辻売らない師まいたけさん 〜みたび〜
しいたけ様に捧げます。(3度目ー!)
(*´Д`*)、フィ、フィクションですよ〜
梅雨の晴れ間の真夏日。
汗をかきながら、小走りで社名の入った作業服のジャンパーを脱ぐ。
ナイロン製のショルダーバッグにジャンパーを押し込み、子どもの保育園へと急ぐ。
人と人の間を通り抜け、商店街を進んでいると、声を掛けられた。
見ればいつかの時のように四つ角の八百屋。
「韮崎さん!こんにちは!」
声を掛けてきたのは、五分刈り頭の小さなおっさん。
百五十センチも無さそうな小柄な風体。実直そうな駅弁売りのように、底の浅い箱をタスキ掛けにした紐で肩から下げている。
もちろん、満面の笑みだ。
丸顔で、ひどく狭い富士額。眉と唇は太く、ぎょろぎょろとした目に、鼻の脇には大きなホクロのある特徴的な顔。
一度会えば忘れない顔だが、これで三回目なら尚更、見間違えるはずもない。
「今日も保育園へのお迎えですね!暑い中、お疲れ様です!」
このおっさんは、まいたけさんだ。
僕が名前を付けた。
それにしても、なんで毎回毎回、急いでいる時に声を掛けてくるのか。
「すいません、本当に急いでいるので!」
そう言って、走ろうとした。
が、目に入った。
入ってしまった。
「……なんですか、その黄色い蝶ネクタイ。」
「おや!まいたけのファッションに言及していただけるとは!」
にんまりと笑うまいたけさん。
太い唇がさらに口を大きく見せる。
まいたけさんは、両手でちょんと摘むと、自慢しはじめた。
「なんでも感想欄とかいうところで、まいたけへの熱い言葉が満ちたらしいのです。それならば、一張羅を着て出るのが礼儀というものでしょう。」
僕は、改めてまいたけさんの全身を見る。
どう見ても。
「七五三…」
「きゃー!韮崎さん!そんな、まいたけは、心は中一ですが、そんな、七歳は、さすがに若づくりですよ!」
まいたけさんがもじもじしている。
「いや、別にそういうわけじゃなくてね…」
「ああ、でも蝶ネクタイは赤はさすがに。どこかの名探偵と間違われてはいけませんからね!」
「それはないから。大丈夫だよ。」
僕はわざとらしく、腕時計を見る。
「すいません、時間が無いので…」
それじゃと立ち去ろうとすると、まいたけさんが言った。
「冷えたビール、飲みたくないですか?」
聞き捨てならないことを言った。
「飲みたいです。」
即答した。
最近、小遣いが月2,000円増えるという偉業を成し遂げたばかりだ。しかし、発泡酒がせいぜいだ。
舌がそれほど肥えているとも思っていないが、時々ビールが飲めればなぁと思ってしまう。
しかも、この暑さだ。
冷えたビール以上の魔法の言葉は無い。
僕は眉間に皺を寄せ、真剣な面持ちでまいたけさんを見つめた。
「まいたけさん…、僕は、ビールが飲みたいです…」
まいたけさんは、タスキ掛けにしている紐をするりと撫でた。
「ええ、まいたけは、韮崎さんが欲している物をいつでも分かっているつもりです。」
まいたけさんのちょっとぽっこりしたお腹の前にある底の浅い箱に、唐草模様の風呂敷を被せる。
ちょっと樟脳の匂いがする。
風呂敷をぴっぴっと摘んで、ふくらみを作る。
まいたけさんの目が厳しくなる。
「ふんっ!」
まいたけさんが気合いを入れる。
「む、むむむ!」
じわじわと風呂敷の真ん中あたりが高くなっている。
発明家じゃなくて、やっぱり手品師だと毎回思う。
まいたけさんは、真剣に風呂敷を見ている。
だんだん、こめかみに血管が浮き出て。
「ふんっ!ふんふんふんっ!」
ぷっ。
ちょっとガスくさい。
そっとまいたけさんを伺い見ると、ちょっと頬を染めていた。
まいたけさんが、口をもごもごさせる。
「……えいっ!」
風呂敷を両手で振り上げると、そこには。
「チタン製のビアカップ?」
ふつう。普通だ。
「ビールはどこに?あ、もしかして、ビールが好きなだけ出てくるカップですか?」
僕はうきうきと、閃いたことを言った。
すると、まいたけさんに瞬殺された。
「は?韮崎さん、そんなのある訳ないでしょう。酒税法違反ですよ。」
