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壊れたのは

作者: ミステリオ

チップが、世界で数カ月ぶりに発生した殺人事件のニュースを伝えた。原因は交際中の男女間の怨恨。

チップは、被害者女性の名前等概要と、加害者男性の詳細な情報を提示し、情報提供を終了する。

他の人のチップも同じ。


だが、僕の頭の中は違う。女性の恐怖や悲鳴、男性の憎悪や殺意が映像や声として浮かぶ。離れた場所の、会った事も無い人々の。

それに、眩暈がし、頭痛がし、吐く。

これが、生まれた時から僕の頭で繰り返し起き続けている事。

繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し…


僕は、病院へ行く事にした。



〔人間の頭脳に脳知識を補完するチップを搭載する〕

この人体改造が、世界各国で承認されて以降、全人類のほぼ全てが, 脳にチップを搭載した。

チップは、世界中のあらゆる知識を収集し続ける上、情報を分析し解決策・回答の提示まで行った。

反対した人々も、チップ搭載者の飛躍的な知識向上例を目の前にして認めざるを得なかった。 


チップによって世界は大きく変化した。

犯罪数が激減した。暴力等犯罪行為をしようと考えた際に、チップが類似情報や映像を大量に出す為だ。どんな事が起きるか、どんな刑罰を受けるか。それで殆どの人は思い留まる。

世界は平和になりました。めでたしめでたし。

人々は好きな仕事に就ける様になった。チップの補完によって様々な知識・回答を得られるのだから当然だろう。

世界は希望に充ち溢れました。めでたしめでたし。

学校も無くそう。チップが必要な知識を教えてくれる。ならば、学習の場は不要。

でも、これには異議があった。

〔学校は集団生活を学ぶ場〕でもある為。

しかし、これにも異議があった。

〔学校は現実社会の縮図〕でもある為。

差別・いじめ等。これは、知識で無くせるモノでは無い。完全なる同一個体でない限り、人類はあらゆるモノを差別する。

だから、世界各国で下記の制度を制定した。

〔世界各国の子供全ては、12歳になるまで無作為に決めた養育施設で生活をする。これは、従来の呼称を踏襲し【学校】とする。〕

【学校】によって、世界は平等になりました。めでたしめでたし。


世界はチップの恩恵を受け続けた。

ある真実から目を逸らし続けて。


僕が病院へ行くのは、チップの故障と思った為だ。理由は精神異常を疑い、抗鬱剤等を投与したが、効果が無かった事による。

病院内で僕は目立った。外見が生身の人間だから。

チップの開発により、他の身体部分も機械化できる技術=サイボーグ技術も発達した。病院は専らサイボーグ関係の事柄がメインになり、患者も大半が体の一部を機械化している。

僕はまだ14歳だ。未成年で機械化は事故で体を損傷した時位だろう。

同じ様に目立った子がいた。待合室奥のソファに座り続けている少女。患者衣を着ているので入院患者だろう。年齢は僕と同じ位か?全く微動だにしない。何より視線がどこを向いているのか全く分からない。〔死んだ魚のような目。〕チップが回答と死んだ魚の目の映像をくれた。成程そんな目だ。

興味本位で声をかけようとした所で、僕の番号が呼ばれた。

気になったが、診察室へ行く事にした。今は自分が大事だ。


「は?」

僕は、診断結果を聞いて、そんな言葉が出た。

〔診断結果:無差別性感応精神病。尚、チップに故障は無い。〕

そんな病名は聞いた事が無い。そう言おうとした際に、チップが回答をくれた。〔他に同じ症例が無い為、今回初めて命名された症状。尚、類似精神病として共有精神病性障害があるが、貴方の様に自分のみ他者と精神を同調させる事例は無い。〕

医師は、チップにニュース等を提示させない設定変更や、他人との過度の接触を避ける事等の助言をし、診察は終了した。

処方薬も手術も無し。要は治らないって事か。

ショックは無かった。むしろこれまで疑問に思っていた事が解消された。そんな気分だ。

壊れていたのは僕の脳だったわけだ。


12歳まで暮らした【学校】。そこで行う事は2つ。遊ぶ事。集団で生活する事。

遊びの具体例を挙げると、

〔生物の遺伝子配列をいじって、新種の生物を作る。〕

〔株式等のデイトレードをして、誰が一日で一番儲けたかを競う。〕等。昔の子供の遊びと比較すると…、〔可愛げが無い。〕チップから回答が来た。幼い僕は心の中だけで語れないから、こう口にした。

「僕達は、機械だから仕方が無いんだよ。」

集団生活は、料理や掃除等をする事。これについて深く説明はしない。尚、リーダーや役割分担を決める等は無い。チップが、それを促すから。皆、歯車の様に動く。そこには差別も偏見も無い。

でも、僕は段々と、皆がチップの助言と微妙に異なる動作をする事に気が付いた。こんな声が聞こえる様な気がした。

「こうすれば、もっと良くなるのでは?」

「もっと別の方法があるんじゃないかしら?」

皆、何言ってるんだ。機械のくせに。

当時の僕はそう思った。でも違う事にやっと気が付いた。

皆、抗おうとしていたんだ。機械になる事に。歯車になる事に。

それが皆が学んでいた事。

人である事を辞めていたのは僕だけ。機械だったのは僕だけ。壊れていたのも僕だけ。

【学校】で何も学ばなかったのも僕だけ。


【学校】の記憶と共に思い出した事。

〔死んだ魚のような目。〕

彼女は何を考えているのだろう?


