺さった。
「くそッ!油断したっ、でもトレントならば逃げるのも容易」
移動速度で言えばさっきのロックリザードとほぼ同等。そうと分ければさっさと撤退と反転して駆け出すカイム。
最初は驚いたがこれで大丈夫だと成功を確信したカイムの目の前に突如巨大な木の根が生えてきた。
「なあ――っ!?!?」
突然の事に急停止するカイム。どうしてと周囲を見れば背後からトレントの笑い声が。どうやら地面から根を伸ばしたらしい。
ならば生えていない箇所からと動こうとすると、カイムを囲うように次々と根が突きだしてくる。
「逃がす気はないってか?ちくしょうっ」
悪態をつきながら腰に差した剣を抜くカイム。こうなったら目の前のトレントをどうにかしないと逃走は叶わない。幸い相手は一体。多少の剣術の心得とほんのりと持っている魔術の才を駆使してこの場を乗り切るしかないと覚悟を決めた。
「相手は一体。注意を逸らして隙見て逃げる、それが勝利条件」
別に討伐が目的じゃないならば勝機はあると一人士気を上げるカイム。先ずは相手の出方を窺ってからと構えていると地面が振動しだす。
何だ?と周りに注意を払うとカイムの左右からそれぞれ一本ずつ木が生えてきた。
「―――――はっ?」
植物の異常発生か?なんて現実逃避は直ぐに捨てた。どこからどうみても追加のトレントだった。
三体のトレントはケタケタと妖しい笑い声を発しながらジリジリと距離を詰めてくる。
「フ。フフフフっ」
肩を震わせ顔はうつむき小さく笑いだすカイム。しかし手に持つ剣は離さない。状況は絶望的、ならば取る手段はこれしかないと顔を上げた。
「三体に勝てる訳ないだろバカやろ―――!!」
剣を構えて突貫。より分かりやすく言えば開き直っての玉砕行動。
「これで万が一おっ死んだら化けて出てやるからなサレフウウ!」
どうせやられても命は保証すると言ったサレフの言葉だけを頼りにトレントに向かっていった。
「でええいっ!」
振るう剣は名工が鍛えた一品。それを扱うは実力皆無、気概皆無、向上心皆無でやってきたカイム。当然トレントに傷を付ける事すら出来ず弾かれてしまう。
攻撃を弾かれ無様に万歳しているカイムにトレントは木の槍を突きだした。
「あっ、これヤベーわ」
直感的に感じた死の感覚。緩やかに流れていく景色の中、このまま腹を貫かれるんだろうなと思っていると、当たる直前にカイムの体を光が覆った。
「これって、もしかして――!」
暖かい光は自分を護るものとカイムは理解出来た。トレントの攻撃などものともしないだろうといえる魔力を感じた。
「なんだよ。サレフの奴なんだかんだ言ってここまでの魔法を使ってくれたのか」
これならば町まで無理やりに戻れる事が出来る。そして戻ったならば今回はお小言位で済ましてやろう。きっと今回は戦闘の恐怖や辛さ等を知って欲しいが為にやったのだと理解したから。
そして木の槍はカイムへと直撃するがその身を貫く事はなくダメージだけをしっかり与えてカイムを吹き飛ばした。
「ごふっ!?」
空中に放り出されて一秒、何が起きたか把握するのに一秒、どうしてこうなったかを正しく理解するのに二秒。計四秒掛けてカイムは現実を理解した。
サレフの言った命だけは保証するという言葉が実に正しいかを身をもって体感しながら、カイムは痛みに歯を食い縛る。今の一撃で自分の許容量を越えるダメージを食らったカイムの意識は急速に遠のいていく。
このままではトドメを刺されるだけだが、自分な掛けられた魔法はそれを防ぐだろう。仕組みは分からないが根拠はある。
―――町に戻ったらぼこぼこにしてやる。
これから先何度も吐くであろう悪態を心の中で呟いたカイム。だが持った意識もここまで。
プツンと目の前が真っ暗になった。