4.帰り道
いまの話からソーマの実力はある程度の想像がつく
ベフレストに来たのは初めてのようだしきっと私の姓を聞いてもこの姓が意味する事はわからないだろう
一時は国全体に悪評が広まりはしたが要因となった事件はかなり前で現地であるベフレスト以外の場所ではほとんどの人が忘れているだろう
それに私の見立てだとソーマは20歳前後
つまりあの事件の時はソーマはまだ幼いはずだ。私は身近のことだったから幼いながらも記憶に根付いてこそいるがそうでないソーマならそもそも聞いたことすらなくてもおかしくはない
先程の会話でミンストリアという村が辺境地だという事も考えられるしそもそも情報が届いていない可能性もある
それならパーティーに誘ったとしていままでのような突き放され方はしないのではないだろうか?
念のために姓は隠しておくか?
たとえうまくパーティーを組めたとしてもギルドの嫌味な奴が告げ口をするだろうか? そうなった時にソーマはどう思うだろうか?
「困った顔してますがどうかしましたか?」
いつの間にか隣を歩いて顔を覗き込んでいたソーマが心配気に声をかけていた
「ううん。別に大した事じゃないから気にしないで」
そう言って手を横に振り作り笑いをする
ソーマは疑っているようだが先程の距離間に戻る
せめてパーティーを誘うかどうかだけでも決めないと……
ソーマがどう答えるかもわからないしその後の話はもっとわからない
誘うにしてもいつ誘うのがいいだろうか。いまか? 明日か?
誘うタイミングはいましかないだろうな
ソーマの実力と人当たりの良さなら声を掛ければすぐにパーティーが決まるだろう
パーティーが決まってから私がそのパーティーに入るのはまず無理だろうからまだ誰もソーマを知らずソーマも知らないいまのうちに口約束だけでもしておくべきだろう
だけどベフレストに知り合いの冒険者がいると言っていたな。となるとパーティーもその知り合いのところに入る予定なのかもしれない……
だめだ考えても不安が増えるだけで一切減らない
悪い癖だな
そうこう考えているうちに目前に五メートルを超える門とそこから横に連なっている壁があった
「案内していただいてありがとうございました」
「ううん……それじゃあまた何処かでね」
「はい」
小さく手を振ってソーマとは門の手前で別れ、私は見慣れた門番にギルドカードを見せて通り抜ける
後ろをチラ見するとソーマが門番に通行手形を見せている。おそらくこの後手荷物検査などをするだろう
待つべきだろうか? 待って考えを整理してからなら誘えるかもしれない
そんな疑問を抱きつつもそのまま足を止めずにまっすぐ冒険者ギルドに向かってしまう
「オーク二十体の討伐依頼達成と追加三体分で23,000ルーンに等級二の魔石が二十三個で11,500ルーン、計34,500ルーンで銀貨三枚大銅貨四枚、銅貨五枚になります
ご確認ください。」
「ありがとう」
受付嬢がカウンターに硬貨を置いた小さなトレー出すとしっかり数えてから硬貨を受け取りマジックバックにしまった
「何かありましたか? 随分と思い悩んだ顔をしていますが」
出口に向かおうとしたところで受付嬢が心配そうに声をかけてくれるが人に言ったところでどうにかなるものでもないだろうな
「いえ……何も」
改めて出口の方を向き歩き始める
外へ出ると空は既に暗くなっていた。考え事をしながら歩いていたから歩速が気付かないうちに遅くなっていたのか
そういえばいまの受付嬢もいつも対応してくれる人とは違っていた
いまそれに気付くとは自分が思っている以上に深刻に感じているのかもしれない
やはりあそこで別れるのではなく待ってパーティーを組むよう話してみるべきだった
一人でひたすらオークを倒していては一生私の目標に辿り着ける事はないだろう
今後またソーマのように条件の揃った人とパーティーを組むチャンスが来るかはわからない
来たとしてもその時にはもうすでに遅いかもしれない
冒険者は老いたら終わりだ
魔法士ならばまだ老いても活躍する事があるが前衛や斥候は老いで身体の動きが鈍れば冒険者稼業を生き残るのは難しく新人の育成の仕事に就くしか稼ぐ道はなく活躍の出番は一切無い
とはいえ二人組のパーティーでもまだ足りないのがなおの事難しい
レベルの成長効率がいいとされる魔獣がたくさん出る迷宮では探索に最低でも四人は必要だと言われている
