貴女みたいな出来損ない、とっとと家に帰りなさい!
初投稿です
「あんたって本当なんにもできないのね!」
私のキンキンと高い声が洞窟の中で響き渡る。
私の一つに縛った青い髪と紺の魔術師ローブやあたりの岩は区別がつかないくらい黒焦げで、そこらじゅうに肉やら骨やらがへばりついている。
私が怒鳴りつけているのは、同じパーティの少女だった。怒鳴られている少女の黒くて短い髪は少し焦げており、どこか野良犬を連想させる。
「ごっ……ごめんなさいカリンさん……!」
他のパーティメンバーは顔を顰めながらもそれを遠巻きに眺める。
「セシル、貴女のせいでどれだけ迷惑がかかってるか気付いてるの!?」
「それは……はい……」
セシルは言い返すことが出来なかった。
それもその筈、この洞窟の惨状は彼女が引き金だったのだから。
最初の数ヶ月は我慢した。セシルはリーダーであるウェンディの幼なじみで、何よりウェンディは彼女の前では実力以上の力を出しているように見えたからだ。
しかしパーティが拡大し、個々のスキルも上がっていく中、取り分だけ一人前でなんの役にも立たないお荷物が許せなくなっていった。
そして極め付けは今日だ。
ウェンディは他用で参加していない中、荷物持ちとして洞窟探索に参加していたセシルが足を滑らせ既に仲間が見つけていたモンスタートラップを発動させてしまった。
私の広範囲魔法と付与術師の結界の組み合わせでなんとか乗り切ったものの、一歩間違えば大惨事になっていただろう。
今日という今日は言ってやる。ぴしゃりと指を指し、大きく息を吸い込んで
「貴女みたいな出来損ない、とっとと家に帰りなさい!」
そこで何かが引っ掛かった。今日初めて言ったはずのセリフなのに何故か腐るほど聞いた気が、いや、読んだ気がする。
セシルに向けて突き出した指がへなへなと降りていく。
「やっぱ帰らないで……」
やっとの思いでそれだけ言うと脚をガクガクさせながら後退りででその場を離れた。
「私この先を知ってるわ……」
先程も言ったがセシルとこのパーティのリーダーであるウェンディは幼なじみだった。この世界の謎を解き明かす冒険者になる、それはこの世界ではありふれているが二人にとって何よりかけがえの無い夢だった。
しかし
「ええっ!?魔法適正F!?」
「うん……」
15歳の誕生日、嬉々として冒険者資格を取るために役所へ赴いたセシルを待っていたのは非情な運命だった。
「それって……冒険者には……」
「なれない、よね……」
セシルはこの頃はウェンディとおそろいだった長い髪で目元を隠す。
魔法には適正があり、根本の魔法適正、そしてその魔法の属性適正がある。しかしFはその根本が無い、もしくは判別不可能なほど弱いことを意味していた。
「ウェンディちゃん、ごめんね……私一緒に冒険できないや……」
魔法は日常生活において『使えたら便利だけど使えなくてもまぁ平気』程度だが常に命がけの冒険者にとっては『使えないのなら死ぬ』のだ。
少なくとも魔法適正がFの少女を入れてくれるパーティは存在しないだろう。
「ウェンディちゃんはどうだった?」
ウェンディは暫く俯いていたが、すっと顔を上げた。
「あたしはBだったよ。」
セシルは足がふらっとした。そうか、私は置いていかれるのか。
「お、おめでとう……私は一緒に行けないけど……頑張って……」
セシルはそれだけ言うと踵を返して走り出そうとした。
家に帰って一人で泣こう。ここで泣いたら優しいウェンディはセシルに気を使って冒険にいけなくなってしまう
しかしぐっと腕を掴まれて動けなくなってしまった。
「セシルと一緒じゃなきゃ嫌。私、パーティを作る。そしたら誰にも文句を言われずに二人で冒険できるよ!」
「でも……」
いつになく険しい表情のウェンディは真っすぐにセシルを見つめて言った。
「でももデモクラシーもない!私、セシルと一緒じゃなきゃ嫌なの!」
こうしてウェンディとセシルのパーティはスタートを切った。
当然二人の故郷のことなど、私カリン・スウェルコワは本来知るはずがない。
なら何故知っているのか。
答えは簡単、私はこれを読んだことがあるからだ。
小説投稿サイト、それには流行りのジャンルというものがある。女子高校生だった私は高校生活の滑り出しをみごとに失敗し、教室で常に独りだった。そんな中孤独を癒してくれたのが小説投稿サイトだった。その頃の流行りは所謂ざまぁ系で、パーティを追放された主人公が本来持っていたが隠れていた才能を駆使して自らを追い出したパーティにざまぁと言ってやるのが大抵の流れだ。
そして私はみごとに流行りにハマった。虐げられた主人公が鮮やかに逆転し、穏やかな生活を手に入れる。そんな中でも大好きで何度も読んでいたのが『パーティから追放されたらカンフーの才能に目覚めました! 〜性悪魔術師に復讐してフルボッコにしてやります〜』だ。
