5.一つの戦いを終えて。
「あぁ、不思議だ。身体が軽い……!」
アリナはそう呟きながら、地を蹴った。
迷いがない動き。それはきっと、信頼できる仲間がいるから。
身体が軽いと感じるのは、心が軽いから。強大な敵を前にしても怯むことがないのは、背中を預けられる存在ができたから。
そんな感覚は初めてだった。
彼女はいつだって、一人で戦ってきたから。
「右からくるぞ、アリナ!」
「分かった! ――どうしたバケモノ、私はこっちだ!!」
ヒガンという司令塔から飛ばされる指示に、即座に反応してみせる少女。
正体不明の魔物が放った攻撃は、彼女を捉えることなく大地を抉るにとどまった。幸いなことに、この魔物はアリナの足でも対応可能なほどの速度。
それ故に、今回は彼女が陽動に回ったのだ。
そして、本命である一撃を担うのは――。
「アリナ、よく耐えた。――行くぞ!!」
――ヒガン・ネロクラウスの放つ、強力な魔法による攻撃だった。
「任せた……!」
声に合わせて、アリナは大きく横に回避行動を取る。
するとその直後――。
「あぁ、これで終わりだ――【エンシェントフレイム】」
魔物の足元に、巨大な魔法陣が浮かび上がった。
そして瞬く間に火柱が舞い上がり、バケモノの巨躯を包み込む。
もがき苦しむ魔物はしかし、断末魔を発しながら黒い霧となっていった。
「…………勝った?」
アリナはそれを見て、腰が抜けてしまう。
そして、どうにかヒガンの方へと目をやると――。
「あぁ、上出来だな」
驚きだった。
そこにあったのは、ヒガンの微笑みだったのだから。
「ヒガン――」
「俺の予想だと、キミは西の街に住む――勇者の末裔だろう?」
「な、どうしてそれを……!?」
同時に、自身の出生を当てられ声を上げる少女。
だがヒガンの方はと言えば、相も変わらず淡々と言葉を紡いだ。
「なに、簡単な推測だ。剣に刻まれた紋章は、あまりにも有名だからな。だがそれでも、一族が落ちぶれて久しいと聞いていた。だから、単純に剣が質に流れた可能性もあった」
「………………」
アリナは彼らしい歯に衣着せぬ言葉に、少しだけ息を呑む。
それでも、聞いておきたかった。
なぜ彼は――。
「だとしたら、なぜ? ――私がその末裔だと思ったのだ」
自分を一族の者だと、そう認めたのか。
怖くもあった。しかし、確かめたかった。
「あぁ、それは――」
怯える彼女に、ヒガンは小さく頷いて。
「あれほどの剣技を見せられたら、認めざるを得ないだろう?」
――手を、差し伸ばした。
それを聞いた瞬間に、アリナは自身の身体を縛っていた鎖が一気に解けていく、そんな不思議な感覚を味わう。ついに、自分を認めてくれる人が現れた。
その歓喜が、胸の奥から込み上げてくる。
視界がまたも潤んで、ヒガンの顔がよく見えなかった。
「……どうした。なぜ、泣いている?」
「うるさい! この鈍感男が!!」
「む……?」
そんなアリナに彼は、首を傾げながら言う。
なんともヒガンらしい無自覚な口振り。それに涙を拭って文句を口にしながらも、少女は笑顔で答えるのだった。
真っ暗な道を一人で歩いた彼女にとっての、一筋の光。
それを初めてくれた人物。
「まぁ、いい。とりあえず――」
そんな彼の手を取って、アリナはこう伝えるのだった。
「これから、よろしく頼む。――ヒガン・ネロクラウス」
◆
――が、しかし。
「む? 何を言っている。パーティーを組むのは、今回だけだぞ」
「なーっ!? この流れは、共に戦う流れでは!?」
「なにをバカなことを。さっきも言っただろう? ――これはあくまで契約であり、その期間だけキミは仲間である、と」
「言った! 確かに言った! でも――」
「ふむ……。やはりキミは、非論理的思考の子供のようだな」
「だーっ!! いいから話を聞いてくれぇ!!」
どうやら二人の歩む道は、まだまだ前途多難のようだった。
ここから、一日一話投稿予定に切り替えます。