ガチレスだ。
「いや、でも、まいたけさん、これ、SFだよね…?」
「はい?韮崎さん、バカにしないで下さいよ。それくらいまいたけだって分かってますよ。」
「え、でも、ジャンル、ヒューマンドラマって…」
「んん?まいたけは、ヒューマンですよ?」
「いや、そうじゃなくて、SF…」
すると、まいたけさんが、ふっと笑った。
「韮崎さん、SFは、あぶないですよ…」
「え…」
「ビール、ビールにしておきましょうよ。」
「え…?SF…?ビール…?」
「まいたけだって、知っておりますよ。SFの存在は。」
「そ、それじゃぁ…」
「でもね、韮崎さん、だめですよ。」
「な、なにが…」
まいたけさんが、つま先立ちして、僕の肩をぽん、と叩いた。
「スコッチフィスキーは、度数が高いです…」
「スコッチフィスキーって、なに?!」
「おや、あのお酒をご存知ない?」
「いやいやいや、それ、スコッチウィスキーでしょ?なんで、ふ、ふぃすきーってなってんの?!」
若干、言いづらい。
「おや、そうなんですか?まいたけ、酒の種類には詳しくなくて。」
「あ、あぁ、まぁ、まいたけさん、飲まなさそうですよね。」
何せ見た目が七五三だ。
きっと、ビールだってコップ一杯で真っ赤になってしまうだろう。
「ええ、普段は飲まないのですが。先日、この先でロシアと中国の方がごちゃまぜになったグループに絡まれまして。」
「いきなり大事件?!」
「そのまま、飲み屋さんへ連れて行かれまして。」
「それ、大丈夫なの?!」
小さなまいたけさんが担がれていく様子を僕は想像する。
「いえ、ちょっとカタコトの会話をしていたら、盛り上がってしまったらしく。お前も来いと言われまして。」
まいたけさんが、はにかみながら言った。
「白酒とウォッカのご相伴に預かったのですが、ただトイレに行きたくなるだけで、酔わないんですよ。」
「え、まさかの酒豪。」
「ソフトドリンクと大差ないので、普段は飲まないんですよ。」
僕はまいたけさんを呆然と見つめた。
ギャップ、すごい。
「え、ええと、それでどうしたの?」
高すぎる度数の酒にまったく酔わないまいたけさん。本場の人たちはどうしたのだろう。
「支払いはいいと言われたので、皆さんがテーブルに突っ伏した後は帰りました。あ、パンダとバイカルアザラシの赤ちゃんのぬいぐるみを貰いました。心の闇に効くそうです。」
「最後は本当の話なの?」
「さあ?」
僕は考えないことにした。
「…ぬいぐるみ貰えてよかったですね。」
「ええ!ふわふわでかわいいですよ!」
ちっちゃいまいたけさんが、両手にぬいぐるみ。
僕は何も言うまい。
「それで、これは?」
「ええ!これはチタン製ビアカップを元に、まいたけが!韮崎さんのために!発明したものです!」
ふんす、とまいたけさん。
「こちらのビアカップに注げば、そのビールと韮崎さんの好みに合わせた冷たさになります!」
どうです?!と視線で言われても。
「そもそも、ビールがないじゃないか…」
いくらチタン製ビアカップがあっても、飲む物がなければどうにもならない。
僕は肩を落とした。
すると、シュッとスプレーが。
「ええっ?!」
まいたけさんがスプレー缶を持っていた。
「ご安心を。今、吹きかけたのは、フィキサチーフです!」
「だめだろ、それ!」
絵画用定着液!
フィキサチーフ!
それは、人に向けてはいけない!
僕は気がついた。
「まいたけさん、フィキサチーフ、スコッチフィスキー…
言いたいだけですね?!そして、有機化合物名が見つかりませんでしたね?!」
僕は、八百屋の前で叫んだ。
まいたけさん、すっと目を逸らす。
「いえ、こちらは、フィキサチーフ。定着させるために作りました。さあ、韮崎さん、ビアカップを手に取って下さい!」
ぎらり、と睨むまいたけさん。
僕は怯みながら、ビアカップを右手に持った。
「さあ、そのまま、持って!このフィクサーまいたけ!フィキサチーィフッ!」
しゅばっと右腕を伸ばすと、ゆっくりと円を描いた後に、僕の右手にスプレーを噴射した。
シュー!