診察室から出ると、彼女はやはりソファに座っていた。僕が隣に座っても、彼女は微動だにしない。

暫くの沈黙の後、不躾に僕は聞いた。

「君は何を考えているの?僕は壊れているから分からないんだ。」

彼女はゆっくりと僕の方に顔を向けた。壊れた機械の様に。そして彼女は口を開いた。


「死ぬ事。」


〔人工物接触障害〕

聞いた事が無い障害。僕と同じで、彼女の症例で初めて命名された。体があらゆる人工物との結合を受け付けない。サイボーグ化はもちろん、人工培養された臓器等すら彼女の体は拒絶する。

最大の問題は、チップの搭載が出来ない事。これは、現代社会に全く溶け込めない事を意味する。

だから、彼女はこの病院に入院し続ける。

死ぬまで。


彼女は、障害の他にも全身に疾患があった。しかし、ドナーに名乗り出る者はいなかった。

それは、社会不適合者の彼女を世界が見放した事。

彼女は、涙を流し続けながら話した。表情を変えずに。

彼女は、死んでいない。

殺され続けているんだ。壊され続けているんだ。

そして彼女は、世界の真実を言った。

「チップを入れられないと生きてはいけないの?チップが賢いだけで、人は全く賢くなっていないのに!世界の平等も平和も、全て上辺だけなのに!」

それを聞いて、僕は彼女を助けたいと思った。

彼女が話し終えた後、僕も自分の身の内を明かした。壊れている事を説明した。

僕の話を聞いて、彼女は初めて表情を変えた。

僕は、彼女がどう思っているか理解できなかった。憐れんでいるのか?蔑んでいるのか?

でも理解してくれたと思いたかった。

壊れた僕が唯一助けたいと思った人だから。 


-1時間後

僕が「場所を変えて話したい。」と言い、彼女と待ち合わせをした病院敷地の公園。僕と彼女以外、誰もいない。

僕は彼女に向かい、言った。

「僕の身体をあげる。」


僕は、隠していたナイフを持って、

自分の首を切った。


ナイフを用意していた時、そして今首を切っている時、当然チップは自殺阻止の為の警告を出し続けた。

頭痛や吐き気は無かった。

僕の壊れた脳が出した映像や声は、自殺とは思えなかったから。

彼らは、自殺を強いられている。世界に殺されている。

ならば、僕の今している事は?彼女に必要な事。

壊れた僕が唯一出来る他人を助けられる行為。

僕は、ナイフに更に力を込めて---



空が見えた。



僕は、押し倒されている事に気づいた。彼女に。

倒れた衝撃で、僕は大の字になっていた。彼女は、ナイフの刃を掴んで僕の手から引き剥がした。凄い力だった。僕の首と同じくらい血が出ているのにも構わずに。

次に彼女は、患者衣を脱いで僕の首に当てた。そして彼女は下着姿のまま、

「助けて!誰か助けて!」叫び続けた。

待って。僕は君を助けようとしているんだよ。なのに---


「死んじゃ駄目!」「生きて!」

僕の脳に彼女の言葉が響く。これまで脳内に響いた声よりも大きく。当然だ。僕の脳内の声と全く同じ事を、彼女は叫び続けているのだから。僕は、彼女が押し当てている患者衣を見た。赤黒く染まっていた。僕の血か彼女の血かわからない。

ただ、僕の上に乗っている彼女の身体はとても温かくて---


僕の意識はそこで消えた。



---2年後。

病院前に彼女はいた。

顔の幾つかに手術痕があった。身体にも無数にある。

僕の身体を移植したから。拒否反応は一切無かった。僕はそんな事も考えてなかった。だからあれは単なる自殺。彼女に責任を押し付けていただけ。

彼女に謝らないといけない。

病院前の彼女に、僕は声をかけた。

半分以上機械化した身体で。

「「ごめんなさい。。」」

声が揃った。僕達は笑った。僕は壊れた脳のままで。彼女は死んだ目のままで。

僕達は互いに保護観察者が必要と判断された。僕は彼女を、彼女は僕を指名した。誰も異論を挿まなかった。社会が納得したのか、厄介払いしたのか不明だけど。


「手術の痕は消さない。これが私だから。」

「僕も、僕らしい見た目になった。これが-」 


突然、彼女が僕に抱きついた。そして、

「貴方は機械じゃない。壊れてもいない。だって人の心が分かる貴方は誰よりも-」

僕は彼女の背中に手を回した。温かかった。

「分かってる。分からないけど、分かるようになってきたから。変な言い方だけど。」

チップが「分析しますか?」と言ってきた。僕は、いらないと即答した。これから二人分働いてもらうチップに余計な負担はかけさせたくない気がしたから。

それにこれは、チップではなく僕が分かった事。そして、一生かけて考え続けないといけない事。


そう、僕が初めて学んだ事は---

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