もちろん人数さえいればいいと言うわけではなくパーティーのバランスも大切だ
そもそも一人の私にはバランスの事を気にしている余裕などないのだが……
下向きなことを一度考え出すと止まることはなくズルズルと引きずり宿の前まで暗い気持ちのまま辿り着く
「はぁ……」
ついため息がこぼれる
「どうしたんですか? 扉の前でため息なんて」
「うひゃあっ!!!!」
驚きのあまり右側に飛び跳ねてその場を離れ右手でダガーを掴もうと後ろへ回す
背後から話しかけてきたのがソーマだとわかりダガーに向かっていた右手を下ろした
「そんなに驚かなくてもいいじゃないですか
別に大きな声だしたわけでもないですし」
「ちょっと考え事してて気配にも全然気づけなかったからそれで……」
自分でも不思議になるぐらいの驚き方だった
冒険者になってからは話しかけられる前に足音や気配で話しかけられ前に人が来ているとこにも気づけているしそもそも私に話しかけようとする人も少ないから驚くこと自体がない
「ソーマはどうしてここに?……ってここ宿なんだから泊まりに来たに決まってるよね」
「そうです。門番の方がここの宿が冒険者は特別安く泊まれると言っていたので」
「門番がこの宿のこと知ってるんだ」
「知り合いの冒険者が泊まってるらしいです」
ソーマが一歩目に出て扉を開ける
私も宿に入って行くソーマの後ろについて行き食堂を兼ねたロビーをまっすぐ進み奥のカウンターまで進む
カウンターに座っているのは子供ならば顔を見ただけで泣き出してしまいそうな人相の無情髭を生やした白髪頭の男でこの宿の店主だ
冒険者でも向き合って目を合わせると圧に押し負けるほどの店主を前にソーマは顔色ひとつ変えずに店主と目を合わせる
「どうした、言っておくが空いてる部屋はないぞ」
ソーマの言葉を待たずに店主が告げる
「そうですか。残念ですが他の宿に泊まることにします」
「まぁ待て」
諦めて帰ろうとするソーマを店主が止めた
「? 空いてないんじゃないんですか?」
「お前さん、後ろの嬢ちゃんのツレなんだろ?
それなら空いてるには空いてる」
「ツレ……というとまた違いますけどそれがどういう関係があるんですか?」
「あぁそっか私がいま泊まってる部屋って二人部屋だったね」
「そうだ。だから相部屋でもいいなら部屋はある」
私がこの宿のことを知ってからここに来た時に二人部屋しか空いていなかったが二人部屋だとしてもその前の宿の一人部屋よりも安かったので二人部屋に泊まっていたのだ
本当は一人部屋が空いた時に移ろうと考えて店主にも言っていたのだが空いてもすぐに人で埋まってしまい未だに二人部屋のままでいた
それがまさかいま役に立つとは思いもよらなかった
「僕は相部屋でも構いませんけどリヴィさんはいいんですか?」
「なんで?」
「なんでって異性な訳ですしもしものこととか考えないんですか」
「そうは言うがうちの宿には三人部屋に五人の男女パーティーがベッドくっつけて雑魚寝してるしそんな些細な事気にしてちゃ冒険者やっていけねーぞ」
「まぁそう言う事だよ」
「リヴィさんがそれでいいのであれば」
ソーマはどこか腑に落ちない様子だが相部屋することにしるようだ
部屋が決まり二階に上がると八と書かれた扉の鍵穴にポケットから出した鍵を差し込み開けると普段自分が使っているベッドの傍に立つと小棚の上に置かれたランタンに火をつける
「扉から手前のベッドは私が普段から使ってたのだからソーマは奥の方のベッド使ってね」
「わかりました」
ソーマは奥のベッドまで移動してベッドの隣にバッグパックを置き中から服を取り出した
「この宿はお風呂ありますか?」
「あるよ。場所はいま上がってきた階段の真横の通路の突き当たりね」
「ありがとうございます」
ソーマは取り出した服を持って部屋を出て行った。話の流れ的に風呂に行ったのは間違いないな
三日も風呂に入れていないのだし当然の事だろう
ソーマが風呂に入ったのならば私も風呂に行くとしよう
マジックバックから寝間着などを入れた布袋を取り出してソーマの後を追うように部屋を出た
風呂に入っている間にソーマをパーティーに誘う流れを考えて出た後に夕食を食べながらでも誘おう
拒否されても気まずくならないようにカバーする方法も考えておかないといけないか
しかし風呂の中で長考するあまりのぼせてしまいそれどころではなくなってしまった