「痛い痛い!冷たいから、やめてまいたけさん!」
「まいたけの右手もスプレー缶の冷たさで…くっ!」
「いやいや!こっちの方が冷た……いたたたた!」
徐々にスプレー缶の勢いが落ち、八百屋の亭主に邪魔だと怒られたので、僕らは四つ角からしおしおと離れていった。
右手にビアカップを持ったまま、とりあえず保育園へ行こうとしたところ、まいたけさんが並走してきた。
「はっ、はっ、はっ、はっ、に、にらさき、さん、はっ、はっ、はっ、あの、ふっ、コンビニに、ひっ、寄って、くださ、っひ、ふっ」
「え、いや、もう、時間が。」
「はっ、ふっ、ひっ、すぐ、そこ、さんく」
「分かりました、寄りますよ。」
ナイロン製のショルダーバックに押し込んだ、作業服のポケットをあさる。
確か貰い物のクオカードがあったはず。
いつも発明品をタダで貰っているのだ。
飲み物くらい奢ってもいいはずだ。
ビアカップが右手から離れない。
定着されている。
「まいたけさん、飲み物何がいいですか?奢りますよ。あと、これ、いつ取れますか?」
僕の後ろから入ってきたまいたけさんを見れば、息を切らしながら、箱を背負う形に変えていた。
心なしか、黄色の蝶ネクタイが萎れている。
「はぁ、はぁ、い、いえ、ち、ちょっと、見本、を、見せたい、だけ、でして、はぁ、はぁ」
「見本?」
僕の疑問には答えず、まいたけさんは、ペットボトルのコーラと、ビール缶をそれぞれ二本ずつ、商品棚から抱えて持って来た。
それをレジに置くと、僕の方を振り向き、
「もう定着されたはずです。」
そう言って、にやりとした。
まいたけさんが黒いカードでレジを済ませると、店員が、
「お買い上げ金額777円以上でしたので、こちらのくじをどうぞ。」
抽選箱を出してきた。
まいたけさんは、すっと身を引くと、
「さあ、韮崎さん、クジを引いて下さい。」
と、言った。
僕は、言われたまま、クジを引く。
箱から取り出す。
そこには。
『ビール1ケース プレゼント』
「ええ?!」
「あ、当たりですね。こちらどうぞ。」
6本パックのビールを手渡された。
僕はビアカップを右手、ビール1ケースを左手に、店を出た。
右手のビアカップが手から離れた。
「これは」
「ビール的なものが、当たるようになります。」
コーラとビールを抱えたまいたけさんが、答えた。
「先ほど、ビアカップと韮崎さんに吹きかけたフィキサチーフは、発明の一端に過ぎません。
まいたけは、韮崎さんの!ために!あることを研究しておりました。その成果ですよ。」
太い眉の上から、しとどに汗が流れている。
真夏日に七五三の格好で全力疾走するから。
僕はビアカップをショルダーバックにしまい、代わりにタオルを出して、まいたけさんの顔を拭ってやった。
まるで子どもみたいだ。
まいたけさんを見ると、ちょっとさっぱりした顔だ。
よかった。
「ありがとうございます。韮崎さん。」
太い唇をにぱっと開く。
「どういたしまして。それで、まいたけさん、何を研究したの。」
「ええ、右手と左手…いえ、もうお時間もありません。こちらのビールは差し上げますので、どうぞ。ワタクシには、コーラがあれば充分なので。」
そう言うと、まいたけさんは、僕のショルダーバックにビールを2本押し込んだ。
そして、まいたけさんが叫んだ。
「ホモキラリティー!」
「え、ほ、え?」
「ホモ キラリティー!」
抱えたままのコーラのキャップを開けると、1本そのまま口に垂直に差し込んだ。
ごっごっごっごっと一気飲みした。
「まいたけさん、すごい!!けど、大丈夫?!」
僕が思わず心配すると、まいたけさんは涙目になりながら、
「だ、大丈夫です。ちょっと、ワタクシには、過激な言葉を使ってしまい、は、恥ずかしくて!」
きゃっ、と顔を赤らめながら、げふっと、ゲップをした。
「こ、この、ほ、ほ、ホモキラリティーで、韮崎さんのビール的なものの運を偏らせました!」
「え、ほ、ホモキラリ、え?」
「や、やめてくださいよ!韮崎さん!まいたけに、そ、そんな、ほ、ホモだなんてー!」