カリンに虐められ、せっかくウェンディとお揃いだった髪もけじめのために切り、それでも報われなかった少女がふとした拍子に目にしたカンフー小説を読み、独学で学んだ結果最強の力を手に入れる。そんなありふれているが直球なざまぁ系が何故か物凄く気に入ってしまったのだ。
それの書籍版が発売され、当然私は本屋に走った。そしてそこで事故に遭い、私の奇妙な記憶は終わっている。
そう、私は異世界転生者だった。
性悪魔術師、またの名をカリン・スウェルコワ。サイト版だと最後国外追放された先で魔物に喰われるんだっけ……書籍版、読みたかったなぁ……
そんなことを言っている場合じゃない。色々思い出して急に記憶の容量が十何年分も増えたのだ。頭が重い。それにこれからの顛末を考えると心も重い。ああ、どうせならセシルかウェンディに転生したかった。そんなことを考えていたら、視界がブラックアウトした。脳がぶっ壊れたか?そして次第に意識も消えていく。
「カリンさん!?大丈夫ですか!?カリンさん!?」
セシルの叫び声が聞こえる。さっきあんな言い方したのに、いい子じゃない。そして私の意識は完全に途切れた。
目が覚めるとそこは首都にあるパーティの拠点だった。目を開けるとどうやら私は救護室のベッドに寝かされていることがわかった。天蓋付きのベッドなんて安っちいホテルを改装した拠点で救護室だけだ。
ベッドの隣でうつらうつらしているセシルが目に入った。何も言わずに見ていると目が合う。
「お、おはよう」
「カリンさん!!?」
眠そう、というかほぼ寝ていた眼がばっと開かれる。
「み、皆さんを呼んできますね!」
「カリンさん!よかった!皆さん!カリンさんが目を覚ましましたよ!」
セシルがぱたぱたと走っていく。よかった、私は彼女を追い出してない。
そうして起き上がろうとしたものの
「いっ……」
酷い頭痛だ。自分ではない記憶がまるで自分のもののように脳に存在する。
「どうしよう……一先ずは破滅を回避できたけど……」
いっそ悪役令嬢なんかに転生してくれれば楽だったのに。小説はゲームと違ってルートが存在しない。ちょっとルートから逸れればそれはもう未知の道(激ウマギャグ)なのだ。
「とりあえずセシルがカンフーに目覚めるようにするかどうか考えないと。」
本来ならセシルはさっきの洞窟から帰る道すがら、古本屋でカンフー小説シリーズを一目惚れと自棄で大人買いしてそこからカンフーにのめり込んで行くのだが……
「これってセシルのこれからは私にかかってるってことよね……買ってあげるか、それとも現状維持か、安定するのは現状維持だけど今のままセシルをフォローしっぱなしじゃ私の仕事量が多すぎるし……うわぁぁぁぁん!」
「カリンさん!?どうして叫んでるんですか!?まだどこか具合が!?」
「せ、セシル……」
戻ってきたのはセシルだけではない。パーティメンバーが勢揃いだ。
洞窟探索に同行してなかったウェンディまでもセシルの後ろで心配そうに覗いている。
「迷惑、掛けたわね。ごめんなさい。セシルのこと足手纏いなんて言ったのに私が足手纏いじゃ世話ないわ。」
皆、私が倒れた後はおそらく洞窟探索を切り上げて拠点まで戻ってきてくれたのだろう。意識の無い人間は魔力を使えない人間より明かにお荷物だ。
「っ!そんなことないです!」
ウェンディもずいっと顔を出してくる。
「そうだよ!セシルから聞いたよ?セシルを守ってくれたんだってね。本当にありがとう。」
以前の自分だったら「お守りがいないとこれだったら先が思いやられるわ!」くらい言っていたが今や口が裂けても言えない。しかし記憶が戻ったとて私は私だ。タダで謙遜したり褒めてもらうほど素直になれない。
「ま、いいけど」
ぽろっと呟いたら周りが何か穏やかで温かい空気に包まれた。やめなさいよ。
私の頭痛は魔力欠乏も伴っていたようでその後も3日ほど熱を出した。
その間ずっとセシルは看病してくれていた。
他のパーティメンバーが仕事で留守にする日には魔力を使えない中必死に調理器具を動かしてちょっと焦げたパンケーキを作ってくれた。
場所によっては結構苦いけど、モンスターメープルの樹液をかけて期待半分不安半分なセシルの顔を見てるとなんだかおかしくて世界一おいしいパンケーキのように感じた。
健気に世話をする姿を見て、私は前世で読んだラノベなど関係なく彼女を気に入っていたのだった。
4日目、私は遂に切り出すことにした。
「貴女、強くなりたくない?」
「へっ?カリンさん、私、ご存知の通り魔法適性は……」
「私が教えるんじゃないしそもそも魔法じゃないわ。貴女に出すのはちょっとしたヒント。私じゃ教えられないものよ。」
拳闘士ならまだしも魔術師の私がカンフーの師範など務められるわけがない。
「あんたがその気ならちょっと買い物に付き合いなさい。」