まいたけさんは、もう一本のコーラも一気に飲み干すと、ゲップと共に走り去って行った。
僕は、計8本のビールを入れたショルダーバックをゆっさゆっさ揺らしながら、保育園へお迎えへ行った。
一番最後になっていた。
僕は子どもに遅くなってごめん、と言った。
すると、
「じゃあ、ジュース買って!のど乾いた!」
とおねだりされた。
帰り道の激安スーパーで、一本38円の缶ジュースを2本買った。
待ちきれない子どもに片方渡すと、レジのおばちゃんが、
「いつも一緒でいいお父さんだね!はいよ!おまけだよ!」
と言って、こっそり「お酒」と書かれたカシスオレンジの缶をくれた。
ビールの次に僕の好きなお酒だ。
「期限ギリギリだから、早く飲みなよ!」
そう言っておばちゃんは、両眼をつぶったウィンクをした。
僕は帰宅後、ビールとカシスオレンジを冷蔵庫に入れ、夕飯を作った。
今夜は冷凍庫にタレごと凍らせておいた鶏肉で唐揚げをしよう。
ここぞという時に食べようと、眠らせていた。
今夜はビールだ。
唐揚げの出番だ。
解凍のために、ぬるい水道水に浸し、その合間に他の料理をすませる。
表面しか解けていない。
電子レンジで様子を見ながら、解凍。
深めのフライパンに油を入れて加熱。
片栗粉を解凍肉にまぶして、スタンバイ。
油の上に手をかざし、頃合いを見計らって、一個投入。
ちょっと早い。
しかし、さすがはフライパン。
加熱が早い。
一気に適温になる。
しゅわしゅわと、油が音を立てる。
続けて投入。
子どもが台所に入って来ようとしたので、止める。
「あぶないから、離れて見てて。」
唐揚げの匂いは、凶暴だ。
僕は先に揚がった唐揚げが食べたくて仕方ない。
そっと振り返ると、子どもと目があった。
互いに頷く。
僕は、
「パパのカバンからコップ持ってきて」
と、子どもにお願いした。
三度目の唐揚げ投入。
その隙に。
ビアカップを洗い、冷蔵庫からビールを取り出す。
まだ、ぬるいか。
しかし。
ぷしゅっ。
プルトップを開ける。
ビアカップに注ぐ。
皿を取り出し、そこに最初に揚げた唐揚げをふたつ載せる。
コンロから少し離れて子どもと同時に、ひとつずつ。
ぱくり。
「はふっ」
さくり、とした食感。
口に広がる生姜醤油。
あふれる肉汁。
口の中に一気に唾があふれる。
そのまま、無言で噛み続け、口の中になくなれば。
ビールを注ぎ込む。
一口飲んで気がついた。
これは、美味しい…!
冷たさがちょうどいい!
ビールの香りを消すことなく、かつ、ぬるいとは思えない絶妙な温度!
僕はゴクゴクゴク、とビールを飲んだ。
「ぷはーっ!」
僕は思わず、口に出した。
すると、それを見ていた子どもが、
「ぷはーっ」
と食べかけの唐揚げを手に持って言った。
僕は、それを見て笑った。
夕飯の後、食器を洗っていると、妻が残業から帰ってきた。
その手にはビニル袋。
「はい。」
「何?これ。」
「本屋で資格の本買ったら、当たった。」
中を見ると、「お酒」と書かれたカシスオレンジの缶。
僕は、ちょっと黙った。
そして、言った。
「嘘でしょ?」
「バレた?たまには飲めば、と思って、激安スーパーで買ってきた。」
そう言って、少し化粧の崩れた、一日を終えた妻が笑った。
僕は、
「ありがとう。」
と、言った。
すると、頭上から、
「まいたけ、さんの、
ホモがキラリ、
と、しました。」
機械音が聞こえた。
僕と妻が天井を見上げると、虫が一匹、妻が開けたままにしていた玄関から出て行った。
僕は、
「ホモは凄いんだぞーーー!」
と、叫んだ。
妻には「ホモキラリティーのこと?」と、なぜか通じていた。
〜おしまいたけ〜
ホモキラリティーは、恥じらって叫ぶ内容のものではありません。
ちなみに、生命ホモキラリティーの謎は、生命分子には何故利き手があるのか?という今作とは全く関係のないテーマとなっておりますが、ちょっと匂わせたくて、右手左手と利き手が出るようにしてみました。
(*´Д`*)てへ。
*まいたけさんとの約束だよ!*
人に向けて、フィキサチーフしちゃ、ダメだよ!めっ!